第20話

 どうやら竜巻の脅威からは逃れることができたらしい。しかし、先ほどの落雷はどう見ても自然現象ではない。『攻撃』だ。一体何が? 否、誰がこんなことを? 雷撃といえば、確か――。


 俺が思索を巡らそうとしたその時、カツン、カツンと固い音が響いてきた。見上げると、ホールの入り口の反対側に、バルコニー状の手狭な二階席のような場所がある。その奥は真っ暗でよく見えない。

 その間にも、固い音は繰り返し響き渡ってきた。

 カツン、カツン、カツン――。

 そしてその音の主がバルコニーに進み出て、照明に照らし出された。


「皆様、ご無事ですかな?」


 俺は半信半疑ながらも、あまり驚きはしなかった。そこに立っていたのは、かの人物だった。


「エンターテイナー……!」


 落雷攻撃は彼の十八番だ。やはり、彼も戦闘に加わっていたのだ。

 しかし、その攻撃力は、以前助太刀してもらった時とは比べ物にならないほど強い。何せ、ブレイカーの立場でありながら、エンターテイナーは怪物、というか竜巻のコアを破壊して見せたのだ。


「どうして……」

「ん? どうされましたか、滝川くん?」

「どうして今さら出てきたんだ!? もっと早く助太刀に来てくれれば、桃子はこんなに傷つかなくても済んだんだぞ!!」


 堂々と高みの見物を決め込みやがって。


「これは失敬」


 エンターテイナーはシルクハットを取った。しかし、次に告げられたのは、そんな紳士的な態度とは程遠いものだった。


「あなた方の戦闘力を測っていたのですよ。特に桜坂嬢、あなたのね」

「どっ、どういうことだ?」


 桃子に代わって、俺は大声で尋ねた。


「白状いたしましょう。この街に怪物を出現させていた者、あなた方が悪徳魔術師と呼んでいたのは、紛れもなくわたくしのことです」

「なっ!?」


 驚きのあまり、息ができなくなる俺。彼が、黒幕の正体……?


「少しばかり、わたくしの話にお付き合い願えますかな?」


 返す言葉のないうちに、エンターテイナーは語りだした。


「ご存じのとおり、わたくしは能力者であり、その属性はブレイカーです。幼い日の頃――そう、あれは戦時中のことでしたな。ある日、わたくしの住んでいた街が米軍による空爆に遭いました。私の能力が発現したのは、そこで死ぬような思いをしたからでしょう」


 エンターテイナーは顔を上げ、どこか遠くを見つめるような表情で言葉を紡ぐ。


「ちょうどその空爆の日、わたくしは家族を守ろうと必死でした。その時、詳細は知りませんでしたが、自分に『雷を落とす』能力が備わったことは直感的に感じました。お三方も、そんな経験がおありでは?」


 確かに。いや、俺は自分のケースしか知らないが、確かに半年前、クモの貼りついたバンに轢き殺されそうになったのは本当だし、それ以降、何かを直す能力に恵まれたのも事実だ。

 まあ、それを初めて実感したのは、桃子と初めて出会った日、ロールスロイスをフィックスした時なのだが。

 しかし、数日前の時点でも、確かに何かしら、形容しがたい感覚に囚われていたのは事実だった。何か右の掌に力が込められるような。


 そうか。桃子も北郎も、何かしらそういう経験があったのか。

 俺が賢明に状況整理をしているのに配慮してか、しばらく経ってからエンターテイナーは話を続けた。


「フィールドを展開して、家族を防空壕まで誘導しました。それからわたくしは、高射砲の弾丸に混じって、自分の雷撃を活かし、米軍の爆撃機を何機も落としました。そのパイロットには申し訳ありませんが、わたくしが雷撃を用いて参戦したことで、多くの民間人を救えたのではと、誇らしく思うところであります」


 しかし――。


「フィールドの存在を知らなかったわたくしは、自分が能力を使って米軍機を落としているところを憲兵隊に見つかってしまったのです。翌日、戦闘が終わってから、わたくしは無理矢理陸軍の施設に連行されました。そして、生物兵器開発のサンプルとして、人権を無視した様々な実験の対象とされてしまったのです」

