1999年9月4日 『意思と覚悟』
今朝は、昨日とは打って変わって
清々しい朝日が部屋に射しこんできた。
まだ幾分、残暑が尾を引いているが、
朝日の昇る時間帯は秋めいてきている。
いつも通りの朝をこなしつつ、
コーヒー片手に新聞を広げていると
待ちに待った携帯の着信音が鳴った。
逸る気持ちを抑え平常心を装い
通話ボタンを押した。
「もしもし、
おはようございます花音です」
「これはこれは
おはよう花音君」
「今、よろしかったですか」
「えぇ、いいですとも」
「例の件ですが、あれから
自分自身に話しかけてみたり、
念じてみたり、
鏡に向かって話しかけてみたり、
手紙を書いて机の上に置いてみたり、
色々、考えて試してはみてるんですけど
全くの無反応です、今のとこ。
中々良い案も浮かばなくて・・・
あれから1回も記憶が飛んではいないので
誰も出てきてはいないのは確かです。
ただ、考えてみれば、
結局、シオンが居ない今となっては
誰が出てくるのか分からないため
安全かどうかすら分からない。
母や恵梨守は女性だし
詩音は病み上がりだし
山田さんは大変失礼ですがご高齢ですし。
リスクを考えると誰に頼みようもなくて。
それに、もしかしたら、この先一生
誰も出てこないかもしれないですしね。
なんて、
宛てのない迷宮を未だに彷徨ってます」
「それはまた難儀ですね。
確かに仰る通り、リスクを考えると
安易な行動はとれませんね。
今までの花音君の身の回りを見る限り
危険なことは無いとは思いますが
流石に、
全てを把握できている訳ではないので
確証が得られないとなると
今はやはり見守るしかないでしょうね。
シオン君のように前兆でもあれば
対処の仕方もあるんですが・・・
さて、どうしたものか・・・」
「あっすいません。
ちょっと弱音と言うか、
愚痴を聞いてもらいたかっただけで・・・」
「そうでしたか。
私で宜しければ、いつでも構いませんよ。
私が言うのもなんですが、
『果報は寝て待て』って言いますしね。
実際、時間に制約など無いわけですから
焦る必要はありませんよ」
「まぁ・・・そうなんですが・・・」
「確かに、
シオン君のことが気にならないと言えば
嘘になりますが、こればかりは
私たちにはどうしようもないことです。
じたばたして少しでも早く
情報を掴むことが出来るのであれば
喜んで幾らでもじたばたもしますが
今は、ただの徒労にしかなりません。
歯がゆいですが今は待つしかありません」
「そうですね」
「とは言え、何も手を打たない
という訳にもいかないでしょうから・・・
では、こうしましょう。
シオン君の時と同様に、もし、
サインが現れたら、私に連絡ください。
例え、それがセツラ君ではなくても
何かしらの進展はあるでしょうから」
「ありがとうございます。
そう言っていただけると
凄く助かります。
また、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「今回は状況が状況ですから
前以上に、ご自身の身の安全を
最優先してくださいね」
「えぇわかりました」
電話口の花音君の声から
憔悴とまではいかないまでも
疲弊感が漂っていたように感じた。
自分で、ましてや誰かが
どうにかできるものではないことを
理解しての心労なのだろう。
こればかりは、他人は勿論
彼自身での解決も容易くはない。
ただ、その瞬間を待つしかないという
何ら確証のない、根競べのようなものだ。
まぁ、おめでたい位の
プラス思考でも持ち合わせていれば
この局面に押し潰されるどころか
楽しむことも出来るだろう。
しかし、花音君の性格上、
押し潰されることは無いにしても、
楽しむことも出来ないだろう。
花音君からの電話を切って
5分も経たないうちに
再び携帯が着信音を響かせた。
画面には花音君の名前が出ていた。
「もしもし」
「もしもし
花音君、何か言い忘れでも?」
「花音?
私を待っていたのでしょう?」
「・・・セツラ君・・・かね?」
「ご名答。
最近、なにやら
花音の意識が騒がしいものですから、
ちょっと様子見をと思いましてね。
母親の次に多い発信履歴に刻まれた番号、
つまりあなたに掛けてみたんですが
どうやら正解のようですね。
あなた方が私に用があるとすれば
シオンのことでしょうか・・・」
孤独真っただ中で、いきなりの核心。
心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「全て・・・お見通しのようですね。
なら話が早い。
仰る通り、皆が知りたいこと・・・
それは、シオン君のあの最期の日・・・
シオン君の身に一体何が起こったのか、
その閉ざされた最期を知りたいのです。
そして・・・今彼はどうしているのか」
「・・・なるほど・・・
もちろん、私は彼の最期を知っています。
今、何処に居るかもね。
しかし、あなた方がそれを知って
どうするのですか?
お気に入りの彼が無事なのを確認し、
自己満足にでも浸りたいのですか?
と言うより、
罪責感に対する免罪符が欲しいと
言った方が正解ですかね?
それとも、もっと崇高な別の目的でも?
いずれにせよ、明確な意思と
明白な覚悟が必要ですよ」
正直、私事で言えば前者が正解。
そこから何かが始まるとしても
今現在の我々の・・・
と言うより私個人の目的は
明らかに前者である。
それ以上でも、それ以下でもない。
「私個人で言えば、
純粋に彼がどうなったのかを知りたい。
例えそれが
キミの言う自己満足や免罪符だとしても」
「まぁ、
私にも隠す理由などもありませんし・・・
わかりました。
よろしいですよ。
明日の午後1時に、かつてあなた方が
待ち合わせ場所にしていた
あの池のベンチで待ち合わせましょう。
あなたが明日一人でいらっしゃれば
全てお教えしますよ。
私の知り得る、彼の最期と今の彼を。
くれぐれも、あなた一人で、ですよ」
「一人であることに何か意味でも?」
「えぇ
かなり重要な意味があります」
「それは・・・?」
「私は人間という生き物が
好きではありません。
故に信用もしておりません。
しかし、あなたは最初から変わらない。
あなたなら信用とまではいかなくとも
話くらいはしてもいいと思ったまでです。
まぁ、信じる信じないはあなたの自由。
勿論、来る来ないもあなたの自由です。
ただし、明日、会えなければ、
2度と会う機会はないと思ってください」
「わかりました」
「それでは、明日」
そう言うと、
何の躊躇もなく彼は電話を切った。
あまりの急展開に頭が付いてこれていない。
取り敢えず本意ではないが、誰にも言わず
明日、あの池のベンチに向かうことにした。
いよいよ・・・
いよいよ、再び時が動き出す。
そんな確信にも近い予感がした。
エリシオン アルセーヌ・エリシオン @I-Elysion
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