第4話取得
この時代戦争が度々起こっていた。
ここ何年かはそれほど大規模な戦争はなかったが
まだ身近な出来事であった。
戦いは正規軍のみで戦争をすることはほとんどなかった。
傭兵を雇い増強し、戦争を行う。常に多くの兵の
給料、補償、手当、それらを払うには金が掛かりすぎるのだ。
そこで戦いに関する職業のギルドが作られた。
戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、各種のギルドに登録し、
試験を受け、階級を受ける。その階級に応じて
国から出る給料が決まったり、雇い主からの最低賃金が決まる。
複数で登録する者も一つの職業に専念する者もいた。
契約も個人でする事も出来たが、一人では内容に制限が大きく掛かる。
そういった理由で傭兵団を組む事が多かった。
その場合職業のバランスが重視された。
攻撃のみでは生還率も下がり、報酬も下がる。
「疾風の山猫団」ではもう一人戦士、特に男の戦士を探していた。
トロルのルーリーは力は十二分にあった。
だが傭兵団の仕事は戦争だけではない。
隠密行動が必要であったり、要人の警護などもある。
目立ったり、人が怯える姿が適さない場合も多々ある。
トロルの姿は特殊すぎるのだ。
色々な仕事に対応するためにヒューマンの戦士、
それがナルドに求められている仕事の内容であった。
複数の職業を取得する事も出来る。回復系の僧侶と攻撃系の魔法使いを
兼任することは多い。ジンを魔力に変えるという行為が
似ているのだろう。
だが、兼任する事による弊害もある。
何かを究めるに二束の草鞋というのは難しいのだ。
そして相性の悪い職業もある。
力の必要な戦士と素早さと身のこなしが重要な盗賊。
力を付けながら俊敏性を上げる。ある程度までは可能である。
だがその道の究極を求めるとなると話は別になる
どちらも中途半端な状態になる事が多くなる。
だがセオリーには例外は付き物でもある。
盗賊よりの戦士という表現が正しいだろうか。
一撃必殺のスキルを鍛錬するアサシン。
更に精進を重ねた物には忍び、「忍者」の階級が与えられる。
その名は極東にある島国にいる闇の暗殺者の称号と言われている。
その称号を取得するには困難を極めた。
そのため取得者は両手で数えられると言われる難関なのだ。
「仕事をこなしながらそんな称号取れるわけねぇだろ!」
アレフの講釈である。
「どっかのお金持ちのお抱えの戦士かなんかを鍛えてやっとこさ取るんだろうぜ。
実際の戦いや任務にどれだけ対応できるのかね~」
よく憧れの職業に対しての妬みを交えて説明していた。
「それよりは魔法戦士の方がいいじゃねぇか」
「まだそれは先の話でしょ。まずは戦士の登録、
そしてバトラーの取得が出来なきゃ、他のスキルの話なんて
意味がないじゃない。」
「それに魔法使いのスキルも向き不向きがあるのよ。
ジンがあるからって誰でも出来る物ではないわ。」
クリスが魔法使いのスキルを軽んじるような言い方をした
アレフに口調を尖らせてアリナに続いた。
「解ってるよ。そんな怖い顔するなよ。美人が台無しだぜ。
そうだよな。まずはバトラーになってから考えればいいんだよ。
解ったかナルド。」
「あぁ解った。まず登録をしてくる。」
「そこら辺の村の生まれって事になってるからそこんとこ気い付けろ」
「あぁ行ってくる」
リックに別れを告げ現在拠点を置いているフォルザニア国に戻ってきた。
砂漠での戦利品を大げさに報告し、それなりの金が入り、
装備などを見直し、戦力向上を考えていた。
そこで戦士の職業に就くためギルドへ登録する事になった。
ただし登録するだけで取得できる訳ではない。
当然、試験を受け、それなりの基本が出来ているか試される。
そして合格すると戦士の初期ランク「バトラー」の
階級を取得することができる。
