第100話 123回11日目〈10〉S★4
彼女の目線がわずかに揺れ動き、その双眸は俺の背後、それもやや低い位置に向けられる。
直後、俺はくいくいと、振り向けとばかりに後ろから衣服を引っ張られた。
この瞬間、そんなことをする人物は、一人しかいない。
「サクラ……」
振り向いた先には、袖をつまみながら顔をうつむけ、前髪に表情を隠すサクラが立っていた。
しかし、彼女は静かに……細く、短く息を吐くと、ゆっくりと顔を上げる。
そして、落ち着いた声色でメルクオーテに告げた。
「あのね、メルメル。私――ううん。私達、話があるの。メルメルにね、お願いしたいことがあるんだ」
すると、メルクオーテは手にしていたモノをテーブルに置き、小さな声で「うん」と頷く。
「そんな気が、してたわ」
サクラに答えたメルクオーテは、笑っていた。
まるで陽の光を知らない、つぼみのような咲ききらない笑顔で……。
◆
ヒサカの魂を取り戻すためには、ヤシャルリアのいる世界に転移するしかない。
メルクオーテも、それはわかっていることだった。
それこそ、俺たち以上に――。
「あんた達、本気なの?」
サクラを連れ、ヤシャルリアのいる世界に転移したい。
その旨を伝えると、メルクオーテの表情は鉄のように固くなった。
「ああ、本気だ」
俺は無理にでも堂々とした表情を作り、メルクオーテと向き合う。
もう、これ以上決断を鈍らせて良いはずがないと自分に言い聞かせ、必死に口を動かした。
「ヒサカを救うには、ヤシャルリアとの接触は不可避だ。君の協力があれば、それが叶う方法だってあるんだろ?」
対して――
「ずいぶん簡単に言うのね。魔導の素人のくせに」
――メルクオーテは決して言葉を飾ることはなく、淡々と言い放って返す。
俺達の事情を何も知らない者が聞けば、それは冷たく、辛辣とさえ思える物言いだった。
だが。
「で? あんた、サクラはどうする気?」
彼女が口にする氷の棘みたいな言葉の裏には、サクラへの優しい想いが易々と透けて見える。
しかし、だからこそ――俺は、それでもと自身に言い聞かせた。
今この時、サクラへの偽善をメルクオーテに示すことは、誰にとっても裏切りでしかない。
己の甘さを噛み殺して、感情を表に出すまいと止める。
「サクラは同行させる。プラチナドールなら問題なく連れて行けるだろう。それに――」
声に出す直前、俺は再び覚悟という文字を自分の心に突き立てた。
簡単に引き抜けないような、えぐい返しのついたものを、深く、深くと。
「――ヒサカの魂を取り戻した時、器になる体がなくては、意味がない」
そう、告げた途端、固い表情を貫いていたメルクオーテが、鋭く俺をにらみ付けた。
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