第7話 機械稚魚 ver1.0(完結)

機械稚魚


 この小さなウネウネしたものにこの種の全てが詰まっている。それをつまんでよく見てみる。小さな鉄の魚。これが海に放たれると、登録された遺伝子情報に基づいて泳ぎ、捕食し、生の肉をその身に纏い、大きくなる。大きくなった後、登録された港まで移動し、回収される。大海を生き抜いたその身は天然のものと変わらない美味しさを得る。最後に小さなウネウネを取り除き、加工して販売する。これが大自然を養殖場とした養殖システムである。


 「はい、こちら株式会社reswimマグロ部門の川崎です。ええ、ええ、弊社のマグロを釣り上げてしまったと、買取ですね…。現在100万円で買取キャンペーン中です。3匹で300万円ですね。はい、はい、今後ともよろしくお願いします。」

 海に放たれるので、当然、漁師に捕まることもある。相場よりも少し高い値段で買い取れば、大抵、不満は生まれない。弊社のマグロかどうか見分ける方法は、おでこが光っているかどうかである。これを見た漁師は、1匹2000万〜3000万で取引される大間のマグロほどではないが、少しはラッキーと思っていてくれるはずだ。

 不満が多いのは環境保護活動家である。奴らは海洋のゴミであるマイクロプラスチックとこの繊細な機械の区別がついていないようだ。この機械は海に放たれた後、美味しい魚肉を持って戻ってきて、全て回収され、また再利用されるんだ。そうして人類を食わせてやっている。そういう自負がある。


 初期の機械稚魚には問題があった。食物連鎖には勝てないと言ったところだ。うなぎの稚魚を作って海に放っても、他の魚に食べられてしまう。そこで考案されたのが宿主を変えるシステムだ。すなわち、食べられたことを察知した機械稚魚は、食べた側の魚の神経に接続する。そのまま食べた側の魚を操り、工場まで帰ってくるという算段だ。

 このパラサイトシステムで、単純に魚を乱獲するという案もあったのだが、流石に人道的ではないというか、海の魚を取り尽くしてしまう可能性すらあったので、採用していない。弊社はホワイト企業なのだ。


 さて、本日の昼食は契約先の寿司屋に行くことになっている。自分の会社の食品がどんな味なのか、確かめるのも立派な仕事だ…と舌なめずりする。


「こちらが、大トロです。」


 目の前の宝石のように輝く2貫をパクパクと食べる。うーん、うまい。ささっと20貫ほどを平らげ、店を後にした。さすが、江戸時代のファストフード。非常に効率が良い。


 ここで、急にある衝動に駆られた。港にある食品加工工場にすぐ戻りたいという衝動だ。何か悪い予感がする。長年の経験で、直感が働くようになったのだろうか。すぐにタクシーを呼び、工場に向かった。


 直感は当たっていたようだ。工場の周りには人だかりができていた。だが、なんの理由でそうなったのかがわからない。


「皆さん、どうされましたか?」

「いや、なんとなくここへ来たくなったのです。」


 人々は口々に同じことを言った。

 突然、ある男が走り始めた。ビシッとスーツを決めた会社員だろう男が、大きく手を広げ、大きく円を描いて、駐車場を走りまわっている。

 それに続くように、数人、数十人と、同じようにぐるぐると走り始めた。

 結果、音楽フェスティバルと見間違えるほどの光景だ。なんて言ったかな?そう、モッシュピットだ。音楽フェスっぽさに拍車をかけるのが、全員のおでこが光っていてサイリウムのようであることだ。

 ん?おでこが光っている…?ああ!そういうことか…!


 この状況の原因は判明したが…私も回遊の衝動に抗うことはできず、その円に加わることにした。

 今後も弊社のマグロ、ご期待ください!

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宇宙のテラリウム 髙 仁一(こう じんいち) @jintaka1989

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