その階級も持つことで国の軍への入隊試験を受けられたり、
傭兵の賃金が保障されたり、ランクによっては
年金を受け取る事も出来た。
砂漠から戻り、戦士の登録のため、アリナがナルドに訓練をしていた。
攻撃、防御、俊敏性、基礎体力の訓練を二週間ほど過ぎた頃。
「基本の訓練は終わりよ。これなら登録出来ると思うわ。」
訓練を終え、ギルドへ向かう事になった。
アリナは意気揚々と、ナルドは無表情に口数も少なく付いて行った。
「今日は試験管がいないから試験は受けられんぞ」
ギルドの受付係が大地が震えるような低い声で言った。
受付をするには到底邪魔そうな丸太のような太い腕に
持ったペンが爪楊枝に見えるようなタコだらけの大きな
手をしている男だった。頬には若いころの勲章なのだろう。
大きな傷跡が刻まれていた。
長年戦士を貫いてきた、男臭い人物である。
アリナが「本人はまだまだ現役でやるつもりだったんだけど
ギルドの方から引退命令が出て、渋々ここの受付をやってるのよ」と
ここに来る前にナルドに教えていた。
名をゴラン。彼に憧れて戦士になる者も少なくない位の歴戦の勇士である。
頭に「元」を付けねばならないが。
瞬発力はまだ衰えてはいない。持久力がたもてないのだ。
「えー早いとこ階級ほしいのよ。」
アリナが交渉を始めた。
「試験管がいないんだ。しょうがあるめー」
「誰かいないの?例えば何か報告に来た、ソルジャーさんとか。」
「おらんもんは、おらん。」
「じゃあ、ゴランさんがやってよ。歴戦の勇者のお墨付きが
もらえれば合格よね。お願い。」
いつもと違うかわいい声でアリナが頼んだ。
「ふん。怪我をしてもしらんぞ。」
「やったー。じゃあナルドがんばって。」
「ほう。少し細身だが、均整の取れた体つきだな。」
値踏みしながらナルドを観察した。
『素早そうだ。少し離れて様子を見るか。』
心の中でつぶやきながらゴランは作戦を立てていた。
「よし。左の第二演習場でやるぞ。」
さほど大きくない練習などで使用する広場のような場所だった。
「なんだ。何かあったのか。」
「なんでも、あのゴラン様が階級取得の試験管をするんだと。」
「何!じゃ、ジェネラル級か。」
「いや。バトラーだってよ。」
「なんだ。ひよっこ相手か。つまらん。何分持つかね。」
にわかにギルドが騒がしくなってきた。
歴戦の勇士の戦いが見れるとあって、
人が次々に集まってきた。
「お金取ったら儲かりそう。」
思わずアリナがつぶやいた。
「なんじゃお前ら。見せもんじゃねぇぞ。仕事しろ。」
「そう言わないで下さいよ。ゴランさんの戦いっぷりを
見逃すなんて戦士の職業に就いた者なら
後悔で夜も眠れないってもんですよ。それが例え相手がひよっこでもね。」
「ふん。勝手にしろ。戦いって言っても、試験だぞ。
本気でやるわけじゃねぇ。」
「解ってますよ。本気を出したら一分と持たないでしょうから。
逆に長く楽しめるってもんですよ。」
「だから見せ物じゃねぇって言ってんだろうが。」
ちょっとした祭りのような騒ぎになっていた。
「ナルド。ちょっと聞いて。これは試験だから別に
勝つ必要はないから無理しないで。」
「分かった。練習通りやってみる。」
『この四面楚歌の状態で思ったより冷静ね。』
アリナは少しほっとしながら、後ろに下がった。
「よし、時間は三分。お前の実力を見せてみろ。」
広場の中心当たりに十メートルほどの広さで
五十センチほどの段差を付けた場所の端に二人は対峙していた。
少しづつ二人は間合いを詰めていった。
二人ともゆっくり近づいて行った。
誰もがそのまま中央で打ち合うのかと思ったその刹那。
一気に間合いを詰めたのはナルドであった。
『速い!』その場に居合わせた全員が感じた。
だが予想をしていたゴランはその一撃を難なく受け止めた。
先ほどまでの喧騒がまるで無かったかのように静まり返った。
