13.非合法の侵入

 非合法的と言っても、非人道的な手段ではない。

 無論、郁乃であればそうすることも容易には違いなかったが、状況が逼迫しているわけでもない状況で、敢えて危険な手段を取る意味もなかった。


「はい、解錠っと」


 本部の非常階段のセキュリティロックを、白いカード一枚で突破した郁乃に、青也は口笛を吹いた。


「結構簡単なんだな」

「非常口って、ガチガチにセキュリティ敷くわけにはいかないからね。夜は施錠されているけど、他に比べると手薄なわけ」

「そのカードは?」

「秘密」


 郁乃は楽しそうに語尾を弾ませて言ったが、黒装束に仮面姿に戻っているため、何一つ楽しそうには見えなかった。


「でも青也が見取り図を持っているとは思わなかったな」


 扉を開けて中に入ると、二人は小声で言葉を交わし合った。

 誰もいない夜の施設は、物音が響きやすい。郁乃は元々そういった仕事には慣れているが、青也の場合はいつもの倍以上の神経を費やしていた。


「どうやって手に入れたの?」

「内海いるじゃん」

「うん」

「あいつ、機械音痴なんだよ。本部の改修工事の時にデータ受け取ったけど、印刷出来なくて、俺が代わりにしてやった。その時に余計に印刷しておいたんだ」

「あの人、そういえば祭事局の局長だっけ」


 本部の中に数多く局はあるが、祭事局はその中でも「窓際」と陰口を叩かれるような場所だった。

 神道の根付くこの国で祭事は非常に重要な役割にあり、それに必要な道具や施設の管理を行っている。祭の季節以外は、特にやることもない。


「俺、内海さんは苦手だけど、そういうところは好感が持てるな」

「あぁ、お前って内海怖がってるよな。なんで?」

「んー……」


 郁乃は少し言い淀んだ。


「俺、あの人には勝てる気しないんだよね」

「へぇ、お前にしちゃ珍しいじゃん。ソーゴとかのことは本気だしたら一撃だ、とか言ってるくせに」

「俺は相手の力量を測り間違えるほど馬鹿じゃないよ。あの人の前歴からしたら、何で祭事局にいるのかわからないし」

「忙しい局に行ったら、俺が好き勝手するのを止められないからだってよ」

「暇でも止められてないじゃん」

「なー」


 郁乃の先導でフロアを進んでいくと、同じような扉がいくつも並んだ場所に辿り着いた。

 ガラスで出来た重そうな扉で、左右に開くための金属製の取っ手がついている。

 扉の向こうには白いロールカーテンが下りているため、中を見通すことは出来ない。


「このあたりか?」

「そうだね。こういう閉め切ったドアとか、夜に見ると不気味」

「不気味な格好した奴に言われてもな」

「聞こえないー。経理局は……アレかな」


 閉め切られた扉のうち、ガラスに「経理局」と書かれたものを見つけた郁乃は、あたりを見回した。

 天井に埋め込まれた監視カメラに目を止めると、ミリタリーコートの中に左手を入れ、真っ赤な拳銃を取り出した。

 照準を定めて引き金を引くと、妖気の塊が銃弾代わりとなって発射される。視認出来ぬ速度で宙を貫いた妖気は、監視カメラに食い込み、中の配線を焼き切った。


「いいのかよ」

「だって監視カメラあると邪魔なんだもん。忍じゃあるまいし、東都の全ての監視カメラを回避するなんて不可能だよ」

「ふーん。まぁお前に無理なら俺にも無理だから、いいんだけど」


 非常口から侵入した時とは別のカードキーを取り出した郁乃は、扉の横にあるセキュリティ装置の蓋を開く。

 暗証番号を入れるためのパネルとカードキーを通すためのスリットが現れたが、郁乃はパネルには目もくれずにカードキーを差し込んだ。


 静かな廊下に解錠音が響く。

 青也は思わず辺りを見回したが、誰かが来るような気配はなかった。


「別に解錠コードを解読してもいいんだけど、簡単なほうがいいしね」

「というかここまで簡単に潜入できるとか、逆に不安になるな」

「あまり深く考えない方が身のためだよ、第三席」

「そうする」


 正義の味方はセキュリティの是非について考えたりはしなかった。

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