第四話 第一村人と国

 視界を覆っていた青く淡い光が無くなり、目の前がはっきり見えてくる。

 木が沢山生い茂っており、転移の光に驚いてか、近くの木に止まって羽休めしていた鳥が音を立てて飛び立つ。

 そして、目の前には平然とした顔でクロエが立っていた。


「主様、お疲れ様です」

「……クロエこそ、お疲れ様」


 俺は魔法陣から降りる。

 魔法陣には、俺とクロエ以外の誰かが近づいても勝手に発動しないように条件を付与し、周りを見渡す。   

 すると、ここから数メートル先に馬車や人々が沢山行き来する道を見つけた。

 多分、その先は町か何かに繋がっているのだろう。


「クロエ、お前わざと目立つように行っただろ?」

「……申し訳ございません。少し長すぎるお休みだったもので魔法の感覚を、ど忘れしていまして」


 俺が少しジト目で見ると、クロエはわざと明後日の方向に目をそらす。

 はい、ダウト。嘘をついて逃げようとしたな?

 本人は無表情を貫いているつもりかもしれないが、表情筋は素直なようで頬が痙攣したように動いている。

 クロエが嘘をつくときは、よくそこが動くので一目でバレてしまうのだ。

 せめて隠すなら、もう少し隠す努力をして欲しいものだ。


「……ふむ、そうか。クロエ、単純に配慮をし忘れただけだろう?」

「いえ、そんなことは……」

「誤魔化そうとしても無駄だぞ。俺には分かる」


 クロエは必死にこっちに目を合わせないようにしているが、もうバレバレだった。

 まあ、昔から少し抜けている部分はあったから、別に怒ったりしてる訳じゃないんだけどなぁ。


「それで、言うことは?」

「……バレてましたか、申し訳ございません。主様が早く到着されたので、まだ魔法陣を中心に五キロぐらいを探索しただけです。主様の障害になるようなモノは一切、確認できませんでした」


 いやいや、お前が合図を出してからすぐに転移したはずなんだが。

 索敵魔法を使用したのなら分かるが、クロエが発動していたような様子が無かったのはこの場に残るはずの魔法残滓が無いから分かるし、転移の間に実行しようにも転移自体の時間が早すぎて思ったようにできないはず。


 まあ俺が寝ている間に、何らかの新しい魔法でも使ったんだろう。

 五十年もあれば、魔法の一つや二つぐらいなら中途半端な魔法使いでも作れる。

 それに、クロエには作る過程や方法は、研究していた時についでで教えたからな。

 しっかりと作って完成させていないと、不安定なまま発動したら暴発して死ぬだろうが。


「相変わらず気が利くな。もし、魔法や魔術を使ったんなら、完成させておけよ?」

「分かっています。既に使用できるレベルにはしました」

「そうか。ならさっそく、進もう」

「そうですね、もしかしたらさっきの魔法で誰かが来てしまうかもしれません」


 いやそれはクロエが何も考えずに、空に爆炎魔法を放つからだろう。

 あんなデカい爆発音がしたら、誰でも気になるし、国内の事案になるだろうから、兵士や憲兵あたりが飛んできてもおかしくない。

 合図なんて、念話なりで話しかければ良かったと思うのだが。


 そんなことを思いながら、道の方へと出た。


「クロエ、町はどっちにあると思う?」

「そうですね……、私は右方向にあるかと思います」


 クロエは道の往来を見ながら、道の右方向へと指し示す。

 俺はそれを確認するために、千里眼の魔法を使って見てみた。

 おお、流石はクロエ、その先にはちゃんと街があった。


「正解だ。お前は少し抜けているところがあるから、正直心配だった」

「……私をからかっているのですか?」


 いやぁ、さっきの行動を見ると、正直ワザとじゃないかと疑っても良いレベルだからなぁ。

 まあ、昔から散々言ってるし、いまさら言わないけど。


「いやいや、もし違って戦闘にでもなったら困るからな、さ、いこうか」

「……これだから、戦闘狂は……」


 俺はそのまま先頭を歩いていく。

 何とか、無意識のうちに口から出てしまったクロエに対する感想を、うまく誤魔化せただろうか。


 後ろで何か言っていたような気がするが、気のせいだと思ってそのまま歩いていく。

 誰が戦闘狂だって?俺はまだ起きてから戦闘などしていないが?


