第26話

「失礼しまーす」

「おう、シュワちゃん」

「やあ、滝川くん。それにモモちゃんも」

「だからモモちゃんって呼ばないでって言ってるでしょ! 何度言ったら分かるのよ!」

「いや、これは失敬」


 そんな遣り取りをしながら、シュワちゃんはごくごく自然な態度で俺たちに近づいてきた。

 って、あれ?


「そんな馬鹿な!!」


 シュワちゃんの挙動があまりにもいつも通りだったので、すぐにはピンとこなかった。しかしそこにいるのは、我らが宿敵・エンターテイナーの右腕、シュワちゃんである。

 俺の叫び声につられて、桃子も顔を上げた。そこでようやく、


「あっ! お前!!」


 と気づいたようだ。

 桃子はさっと片手をバックパックに回し、釘バットを握りしめる。


「ここであったが百年目!! ボッコボコにしてやる!!」


『殺してやる!!』とは言わないところが彼女らしいといえば彼女らしいが。


「まあ待ってくれ。今日は一つ、君たちにプレゼントを持ってきた」

「はあ? そんなの、サンタクロースの仕事じゃない!!」


 うげ。桃子のやつ、その歳で未だにサンタを信じているのか? まあそれはいいとして。


「ほら」


 シュワちゃんは『何か』を肩掛けの鞄から取り出し、そっとテーブルに置いた。紫色のシーツ状の布に包まれた『何か』。


「開いてみてくれ」


 桃子がぶすっとした顔をし続けているので、俺が『何か』を手に取った。重い。ずしり、と両の掌にのしかかる重量と冷たさは、それが金属状の何かであることを示唆していた。


「おい、まさかこれって……!」


 無言で頷くシュワちゃん。恐る恐る、布を外していく。するとそこには、やはり、というべきか、鈍い光を放つ凶器が周囲に睨みを利かせていた。


「拳銃、か……」


 わきから覗き込んでいた桃子が小さく悲鳴を上げた。


「君たちにこれを預けるために来たんだ。自由に使ってくれていい。弾丸は、これ」


 シュワちゃんは、鞄からさらに何かを取り出した。牛乳パックを短くしたような、紙でできた箱。開けてみると、弾丸たちが出番はまだかという風情で、ギラリ、と不気味に光を反射した。

 一息つくのに随分時間がかかったが、俺はシュワちゃんに尋ねてみた。


「これ、お前の愛銃だろ? 何故敵である俺たちにこれを?」

「まあ、これは僕とエンターテイナーの一致した意見なんだけどね」


『弱い奴と戦って勝っても、ろくなデータは取れない』。微笑を浮かべて、静かにシュワちゃんはそう言った。


「何ですって、コイツ!!」

「おっと」


 シュワちゃんは軽く身を引き、目にもとまらぬ速さで俺の背後に回り込んだ。


「くっ!」


 まさに一瞬の出来事。シュワちゃんの腕が、俺の首に絡められる。桃子は立ち止まり、ジリ、と後ずさりした。


「苦しくはないかい、竜介くん?」

「あ、ああ」

「でもこの状態で僕が腕に本気で力を込めたらどうなるか。モモちゃんにだって分かるだろう?」


 桃子は唇を噛み締める。


「とまあ、こんなところさ。僕はその銃がなくても、瞬間移動……ではないんだけど、移動スピードを上げることができてね。エンターテイナーに感謝しなくちゃ」


 だからこそ、先日バルコニーで音も気配も殺して、涼に対する射程にまで踏み込むことができたのか。……ってか、いい加減俺を解放してほしいのだが。


「どはっ!」


 ようやくシュワちゃんの魔手から逃れた俺が荒い息をつくと、桃子は苦しげに唇を歪めた。


「今日の僕からの用件はこれだけ……じゃないな、失礼」


 背筋を伸ばすシュワちゃん。


「エンターテイナーが、怪物の量産体制に入った」

「!?」


 何だって? 今なんて言った? シュワちゃんに問い詰めたくなったが、生憎俺は言葉を発することができなかった。驚きのあまりに。


「タムリミットはあと四日……。それで怪物たちは行動を始める。自分の意志で」

「どっ、どうやったら止められるの!?」


 愚問だろうよ、桃子。しかしシュワちゃんは、実に丁寧に説明した。


「エンターテイナーは、自ら君たちと戦うことを所望している。三日後の夜にでも、手合わせ願いたいそうだ。もしそれに君たちが勝てば、彼は怪物侵攻作戦を止めると言っている」