速さを活かし、左右にフェイントを混ぜながら
二撃、三撃とナルドは打ち込んでいった。
それをその大きな体では考えられぬほどの
身のこなしでゴランは受け流した。
「流石はゴランね。力だけじゃないわ。」
アリナは眼を見開いて言った。
そしてゴランが反撃に出た。
その一撃目。ナルドは剣で受け止めようとした。
だが体制が崩れ、危うく倒れるところだった。
力の差を悟り、ナルドは相手の剣をかわし、受け流した。
そのまま三分が過ぎた。
「そこまで!」
砂時計の砂がすべて落ち、審判をしていた男が声を掛けた
その瞬間、拍手と歓声に包まれた。
「よく三分持ちこたえた。やるじゃねぇか。」
「素早い打ち込みだな。バトラーなら文句なしだな。」
「何言ってやがる。ゴランの旦那は力の半分も出しちゃいねぇよ。」
思い思いにその戦いを評価した。
「よし、合格だ。」
笑いながら重低音でゴランが言った。
「だが条件がある。」
「えっ。何よそれ。今の戦いを見れば文句なしじゃない。」
アリナが食い下がった。
「そっちのわがままを飲んでやったんだ。文句を言うな。
条件は来月のバトラーの大会に出場しろ。それだけだ。」
それを聞いて、また歓声が上がった。
「そりゃいい。がんばれよ。」
「最近活きがいいのがいないからつまらなかったんだよ」
「よし。負けねぇぞ」
アリナがタオルを持って近づいてきた。
「いい動きだったわ。それにしても、みんなに
覚えられちゃったわね。」
「何か悪いことでもあるのか」
息を切らし、肩で荒い息をして
受け取ったタオルで汗を拭きながら尋ねた。
「応援してくれる人もいると思うけど、
目を付けられる事も多いのよ。」
「そんなものか。」
「必ずって事じゃないけどね。」
アリナは視線を感じ、振り返った。
遠い眼をした男がこちらを見ていた。
歳は若そうだ。階級はバトラーといった所だろう。
ナルドを見ていたようだが、すぐに踵をかえし、見えなくなった。
「どうかしたのか」
「ん。なんでもないわ。」
『あの目付き気になるわね。』言葉には出さなかったが
男が消えた方向を目を向けた。
『少し目立ち過ぎたかしら』
「おい、ここの練習用具、簡易医療用具、軽食、飲料
自由にしろ。もちろん節度は守れ。」
なにやら満足げな顔をしながらゴランが伝えた。
「時間があれば俺が稽古を付けてやらんでもない。」
周りからどよめきの声がまた上がった。
「ずるいぞ。俺だってずっとお願いしてるのに。」
「俺なんか基礎が出来てないからって断られたよ」
「それはお前が悪い。」
ゴランに憧れた者は文句を募らせた。
「まあそう言うな。俺の暇つぶしとでも思ってくれ。
最近活きのいい奴が少なくてつまらなくてな。
いわば、おめぇは俺のおもちゃって訳だ。」
大地を震わせるような声で笑いながら言った。
「ゴランさんのおもちゃかぁ。なりたいような
なりたくないような。」
「おやじさんのおもちゃだって。俺はそれを
考えただけで気持ちの悪い汗をかきそうだ。
くわばらくわばら。」
これはギルドの職員の言葉だ。
「ここに来る時は覚悟を決めてこいよ。だぶん地獄を見るぞ。
それと直前に食事はするな。掃除が面倒だ。少し早めに
軽く済ましておけ。それがアドバイスだ」
「ありがと。気を付けさせるわ。」
ナルドというかアリナに言っている言葉に答えて
「でもそこまで厳しい訓練なの?バトラークラスで。」
「バトラーとかソルジャーとかの問題じゃなくて
ゴランさんのしごきって事さ。何度か見たことがあるが、
あれは見ているこっちが吐きそうになる。」
まるで他人事のように聞いているナルドをよそに
アリナの顔が少し引き締まった。
「本気で鍛えてくれそうね。わたしもちょっと
訓練しようかしら。」
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