第31話「平和とようじょ」

「平和だねぇ~」


「だね」


「なんでやろな~」


「さあ」


「もう眷属とか全部倒されちゃったんじゃないですか?」


「だといいね」


 午後の日差しの中、僕らは庭でビールを飲みながらバーベキューを食べていた。

 テニスコートが2面取れそうな広さの庭では、りんちゃんがルカのリハビリがてら、豚の膀胱に木くずを詰めたボールで遊んでいる。


 ルカの手足はもう自力で曲げ伸ばしをすることも出来るようになっていて、物をつかむのはまだ難しいけど、少しの時間なら自分で車いすを走らせることが出来るほどになっていた。

 この車いすはもちろん僕の水晶球の情報を元に、現地の職人に作ってもらったもので、世界に一つしかないものだ。

 ルカの喜びと恐縮はもちろんだったけど、最初のころに使っていた手押し車と比べて格段に介護がしやすくなったと、一番喜んでいたのは実はルーチェだった。


「さぁりんちゃん! ルカ! 休憩して少し飲み物を飲みましょう!」


「は~い!」


 ルーチェが2人の汗を拭き、水分を取らせているのを眺めながら、僕はメイドが取り分けてくれた香辛料のきいた豚肉をもぐもぐと頬張り、ビールで流し込んだ。


 あの魔王の眷属が飛来してから、もう1か月半になる。

 王国諜報部隊の必死の捜索にも関わらず、残り7体の眷属の居場所はなかなか判明しなかった。


 最初は確かに各地に点在する『遺跡』へと眷属が現れたことは確認できていた。

 でも、そこは千年も前に最後の住人、転移者が亡くなった廃墟で、目的の転移者が居ないことを知った眷属たちはどこへともなく立ち去ったのだ。


 平和だ。以前に比べて更にモンスターが活性化していることを除けば、だけど。

 まぁそのモンスターだって、王国軍と冒険者ギルドの活躍で、街が襲われるような事態は起こっていない。


 なべて世は事も無し。と言った所だ。


「ルーチェちゃん! もう一回遊んできてもいい?!」


「いいけど、ルカは大丈夫かしら? 疲れてるんじゃない?」


「いえ、ぼくは大丈夫です! あの、訓練にもなりますから」


「そう、ならいいけど無理はしちゃだめよ?」


「は~い!」


 りんちゃんが車いすを押して、飛ぶように庭へと飛び出す。

 本当に楽しそうに、いびつなボールを一生懸命追いかけ、投げては笑い、受けては笑い、そして、受け損なっても笑っていた。


「……平和だねぇ~」


「だね」


 本日何度目かの意味のない会話。

 僕はビールをごくごくと飲み干し、こんな時間がずっと続けばいいのに、と思わず考えてしまった。


 大体そういうことを考えたら、逆のことが起こるものだ。


「アマミオ男爵様、お客様です」


 陰になっている屋敷の中からファンテの声が僕の背中にかけられる。

 僕は嫌な予感メーターが振り切れるような感覚を味わいながら、ゆっくりとビールジョッキをテーブルに置いた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 お客様とやらを待たせたまま、僕は冷たい水を浴びてビールの酔いをさまし、変わり映えはしないものの、新しい黒いローブに着替えてから応接室へと向かった。

 ファンテ曰く、自分と客の地位の差を考慮して、適正な待ち時間を設けないといけないらしい。もちろん、特別に親しいとか、特別に親しく場合は別だけど。

 本来なら今回の客には会わなくても良いんだけど、どうも何度かサロンで顔を合わせたことのある子爵の紹介状を持っているらしく、むげに断ることはできなかったのだ。

 めんどくさいなぁと思いながらもファンテの指示に従い、ドアの前で彼が僕の到着を告げるのを待ってから、僕はドアをくぐった。


「お……お待たせし……した。今日はどのような用件が?」


 ……何とかあまり噛まずに話すことが出来た。我ながら上出来だ。

 そう思ってファンテを見ると、ちょっと難しそうな顔をしていた。


「はっ。このたびはアマミオ男爵閣下へのご拝謁が叶いまして恐悦至極に存じます。わたくしは7つの隊商を束ねますジョゼフと申します。ぜひ今後ともお見知りおきを」


「だから、その……隊商の元締めがぼ……私に何か?」


 至極めんどくさいしゃべり方のその男は、ポリゴンに張り付けたテクスチャのような笑顔を僕に向け、「男爵閣下は回りくどいのがお嫌いなようだ」と懐から赤黒い魔宝珠まほうじゅのようなものを取り出す。