 まるでゲーム感覚だな。舐められたものだ。


「その露払いとして、僕が君たちと勝負することになった」

「なっ!!」


 驚きの連続で口が閉まらなくなった俺に対し、シュワちゃんは


「君たちが僕に勝てない、ということは、エンターテイナーには足元にも及ばない。少なくとも、彼はそう思っているようだね」


 つい、とシュワちゃんは眼鏡を指先で上げた。


「俺が……俺たちが、お前を倒す……?」

「もっとはっきり言ってくれていい。僕を殺すんだ。でなければ、エンターテイナーは怪物の量産ボタンに手をかける。もう猶予はないよ」

「そんな……」


 絶句した俺を見つめながら、シュワちゃんは


「僕の手のうちは見せた。『高速移動』をね。怪物が暴れだすまであと四日、なんて理不尽に聞こえるかもしれないけど、これでも譲歩したんだ」


 すると、隣で桃子が立ち上がった。腰を抜かすでもなく、椅子を蹴とばすでもなく、ただただ毅然とした態度で。


「あなたたちの要求は分かったわ。情報の提供、ありがとう。でも、あともう一つ訊かせてくれる?」

「何だい?」


 シュワちゃんは相変わらずの態度で、真っ直ぐに桃子の視線を受け止めた。


「それは、あなたの意志なの? それとも、『エンターテイナーに従わなければならない』という義務感から生じたものなの?」


 その時。まさに桃子が言い切った直後に、初めてシュワちゃんの顔に狼狽の色が見えた。


「それを知ることは、君たちに利することなのか?」

「ええ。少なくとも私の、あなたに対する興味は満たされる。で、どうなの?」


 恐らくこの中で一番ビビっていたのは、誰あろうこの俺だ。桃子にも冷徹な一面があるということを、目前に叩きつけられたのだ。

 嫌な汗が、俺の額からするりと滑り落ちる。だが、それはシュワちゃんも同様だったようだ。彼は眼鏡を外し、ポケットからハンカチを取り出して、撫でるように額を拭った。

 それから僅かな沈黙の後、シュワちゃんは軽く深呼吸をして、


「ノーコメントだ」


 と告げた。すると、鞄を肩からかけ直し、さっと身を翻して、彼は文芸部室を出ていった。


「電子、聞こえてたわよね?」

《ああ。バッチリと、でござる》

「で、電子?」


 俺がはっとしてモモの方を見ると、しかしそこには何もない。モモがスマホを使った気配もない。


「さっきの話がブラフだったかどうか、判断できる?」

《ちょい待ち。今、シュワ殿の音声を解析中也》


 その時、ようやく俺は気づいた。

 ファスナーだ。モモのジャージの襟元のファスナーが、超小型の通信機になっていたのだ。

 って、そっちに目をやっているとついつい視線が――。


「違う! そんなやましい目で見てたわけじゃない!!」

「どっ、どうしたんですか先輩!?」


 俺は以前の、喫茶店での出来事を思い出していた。全く、危うくモモの胸に視線を引きずり込まれるところだった。

 すると、コツンと軽い痛みが俺の頭頂部に走った。桃子の空手チョップだ。


「まあ、先輩が血迷ったところで状況は打開できないですし、少しは落ち着いてください」

「は、はい……」


 俺は素直に桃子の言葉に従った。


「とりあえず帰りましょう。作戦会議をもたないと」

「そ、そうだな! そうしよう、うん!」


 俺はコクコクと頷きまくり、桃子の後について文芸部室を、昇降口を、そして校門を出た。


         ※


「つまり、あの山荘の地下に怪物の製造プラントがある、ってわけぇ?」

《うむ》

「まさかミサイル撃ち込むわけにもいかねえしなあ……」

「ちょっと竜ちゃん、物騒なこと言わないでよぉ~」


 俺たちは、無事意識を取り戻した涼のいる部屋で、作戦会議を催していた。その場にいるのは、俺、桃子、北郎、涼、そしてSkypeの向こう側から電子が参加している。


《これで、シュワ殿の言っていたことがハッタリでないことは確定的になったでござるな》

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