第22話
「北郎っ!!」
俺は慌てて北郎の後ろ襟を引いて後ろに倒した。なおも騒ごうとする北郎を、半ば羽交い絞めにして引き留める。するとちょうど、バタバタという軽い銃声が響き渡った。
シュワちゃんの銃のズドン、という重い音が俺の胃袋を震わせる。しかし、数には勝てなかったのだろう、シュワちゃんはバク転するような挙動でバルコニー奥へと消えた。
「総員、撃ち方止め! 負傷者は!?」
「いません、電子隊長!」
「よし!」
俺は何が起こったのか分からず、ぼんやりと電子の方を見つめていた。思わず北郎を引き倒してしまったが、それは電子の声があったからだ。
俺はホールを改めて見回した。桃子は頭を抱えた体勢から元に戻るところで、涼と北郎は俺のそばで待機中だ。他には、目だし帽を被り、上下を迷彩服で覆った人間が四人。電子を含めてだ。
「モモ嬢、無事でござるな! 竜介殿!」
「ああ、怪我人がいる! どうしたらいい?」
「すぐに搬送するでござる!」
電子の話によれば、いつものようにパソコンに向かっていたところ、強大な怪物の発生エネルギー(あの黒い塵の竜巻のことだ)を感知し、慌てて仲間を招集、武装して乗り込んできたということだ。
「フィールドを展開されなくて幸いだったでござる。全く、間一髪でござったな」
ハンドルを握る電子の横、助手席で俺は額の汗を拭った。
「ああ、危なかったぜ……」
とため息混じりに一言。
これは電子が乗りつけてきた大型バンの中での会話だ。
電子たちはすぐに怪物の出現場所、すなわち俺たちの場所を特定、助っ人に参上したらしい。
「しかしあんな物騒な武器、どうやって手に入れたんだ?」
「営業上の秘密でござるな。もし竜介殿がこれを知れば、CIAとNSAから同時に追われることになるでござる」
「……あ、そう……」
ちなみに、電子たちは五人組だった。俺たちが、隠し部屋だったホールと短い廊下から出ると、そこは食堂に直接通じていた。そこに残る電子の仲間の一人が機関銃を構えながら、メイドさんや男性スタッフを脅し、動きをとどめていた。
「お前ら随分手馴れてたよな。元は銀行強盗だった、なんて言わねえだろうな?」
「とんでもない!」
電人はかかか、と快活に笑った。
「拙者の過去話はそんなに楽しいものではござらん。ま、お気になさらず」
そう言われてしまうと、こちらも返す言葉がない。
「お前らは大丈夫か?」
俺は首をひねって後部座席を覗き込んだ。
「涼の足に包帯巻いてます。出血は止まったようですけど」
とは桃子の談。
「分かった。ところで、俺たちはどこに向かってるんだ?」
「貴殿のお宅でござるよ、竜介殿」
「はあ!?」
何故? どうしてうちなんだ?
「ま、まあ、お前の情報力をもってすれば俺んちなんてすぐに分かるんだろうが……」
「それだけではござらぬよ」
「あ、そうか! フィクサーは攻撃対象になりにくいから……?」
「左様でござる」
満足気に頷く電子。
「分かった。うちでよければなんなりと使ってくれ。無駄に広いからな」
「かたじけない」
そんな会話をしつつ、電子はバンを幹線道路に乗り込ませた。
※
電子の四人の部下たちは、『散開!!』という鶴の一声でさっと姿を消した。このあたりの挙動の素早さと中二病臭さは、さすが電子の部下といったところか。
俺のマンションに到着すると、桃子と電子が涼に肩を貸し、最上階へとエレベーターで上った。インターフォンをプッシュ。
《はい、滝川です》
「あ、杉山さん? ちょっと込み入った事情があって、知り合いを四人入れたいんです。準備してもらえますか?」
《はい、問題ございません》
「よし……。皆、入ってくれ」
俺はドアを引き開け、彼らを通した。
「失礼つかまつるでござる!」
「涼、しっかりして!」
「ええ……」
「……お邪魔、します……」
四者四様の態度で、彼らは俺のマンションに上がり込んだ。
「へえ~、先輩もいいお宅に住んでるんですねえ」
「ああ、まあ……。ってそうじゃない! 杉山さん!!」
「はい、竜介様。先ほどお電話で伺った通り、準備しております」
「ありがとうございます。じゃ、皆こっちへ!」
俺は四人をぞろぞろと引き連れ、部屋の一角に設けられた小部屋の扉を開けた。電気をつけると、そこにはリクライニングシートのような大きな椅子が、ぽつんと鎮座している。
「涼の靴を脱がしてくれ。撃たれたところが見えるように」
靴とはいえ、女性の衣類を脱がすのに抵抗を覚えた男性陣に代わり、桃子が涼の素足を露わにした。俺は椅子の後ろから、着々と医療器具を取り出す。
「誰か医療関係に強いやつは? 怪我の手当てを指導できるやつ、いないか?」
僅かな沈黙。すると、北郎がおずおずと手を挙げた。
「僕なら、このくらいの傷はなんとか……」
「そうか」
俺は大きく頷いて見せた。
「涼ちゃんは大丈夫ですか?」
不安げに問いかけてきた桃子に向かい、俺は目を合わせて答えた。
「致命傷ではないにせよ、今ここでメンバーが欠けるのはまずい。だから、さっさと怪我を治してもらおうってことさ」
「ふーん」
俺はずっと手術の様子を見つめている桃子から視線を逸らし、北郎の方を見遣った。するとちょうど、彼と目が合った。珍しく自信、というか使命感に燃えているように見える。
北郎はさっさと目を逸らし、手術体勢に戻った。
俺が振り返るのと、電子が桃子に尋ねかけたのは同時。
「拙者は情報収集の手段を見つけて再開するでござる。モモ嬢は?」
「もう少し、涼のそばにいてあげたい」
「よし、分かった。桃子はここにいろ」
「先輩に言われなくてもそうしますよ」
なんだ、可愛げのないやつめ。まあいい。
「電子はあっちで情報処理を頼む」
「承知!」
電子はさっと跳びすさるようにして退室した。桃子は不安げに涼の横顔を眺めている。涼はだいぶ汗をかき、その長い髪から滴り落ちるほどだった。
「桃子、時々でいいから涼の汗を拭ってやってくれ」
「分かりました」
そこで、少し気になることのあった俺は、北郎が一息つくのを見計らって声をかけた。
「北郎、後でちょっとつき合ってくれ。急がなくていい」
北郎が頷くのも待たずに、俺は外に出た。
「杉山さん、俺の部屋空いてます?」
「はい、竜介様のお部屋は、以前ご利用になられたままでございます」
俺は頷いてから北郎の方へと向き直った。
「俺の部屋に来てくれ。ネームプレートがついてる」
北郎は静かに頷き、涼の治療に戻った。
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