 魔宝珠なら普通黒いはずだ。こんな色のものは見たことがない。

 でも僕は、その禍々しい赤黒さと渦巻く模様に見覚えがあった。


「……これは?」


「おや? 男爵閣下ならばお分かりかと存じましたが」


「……知らない。こんなもの」


「……さようでございますか。閣下は魔王の眷属をお一人で討伐なさったとの噂を伺ったのですが」


 そんなの誰でも知ってる事じゃないか。

 それをわざわざ「噂を伺ったのですが」ってなんだ。ほんとにめんどくさい。こういう人、嫌いだ。


「結論だけ言って」


「これは失礼いたしました。閣下の貴重なお時間を……」


「いいから」


 別に貴重な時間って訳じゃないけど、この人と話をしているよりは、みんなでビールを飲んでる方がよほど貴重な時間たり得る。

 僕の苛立ちは分かってるんだろうけど、それも交渉術の一つなのか、その人は気にした素振りも無く羊皮紙を数枚取り出した。


 一番上の紙にはかっこいいドラゴンの絵が描いてある。

 僕がなんの反応も見せないでいると、その人は羊皮紙をめくった。


「!!」


 思わずソファーの背もたれに背中を押し付け、その絵から離れようとしてしまう。

 そこに書いてあったのは、簡単に言えば蜘蛛のような生き物。


 体は手足の無い、ブヨブヨと膨れ上がった赤ん坊の胴体で、その表面を細い血管のような筋が縦横に走っている。

 胴体の前方には、同じく赤ん坊の頭のようなものが逆さまに垂れ下がっていた。

 その水蛸の頭のような頭には目も鼻も無く、髪の毛の一本もない。

 両側に生えた耳と、ただ一つあるバランスのおかしな口からは、涎が垂れていた。

 頭と体のつなぎ目、本来なら首がある部分には、太さも質感もバラバラな、数十本の触手が描かれていた。


「おや、やはり此奴こやつでしたか」


 あの時の恐怖がフラッシュバックし、体がこわばった僕を見てそいつは笑いをこらえるように顔を隠す。

 その表情を見て、僕は逆に筋肉から力が抜け、落ち着くことが出来た。


「これをどこで? その魔宝珠との関係は?」


「……魔宝珠ではございません。これは屍宝珠しほうじゅと申します。666年にわたり、人の死の悲しみと恨みと怒りが流れ込み、結実した宝珠でございます」


 まるで神殿で神に祈りでも捧げるように、そいつ――ジョゼフはうやうやしく屍宝珠を袋に戻すと、そっとテーブルに置く。


「これは閣下が討伐された眷属の屍宝珠でございます。わたくしの隊商の一人が、あの場所……空中庭園ディオ・ドラーゴで見つけました。お返し致します」


「……どうしてわざわざ?」


「そうですね、これを売り払い一時の富を得るより、閣下と繋がりを持てれば、今後のためになるだろうと言う、商人の卑しい根性でございます」


 あの小さなゴブリンを倒して手に入れる魔宝珠ですら、かなりの金額になるのだ。人の頭ほどの大きさがある屍宝珠なら、どのくらいの金額になるのか想像もできなかった。

 いや、そもそも屍宝珠が高額で取引されるのかどうかと言う疑問もあるけど。


 それにしたって、空中庭園のあった場所までの往復だって1か月以上かかるのだから、只でこれを僕に返すと言う事は相当の見返りを期待しているはずだ。

 僕に会うための紹介状だって、子爵の花押入りなのだから何十シーバ銀貨か、もしかしたら1ゴード金貨くらい払ったかもしれない。

 そう考えると、僕はこのジョゼフと言う男が何を求めているのか、空恐ろしくなった。


「時に閣下。閣下はなぜ魔宝珠が高額で取引されるかご存知ですか?」


「え? あ、魔法のアイテムの材料とかになる……んじゃないの?」


 最後の部分はファンテへ向けて小声で言った。

 ファンテは小さく頷く。


 ジョゼフは笑って両手を大きく広げた。


「然り。然り。閣下は博学でいらっしゃる。しかし、それだけでは国が一元管理してまで集める理由には少し弱いと……お思いではありませんか?」


