11.討伐成功
思わず素を出してしまった郁乃の声は、狼の咆哮によって遮られた。
青也は内心の昂ぶりを抑えながら振り返る。首が半分千切れかかって、右目が白目を剥きながら、妖魔がそこに立っていた。
通常であれば致命傷であったにも関わらず動けるのは、元のポテンシャルの高さと、首に巻かれた札のせいだと思われた。
一度は完全に気絶したのを青也は確認したのだが、その直後に蜘蛛に激突されて意識を取り戻したらしい。
「第三席、そういうことはすぐに言うものだ。俺への文句より先に」
呆れたようなものを言外に含ませる郁乃に、青也は不思議そうに応える。
「お前に文句を言うほうが先だ」
「御母上の胎内に、何を忘れて来たらそうなる」
「夢とか?」
「持っていないのか」
「持ってるけど」
適当極まりないことを言っている間にも、手負いの獣は無事な左目と千切れかけた首を振り回すようにして、青也達の姿を視界に収めようとする。
その身体の中にある、強大な妖気を制御することも最早ままならないのか、傷から零れ落ちた体液から妖気が宙に霧散していく。
「このまま放っておいたら、妖気飽和の後に全員中毒で死亡だな」
「それは困る。俺は人を殺すのが仕事だが、妖魔に殺される仕事はしたくない」
冗談なのか大真面目なのかわからない口調で郁乃が言うのを、青也は寛容な気持ちで聞き流した。
それよりも、この面白そうな状況をどうやって楽しむか考えるのに忙しい。
楽しそうに悪を討つのが正義の味方に必要な要素だと、青也は常々思っている。
陰鬱な顔で怯えながら敵を倒す。混沌とした悩みを内包した一撃を放つ。そんなことはパニック映画の中の一般人に任せておけば良い。
正義の味方は、正義と悪を切り分けるためにも常に堂々としていなければならない。迷いなど、それこそ悪である。
従って、生まれ落ちた時から正義の味方であり、そして若干、野生動物寄りな感覚を持ち合わせた青也にとって、目の前の妖魔は既に「悪」へと切り替わっていた。
「待て、第三席!」
郁乃がそれに気づいて慌てて制止をかけようとする。
しかし青也は既に走り出していた。紺色の瞳も薄い口唇も無邪気な興奮を湛えている。
狼が右前足を振るい、青也の頭蓋を狙う。その軌道を見切った青也が一歩後退すると、鋭い爪と生臭い前足が鼻先を掠めていき、床を抉った。
青也はその前足に自分の右足を乗せると、刀を垂直に振り下ろす。
前足を貫かれた妖魔が叫び声をあげながら、青也を弾き飛ばした。
元々の力に加えて瞬発的な威力も加わっているため、呆気なく青也の体は宙を舞う。
だがその程度のことは想定済だった青也は、空中で意識を集中させると、吹き飛ばされる方向に向かって刀を振るう。
妖気の刃の放出が、吹き飛ばされるスピードを半減させた。その代わりに展示スペースが一つ崩壊したようだが、青也の視界には入っていない。
陳列棚の上に軽やかに着地し、上半身を捩じるように振り返る。狼は未だに錯乱状態で暴れていた。
「元気いっぱーい」
その格好のまま愉快そうに笑う姿は、世間一般の考える正義の味方像とは少々異なっている。だが青也はいたって真面目だった。
「でもお前にゆっくり付き合ってる暇ねぇんだよ」
床の上に飛び降りる。陳列棚が衝撃で煩い音を立てるのを背景に、青也が刀を構えた時だった。
「青也クン、伏せて!」
鋭い声が頭上からして、青也は考えるより先にその場に屈みこんだ。
何かが宙を切り裂くような音がして、続けて床に振動が走る。
青也が顔を上げると、狼の右の首元を掠めて左前足までを太い鉄パイプが貫いていた。
身体そのものを突き刺したわけではないが、負傷したうえに体の捩じれた狼の動きを止めるには十分だった。
続けて二本目が投擲され、今度は右前足と左後足を絡めとる。身体のバランスを奪われた狼が体勢を崩しかけたのを待っていたかのように、二本のパイプが狼の両脇腹から斜め内側へと突き立てられた。
例えるなら大きな鋏で上から抑え込まれたような格好になり、狼は抵抗を失う。
青也は暫く呆然としていたが、すぐに我に返って二階を見上げた。
「清人! 余計なことするな!」
「ひぃっ!」
二階の手すりから身を乗り出していた銀髪の少年が、慌てて頭を引っ込める。
「てめぇ、逃げるな! 玲一路もグルか!?」
怒鳴りつける青也の肩を、黒手袋が一度叩いた。
「それより先にこちらの始末を」
「ん? あぁ」
今度は蜘蛛が起きてしまうかもしれない。郁乃の口調にはそんな思いが含まれていた。
「そっちはお前に任せる。俺はあの二人とっちめてくる」
「駄目だ。それ以上勝手なことをするなら、俺にも考えがある」
「……雇い主に逆らうつもりか」
「貴方に雇われて此処にいるわけではない。今回の契約者は……」
郁乃は無駄話をするのをやめて、手振りで「早くして」と促した。
呆然としていた第三者達が、我に返り始めている。変に追及をされる前に引き揚げるのが得策だろう。青也はそう判断して、郁乃と共に妖魔に駆け寄った。
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