1999年8月9日 『収束』

 結局、昨日も大した収穫も無いまま

普通に平穏な一日が過ぎた。

今朝も、いつも通り起き、

一通りの日課をこなしていた。

朝食後の珈琲を片手に

新聞に目を通していた時、

着信音が鳴った。

メールではなく電話だった。

しかもその相手はユリアさんだった。


「もしもし」


「もしもし

 おはようございます。

 ユリアです」


「これはこれは

 お久しぶりですね。

 お元気でしたか?」


「えぇ」


「それは良かった。

 ところで、どうかされましたかな?」


「はい・・・

 花音に色々聞きました」


「えぇ

 花音君より伺っております。

 あなたも彼の・・・

 セツラという青年のことは

 ご存知無かったようですね。

 しかし、

 驚くような素振りも無かったと

 伺っております。

 それは職業柄想定できていたと

 いうことなんでしょうか?

 それとも、

 心当たりでも?」


「その両方です。

 ただ、心当たりと言うよりは

 母親としての勘とでも

 申しましょうか・・・」


「なるほど。

 いよいよという感覚も

 その母親としての勘だと?」


「えぇ

 それに、最近花音の様子が

 少々おかしいんです。

 恐らく、本人は元より、

 私たちも知らないところで

 人格の入れ替わりが起きているようで、

 記憶の欠落が多いいんです。

 花音本人も

 薄々は気付いていると思います」


「そうなんですか・・・

 と、言うことは、

 シオン君以外の人格の可能性が・・・」


「えぇ恐らく」


「私たちの知り及ばないところで

 重大な何かが動いている・・・

 そういうことなんでしょうな」


「えぇ

 主人格の花音、

 最初に現れたであろうカムイ、

 続いてシオン、そしてセツラ・・・

 この背景にまだ別の人格がいる・・・

 恐らく、その人格が総ての鍵だと

 私は考えております」


「目的は一体・・・

 シオン君のしてることは

 もしかすると自分の為ではなく

 他の誰かの為なのか

 それとも、何か別の目的があるのか。

 彼が嘘を言っているとは

 どうしても思えないので。

 だとすると、

 彼自身本当の目的も知らないまま

 動いているもしくは

 操られている・・・ということに」


「恐らく、人格同士の潜在意識に

 何かしらの共有する記憶か意思があり

 目的を遂行するために指揮してる

 人格がいるのだと思います」


「全く想像がつきませんが・・・

 シオン君自体にあのような

 特別な能力があることを考えると

 他の人格にも

 それぞれ特別な能力がありそうですね。

 ただ、シオン君の能力を見る限り

 彼の私利私欲か相手の方のみには

 幸いなことなので

 何か他に影響するようなことでは

 無いような気がするのですが・・・」


「そうですね・・・

 でもこの胸騒ぎが無くならない以上

 どうしても良い方ばかりには

 考えられないのが今の心情なんです。

 それが医者としてなのか、

 母親としてなのかもわからない」


「きっと、そのどちらもなんでしょう。

 或いは、女性の勘なのかもしれない。

 何れにせよ、アナタの仰る通り

 何かが答えを出そうとしている。

 私たちには、それを見守るしか

 できないのかもしれませんね。

 自分の無力さを痛感しますが

 これが現実なんでしょうな。

 とは言え、アナタにとっては

 ご自身の息子さんのこと・・・

 簡単には割り切れないし諦められない。

 どれほど苦しいことか・・・

 誰も傷つかずに済めばいいのですが」


「えぇ」


彼女の力ない返事に、

的確なアドバイスも慰めもできない

ただ歳を重ねた年寄りの言葉だったと

自己嫌悪が首をもたげた。

電話を切った後、

彼女が私に連絡してきた真意を考えて

言葉を選ぶべきだったと深く反省したが

恐らく考えたところで

気の利いたことは言えなかったろう。

これから、どう

彼女を含め彼らと向かい合い

接していくかを考えたとき、

裏表無い私そのままで

不器用なりにまっすぐ向き合うことが

せめてもの誠意だと改めて気付いた。

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