「あ、うん。でもほっといたらまたそこからモンスターが生まれる訳だし、魔道兵器とか作られたら困るし、国が主導して集めるのは間違ってないんじゃない?」


 思わず素のしゃべり方が出てしまった。

 ジョゼフはノってきたのか、そんなことにはお構いなしで膝をポンとたたくと「くぅ~さすが!」と笑った。


「閣下、流石でございます。魔道兵器! まさしく言い得て妙! このジョゼフ、感服仕りました」


 何が言い得て妙なのか、どこに感服したのか、僕には全然理解できない。

 人間、理解できないものが一番怖い。

 親密度を深めたかのようにジョゼフの言葉がフレンドリーになるのに反比例して、僕は気持ちが冷えて行った。


「結論」


 短く、出来る限り単語を少なく、僕はそう告げた。

 しきりに感心していたジョゼフが一瞬真顔になる。でも次の瞬間、そこには酷薄そうな笑みが張り付けられた。


「……閣下は回りくどいのがお嫌いと見える」


 空気が変わったのを感じたのか、後ろに控えていたファンテがスッと僕の横へ移動した。

 小アルカナの兵士、聖杯サンテグラールのファンテはゴブリンの1部隊程度なら簡単につぶせる力を持つ。

 そのファンテに睨まれても、ジョゼフの笑顔の仮面は剥がれなかった。


 単純に相手と自分の戦闘能力の違いを理解できないボンクラで無ければ、それにはそれ相応の理由があるのだろう。

 僕は暖炉の上に飾られている死神の鎌デスサイズとの距離を確認し、いざとなれば問題なくジョゼフを葬れると確信して、ファンテに下がるように命じた。


「ご安心ください。眷属をお一人で討伐なさるような御方に戦いを挑むほど身の程知らずではございません」


「いいから、結論。言いなよ」


「魔道兵器でございますよ、閣下。眷属をたった一人で倒してしまうような兵器。王族の真祖が持っていたと言われている、能力チートと呼ばれる力を持つ転移者。それを召喚するための対価が魔宝珠なのです。魔宝珠が大量に凝った場所に転移者は現れる。稀に天文学的な確率のいたずらか、何者かの意図による『はぐれ』転移者が現れる以外は、魔宝珠が大量に集まった場所に転移者は現れていたのです」


「……つまり、王国は転移者を意図的に呼んで災厄の魔王と戦わせようとしている?」


「逆でございます。閣下。転移者を抑止しているのです」


「逆? そんなことをして何の得があるっていうの?」


千年王国ミレナリオの建国を考えれば、至極簡単な話でございます。閣下。世界をまとめる強い能力ちからを持った英雄王が国を興しました。だとすれば、王をもしのぐ能力ちからを持った者が現れれば、王権はそのものに譲渡されるのが必定ではありませんか?」


 そんなことのために、転移者を減らしてモンスターの脅威に国民をさらす?

 小説とかではよく見るけど、本当にそんなことをする王様って居るのかな?


「不思議にお思いにはなりませんでしたか? 多少のムラはあるにせよ、本来この世界には数十年周期で転移者が現れ、文明の進歩や脅威の殲滅に大いに役に立っていてくれたのです。それが千年王国ミレナリオ建国以降、もっと言えば魔宝珠の管理が始まって以降、転移者は数えるほどしか現れておりません。文明の発達も止まり、モンスターの数も増え続けているのです。過去数度の『災厄の魔王』襲来時には毎回10人以上の転移者が力を合わせ、それでも殆どがその命を失って、世界を守ってきたと言われています」


 ジョゼフは笑顔を剥ぎ取り、真っ直ぐに僕を見つめる。

 今までとは違う真剣さに、僕はたじろいだ。


「このままでは人類は滅びます。どうか王国を離れ、我々に協力をしていただけるよう伏してお願いいたします」


 ジョゼフはテーブルに土下座するようにして頭を下げる。

 僕の耳には表で遊ぶりんちゃんのきゃーきゃー言う楽しい声がかすかに聞こえていた。

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