第17話
俺は微妙に視線をずらしながら答えた。確かに、安心しろという方が難しい。それは怪物云々ではなく、今の状態、つまりいろんなものの破片が飛び交っていることによる。
我ながら見事なもので、様々な破片は決して人にはぶつからず、すいすいと飛んでいって物体を元の姿に戻していく。フィールド内の全体が、ぼんやりと白く輝いて見えた。しかし、男性は原理が分かっていないので、自分の方にガラス片やコンクリート片が飛んできているように見えたらしい。
「ひっ!」
情けない叫び声を上げる。
それはいいとして、俺たちにはまだもう一つ、大きな問題があった。
戦闘を目撃した民間人を、どう説得するか、だ。
『我々は能力者で、今この場を修繕しているんです!』と言えれば随分楽なものなのだろうが、それで信用してもらえるとは思えない。
すると突然、桃子の声がした。キンキンに反響している。
「皆さーーーん!!」
手でメガホンを作るようにして大声で呼びかける桃子。
「もう怪物は現れません!! 安全です!! だから、今日見たことはぜーーーんぶ忘れてください!!」
「はあ!?」
俺は桃子の方を振り返った。
「そんなの無理だろ、あれだけ派手に――」
と言いかけたその時、袖を引っ掴まれた。
「お、お兄さん!」
「うっ!」
さっきのおばさんだ。娘さんに近づけないと言って喚いていた。
「あの変な壁みたいなもの、消せないんですか!? 早く娘のところに行きたいんです!」
再びぐわんぐわんと揺さぶられながら、俺は
「桃子! 早くフィールドを消せないのか!?」
すると桃子はあたりを見回した。全体がフィックスされたかどうか確かめているのだろう。
「大丈夫みたいですね。では、フィールド解除!」
パチン、と指を鳴らす。全体的にほわわん、という妙な音がして、フィールドはそのてっぺんからさっと消えていった。その直後。
「どわあ!!」
俺たちは耳を塞いでしゃがみ込んだ。ほぼ雑音がなかったところから、一気に日常の雑踏に引き戻される。河川敷でのことと同じことが起こったのだ。
が、次の言葉は明確だった。
「お母さん、早く!」
あどけない女の子の声。すると俺に詰め寄っていた母親は、
「ああ、佳奈! 佳奈!!」
娘の名前を連呼しながら駆け寄っていく。そして思いっきり抱きしめた。
「く、苦しいよお母さん、どうしたの? そんな怖い顔して……」
「心配したのよ、私にも何が何だか分からないけど。怪我はない?」
「うん!」
すると母親は振り返り、深々とお辞儀をしてくれた。俺たちの頑張りは、その母親の感謝に値するものだった、ということか。
「先輩、何ニヤニヤしてるんですか?」
俺は桃子を一瞥し、再び母親の背中に目を遣った。
「ん? ああ、あの親子な。無事に再会できてよかったなと思って」
「そうかー、おばさんと幼女を助けることができて、安心してるんですね」
「ああ。俺は何もしてないけどな」
すると、そばで気配がした。これは、桃子が何かを企んでいる空気だ。
「本当によかったですねえ、『幼女』を救出できて。やっぱり先輩、ロリコンですもんね!」
「ぐは!!」
は、嵌められた!
