第100話 123回11日目〈10〉S★4

 彼女の目線がわずかに揺れ動き、その双眸は俺の背後、それもやや低い位置に向けられる。

 直後、俺はくいくいと、振り向けとばかりに後ろから衣服を引っ張られた。

 この瞬間、そんなことをする人物は、一人しかいない。


「サクラ……」


 振り向いた先には、袖をつまみながら顔をうつむけ、前髪に表情を隠すサクラが立っていた。

 しかし、彼女は静かに……細く、短く息を吐くと、ゆっくりと顔を上げる。

 そして、落ち着いた声色でメルクオーテに告げた。


「あのね、メルメル。私――ううん。私達、話があるの。メルメルにね、お願いしたいことがあるんだ」


 すると、メルクオーテは手にしていたモノをテーブルに置き、小さな声で「うん」と頷く。


「そんな気が、してたわ」


 サクラに答えたメルクオーテは、笑っていた。

 まるで陽の光を知らない、つぼみのような咲ききらない笑顔で……。





 ヒサカの魂を取り戻すためには、ヤシャルリアのいる世界に転移するしかない。

 メルクオーテも、それはわかっていることだった。

 それこそ、俺たち以上に――。


「あんた達、本気なの?」


 サクラを連れ、ヤシャルリアのいる世界に転移したい。

 その旨を伝えると、メルクオーテの表情は鉄のように固くなった。


「ああ、本気だ」


 俺は無理にでも堂々とした表情を作り、メルクオーテと向き合う。

 もう、これ以上決断を鈍らせて良いはずがないと自分に言い聞かせ、必死に口を動かした。


「ヒサカを救うには、ヤシャルリアとの接触は不可避だ。君の協力があれば、それが叶う方法だってあるんだろ?」


 対して――


「ずいぶん簡単に言うのね。魔導の素人のくせに」


 ――メルクオーテは決して言葉を飾ることはなく、淡々と言い放って返す。

 俺達の事情を何も知らない者が聞けば、それは冷たく、辛辣とさえ思える物言いだった。


 だが。


「で? あんた、サクラはどうする気?」


 彼女が口にする氷の棘みたいな言葉の裏には、サクラへの優しい想いが易々と透けて見える。

 しかし、だからこそ――俺は、それでもと自身に言い聞かせた。


 今この時、サクラへの偽善をメルクオーテに示すことは、誰にとっても裏切りでしかない。

 己の甘さを噛み殺して、感情を表に出すまいと止める。


「サクラは同行させる。プラチナドールなら問題なく連れて行けるだろう。それに――」


 声に出す直前、俺は再び覚悟という文字を自分の心に突き立てた。

 簡単に引き抜けないような、えぐい返しのついたものを、深く、深くと。


「――ヒサカの魂を取り戻した時、器になる体がなくては、意味がない」


 そう、告げた途端、固い表情を貫いていたメルクオーテが、鋭く俺をにらみ付けた。

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