麻衣ルート15話 最高の理解者

「…………」

目が覚めて、俺はいつも通りに登校する準備をし、自宅を出た。学園に行く気力があるなんて自覚はないけど、体に染み付いているというやつか。驚くほど、普段の朝だ。

「…………」

ただ1つ、違うことを除いて……。

「来るわけ、ねえよな……」

いつも合流する場所で住居の塀にもたれながら、麻衣を待つ。昨日のことは夢だったんじゃないかって気さえしてくるが、それは俺がそう思いたがっているだけなんだろう。麻衣は来ない。もうここにはいない。

「は、はは……」

悲しいはずなのにもう涙も出ねえ。昨夜で枯れたか? そのほうが好都合かもな。こんな情けない顔、紗智に見られたら堪らない。普段通りを心がけよう。


「あ、誠ちゃん、おはよ――」

「よお、紗智」

教室に着き、紗智と挨拶を交わす。

「……どうしたの?」

「なにが?」

「顔、ひどいよ?」

「気のせいだって」

「気のせいなんかじゃないよ。目も赤いし……」

「……関係ないって」

「なにかあったんだね?」

「なにもないって」

「嘘。あたし、わかるもん」

「なにを根拠にそんなこと――」

「根拠なんてない。でも、わかるの。あたしには誠ちゃんのこと、わかるもん」

「テキトーなこと言うな」

「誠ちゃん?」

「なんだよ?」

「麻衣ちゃん……どこ?」

「…………」

「一緒じゃないの?」

「…………」

「まだ仲直りしてないの?」

「…………」

「答えてよ、誠ちゃん?」

「…………」

「ねえってば――」

「はい、席につけー」

築島先生の入室で紗智は口を閉じたが、後ろからの視線を感じる。

「…………」

「…………」

全然……普段通りに出来てねえじゃねえか……。


「誠ちゃん」

昼休みになり、紗智は席を立ち、俺の右隣に来る。

「なんだ?」

「来て」

紗智は俺の右手をガシッ掴む。

「は?」

「いいから、来て」

「お、おい!」

紗智に強引に腕を取られ、俺の静止を無視し自分が思うままに俺を歩かせる。俺には前を歩く紗智の後ろ髪を見つめることしかできなかった。


連れて来られた場所は校舎裏だった。随分な場所を選んだな。

「こんな人気のない場所に連れてきて、どうする気だ?」

「人目があれば教えてくれないと思って」

「俺がお前に、なにを教えるっていうんだ?」

「麻衣ちゃん、どうしたのさ?」

「…………」

「なんで黙るの? なにかあったんでしょ?」

「お前には関係――」

「あるよ!」

「なにが――」

「誠ちゃんも麻衣ちゃんも、あたしにとって大切な人なんだよ。関係ないわけないじゃん……」

「…………」

「誠ちゃん?」

「ん?」

「あたし、めんどくさいかな?」

「え?」

「あたし、邪魔なのかな?」

「…………」

「誠ちゃんがそう言うのなら、それでもいい」

「…………」

「なにも言ってくれないのはすごく不安なんだよ?」

「紗智……」

「それならいっそのこと、こっちに来るなって言われたほうがマシだよ……」

「…………」

「誠ちゃんが結論を出してくれないと……なにも始まらないんだよ?」

「…………」

「だからさ、誠ちゃん――」

紗智の優しげな言葉は、今の俺にとって責め苦にしか捉えられず、俺はポツリとつぶやく。

「もう……無理なんだ」

「え……?」

「麻衣は、もうここにはいない……」

「どういう……こと?」

「地元に帰るんだよ、麻衣」

「え……」

「婚約者が待ってるんだと」

「婚約者……?」

「だから、俺はもう――」

「待ってよ、誠ちゃん! 全然わからないよ! 婚約って……じゃあ、麻衣ちゃんは初めから――」

「違う」

「え?」

「家の事情でそうなったんだ。つい最近な」

「それって――」

「少し前に態度が変わったのはそのせいだ。俺に諦めさせるためにな」

「…………」

「麻衣も悩んでたんだ。親からは俺と別れろと言われてたらしいけど、それも言えなくて……だからあんな態度で――」

「…………」

「もうどうしようもないんだ」

「なにそれ……」

「え?」

「どうしようもないってなんなの……」

「だから、麻衣のことが――」

「誠ちゃんはそれでいいの?」

「それでいいって――」

「誠ちゃんは納得してるの? 家の事情で麻衣ちゃんと離れ離れになるどころか、他の人と結婚しちゃうこと」

「…………」

「もう会えなくてもいいの?」

「…………」

「結婚しちゃったら、後戻り出来ないんだよ?」

「…………」

「それでいいの?」

「……いいわけねえだろ」

「なら――」

「どうしようもないんだって! 紗智は知らないから、そんなこと言えるんだろうけどさ。俺の力じゃなにも変えられないんだよ!」

「…………」

「嫌に決まってるだろ。自分の好きな人が嫌がって、別の奴と結婚するなんてさ。だからもう――」

「諦めるんだ?」

「だって――」

「嘘つき……」

「え?」

「誠ちゃんはさ、今まであたしに嘘ついてきたこといっぱいあるけど、いつでも本気じゃなかった。それであたしが悲しんだときはちゃんと謝ってくれた」

「何の話して――」

「けど、今は違う。本気で嘘ついてる」

「だから、なにを――」

「誠ちゃん、自分の言ったこと覚えてないの?」

「言ったこと?」

「『麻衣には俺がついてる。安心しろ』、そう言ったよね?」

「あれは――」

「本気じゃなかったの?」

「…………」

「どうなの?」

「あの時は本気だった。けど仕方ないんだ。家の事情が――」

「なんなの、さっきから……」

「なにがだよ?」

「家の事情、家の事情って……そればっかりじゃん」

「俺は本当のことを――」

「そんなもんなんだ? 誠ちゃんの麻衣ちゃんに対する想いなんて」

「は?」

「麻衣ちゃんが可哀想だよ。誠ちゃんを信じていただろうに、こんななんて……」

「なにが言いたい?」

「あたしにはその”家の事情”がどんなものかは知らない。でもさ、それが理由で諦めるんならさ――」

「…………」

「誠ちゃんの気持ちは……そんなものに負けたってことだよ?」

「――っ!?」

「あたし、見損なっちゃった……」

「…………」

「多分、麻衣ちゃんはもっとそう思ってるんじゃないかな?」

「…………」

「……もういいや。誠ちゃんがその気なら――」

「待ってくれ、紗智」

「なに?」

「……すまなかった」

「…………」

「俺、どうかしてた……」

「…………」

「麻衣の家の事情を知って、説き伏せられて、自分の気持ちに嘘ついて――紗智の気持ちも裏切って……麻衣を裏切って……」

「…………」

「最悪だよな……」

「……最悪だよ、誠ちゃん」

「うん……」

「でも……今の顔は、最悪じゃない」

「――俺、行ってくる」

こんなところで使う時間なんてない。俺はなにをやっていたんだ……!

「……うん」

「絶対に麻衣を連れて戻ってくる」

「うん……!」

「築島先生には具合悪くて、早退したって言っておいてくれ!」

俺はその場で翻し、校門へ――麻衣の自宅へ走り出した。

「あ、ちょっと――もう……誠ちゃんのカバンどうするのさ……ふふ」

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