「桃子、てめえ!」
「ふっふ~ん」
桃子一人、涼しい顔だ。
「人を勝手にロリコン呼ばわりするな! 人聞きの悪い!」
「だってホントのことだも~ん」
などとあしらわれていると、横合いから声をかけられた。
「あ、すいません」
「はい?」
先ほどの彼氏さんに声をかけられた。大学生くらいだろうか。彼女さんは彼の後ろで佇んでいる。
「怪我した人を運びましょうか? 車、そこに停めてあるんです。近所の病院にでも」
「あー……、えっと」
俺が返答に窮していると、
「大丈夫です! ただし、今日あったことは他言無用でお願いしますね!」
と、桃子が営業スマイルで告げた。
「ま、まあ、そういうことなら……」
少し戸惑ったようだが、カップルは俺たちを後にしてパーキングの方へと歩いて行った。
そんな二人の後ろ姿を見ていた俺たちは、背後から忍び寄る影に気づかなかった。
「うわ!」
「きゃ!」
北郎だった。せめて前もって声をかけてくれ。
「シューターの二人、運ばないと」
「ん? あ、ああ、そうだな」
シュワちゃんと涼は、ロータリーに腰かける姿勢でぐったりと腰から上を折っていた。
「大丈夫か? ……ってそうは見えないな」
「ああ、流石に」
「ええ、流石にねぇ」
俺の浅はかな問いかけに、案の定二人はかぶりを振る。これは肩を貸してやらないとだめだな。
すると北郎は、スタスタとシュワちゃんに歩み寄り、相変わらず消え入りそうな声で呼びかけた。
「シュワちゃん、肩、貸すよ」
「すまない、北郎くん……」
「じゃあ、俺が涼を支える。俺の肩に腕を回してくれ」
「ごめんねぇ、竜ちゃん……」
その時、俺は違和感を覚えた。北郎の挙動についてだ。
あたかも涼のことを避けて、シュワちゃんに肩を貸しにいったように感じられたのだ。
気づいたのは俺だけだったようなので、俺は黙っていることにした。が、もしかして……?
ええい、構っていられるか。俺は涼とともに立ち上がり、どこに行ったらよいものやらと思案した。先ほどの彼氏さんの提案に乗って、病院まで行けばよかったのだろうか? でもそれで、俺たちの素性が割れる危険は避けなければ。
「うーむ……」
何気なく目を上げた時、俺はそこに立っている人物に気づいた。
「これはこれは、大変な激戦のようでしたな」
「あ、どうも、エンターテイナー」
俺は軽く頭を下げた。途中でまだエンターテイナーが深々と礼をしていたので、慌てて再度、頭を下げる。
「今回の事態は、巻き込まれた一般人に忘れられるようきちんと手配します。それよりも、わたくしの邸宅に、能力者用のケア設備があります。よろしければ、そこでシュワくんと涼くんの傷を癒して差し上げることができますが?」
「本当ですか!?」
渡りに船とはこのことか。
「でもどうやってそこまで――」
「ご心配には及びません。そばに車を待たせておりますゆえ」
首を伸ばして彼の背後に目を遣ると、いかにも高級そうな、というか高級に間違いないベンツが一台停まっていた。漆黒の車体には、だいぶ横幅がある。
「さあ、どうぞ」
エンターテイナーは、自分が執事になったかのような態度で後部座席のドアを開けた。俺はありがたく、涼を支えながら乗り込む。シュワちゃんを連れた北郎も続いた。桃子も一緒だ。エンターテイナーも助手席に回り、『出してくれたまえ』と一言。ベンツは緩やかに市街地を後にした。
※
「それにしてもなあ」
俺は顎に手を遣った。
「どうしたんですか、先輩?」
「いや、こう言っちゃなんだが、お前、もっと早く助けに来てくれればよかったのに。だって駅前って、お前や電子のマンションからすぐだろ?」
すると、
「そう! まさにそうなんですよ!」
「なんですぐに助けに来てくれなかったんだ? お前がいれば、もっとさっさと怪物をとっちめられただろうに」
「実はあのフィールド、妙だったんです」
「妙、だった?」
首肯するモモ。
「能力者は出入り自由、ていうのがフィールドでしょう? それなのに私、すぐにはフィールドに入れなかったんです!」
モモの顔を見ると、鼻先が少し赤くなっていた。なるほど、フィールドに飛び込もうとしたら弾かれて、鼻をぶっつけたんだろう。
「わたくしも同様です」
とエンターテイナー。
「フィールド内の様子は見られるのに、踏み入ることができない。全く妙な現象でしたな」
「ふむ」
俺は顎に手を遣るポーズを続行する。
桃子もエンターテイナーもブレイカーであり、怪物の弱点を洗い出すのが目的だ。それが果たされなければ、多少ダメージを与えられるとしても、シューターの実力ではどうにもならない。
また、俺は北郎についても考えてみた。しかし、北郎はブレイカーだと紹介されたが、全く戦う素振りを見せなかった。思い返してみれば、足が震えてその場から動けなかったようにも見えた気がする。
能力者としてフィールド内に入ることはできたが、戦力にはならなかった、否、なれなかったということか。
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