「そ、そりゃあ……」


 俺は言葉を失った。エンターテイナーは、十歳前後のうちに過酷な人体実験を強制されたのだ。もちろん、俺に詳しい知識があるわけではない。

 しかし、目の前にいる人物はそんな体験をしてきた。そう思うと、単なる憐憫とも同情ともつかない、暗い気持ちになった。


「終戦間近のことでした」


 エンターテイナーは、訥々と語り続ける。


「わたくしは隙を見て、そして能力の全力を以て、自分を実験に使おうとする科学者たちを皆殺しにしました。そして脱出したのです。しかし、その後には……」


 ふと、初めてそこで、エンターテイナーは言葉に詰まったようだった。


「わたくしの家族は、憲兵隊に連行された後でした。その後、戦争が終わってからも、彼らの消息は不明のまま。恐らくわたくしの能力は、戦時中は最高機密だったでしょうが、それを知っているものと見做されたのでしょう。口封じに殺されてしまったのかもしれません」


 そこで急に、エンターテイナーの声音が変わった。バルコニーの手すりに手をつき、半ば腰を折るようにして冷たいため息をついたのだ。そして、震える声で続けた。


「わたくしの中で、あの戦争は未だに終わってはおりません。しかしながら、当時の人々は、あの戦争を忘れようと自らを忙殺し、これほどまでの繁栄をこの国にもたらした。理不尽だとは思いませんか?」


 まさか、それが理由なのか。


「あんたが怪物を造ったのは、それが原因なのか?」

「理由の一つではあります」


 そう言いながら、エンターテイナーは手すりから離れ、再び背筋を伸ばした。


「いずれ怪物たちに、平和ボケしたこの国の国民たちを襲わせるつもりでおります。しかし、そんな中で思いがけない事態が発生しました。私以外にも、何らかの能力を持った人間がいる、ということが分かったのです」

「それが俺や桃子たちだって言うのか?」


 無言で頷くエンターテイナー。


「ならば是非とも、彼らの能力を見極め、可能であれば同志になっていただきたい。そう思って、怪物とあなた方を戦わせていたのです」

「つまり本気になれば、あんたはこの街を、いや、この国を壊すことだってできた、ってわけか?」

「それはさすがにまだまだ先のことですがね」


 エンターテイナーは、俺のジリジリと熱を帯びた視線を一瞥してから、続けた。


「わたくしのラボで開発できる怪物は、もはや能力的にたかが知れている。万が一、国防組織、例えば防衛省や国土交通省が本気になれば、全くとは言わずとも勝機はない。だからこそ、こうしてスカウトまがいのことをしているわけです。そして造ったのが――」

「私たちってわけね、おじいちゃん」

「ッ!?」


 俺ははっと目を見開いた。今の声……涼か!?

 するとエンターテイナーの奥から、さっとテニスラケットが飛び出してきた。ラケットはエンターテイナーの喉の側面にピタリ、とつけられ、そこからはごくごく細く、赤い液体が流れていた。


「ほう……。自分の造った人造人間に恐喝されるとは、わたくしも歳ですかな」

「そのようね」


 闇の向こうから現れたのは、確かに涼だった。もう体力は回復したのだろうか。

 しかしそれよりも、衝撃の言葉が博士の口から発せられていた。


「涼、お前が人造人間、だって!?」

「ええ。薄々感づいてはいたけど、こうもはっきり言われると黙っていられなくてね」


 涼はいつものようなグダグダした調子ではなく、キレのある声音で語った。


「エンターテイナー、あなたが私を造ってくれたことには感謝する。『生きる』ことができたしね。でもその目的は、単なる現在日本に対する復讐、いえ、八つ当たりと言った方がいいかしら? 生憎、私の趣味とはかけ離れてるわね」

「私を殺すのか、片桐くん?」

「竜ちゃんたちを無事にここから脱出させて、あんたは警察に出頭しなさい。そうすれば、もっと平和的な解決法を一緒に考えてあげる」

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