 クロエは後方を警戒しつつ、一緒に進んだ。













「へぇ、これは街というよりかは国の首都だな」


 俺たちは、途中に分かれ道もなくただ真っ直ぐ続いていた道を歩いてきた。


 その先で待ち受けていたのは、人が生身で登るには厳しい程、もの凄く高い城壁で囲まれた街、いや国だった。

 ところどころに抉れたような窪みが出来ていることから、大砲か爆破系の魔法でも撃ちこまれたのだろう。

 状態を見るに、どうやら少し前までは戦争の真っ最中だったようだ。


「多分、その見解で間違いないかと」

「それなら、早速行ってみるか」


 とりあえず、入ってみないことには何も始まらないので、城壁の入口の方へと向かう。

 城壁内に入るための大きい門が見え、左右に門番の兵士と、受付担当と思わる魔装をした兵士がいる。


「これもまた立派な城門だな」

「城門の近くにいる兵士と比べると、平均男性身長で約六倍ぐらいですかね」

 

 城門前には、商売人と思われる馬車や、旅人、冒険者などが列を作り並んでおり、貴族と思われる豪勢な馬車は列の隣を通っていた。

 まあ、何処の国でも貴族は優遇される身分として扱われるため、優先されてもおかしくはないだろう。

 正直、起きたばかりの俺達には、今の世界どころか、この国に関しても全く分からない。俺は、近くの岩へと腰を下ろしていた男性冒険者に喋りかけた。


「すいません、もしよければ、少し聞きたいことがあるのですが」

「どうした?俺が答えられる範囲でいいなら答えよう」


 少し威圧感がある口調で返答されたが、顔を見る限り優しそうな見た目をしているので、育ちの問題だろう。

 背中の剣がだいぶ使い込まれている様子から、中堅ぐらいの冒険者だと思う。


「この列は城壁内に入るための?」

「そうだな。この大陸で一番とされる王国の首都〈リカード〉に入るための列だ。その口ぶりからするに、ここら辺は初めてか?」


 リカード、か。

 五十年前に魔王との戦闘の際に最後に立ち寄った街も、たしかそんな名前のだったような気がしたなぁ。

 あの時は、こんな立派な城壁なんてなかったし、大きさももっと小さくて、村だ

ったけど。


「すいません、遠くの田舎から出てきたもので」


 冒険者の男は、俺の後ろに何も言わずに立っているクロエに目を向けた。

 その眼には、どこか怪しんでいる様子があった。多分、田舎から来た奴がこんな綺麗なメイドを連れているはずがないとでも考えているのだろう。


 田舎なんて言わずに、他の国の少し裕福な家庭ぐらいの設定にしておけば良かったのかもしれない。

 適当にはぐらかしたから、少し話が噛み合わなくなってしまいそうだ。


「メイドを連れた青年が、田舎暮らしか……まあいい、個人の事を根掘り葉掘り聞くのは野暮だな。それで?他には?」

「入るのにどのくらいかかりますか?」

「今日はこれでも少ない方でな。俺達が今いるこの場所からだったら……そうだな、後一時間ってとこぐらいか」


 この人数で少ない方とは、流石は大国一の国だ。

 ここで田舎者は帰れとでも言われれば、他のところに行くしかない。

 だが、移動するのは正直なところ面倒で、今の世界の常識を知っておきたいし、他の街を探すのも手間だ。


「ああ、もちろん出入りは自由だ。身分は明かさないといけないがな。俺はここからこっそりと出国していくかもしれない、指名手配犯に目を光らせてるだけだからな」


 ああ、だから少し警戒の色を見せていたのか。

 突然顔も知らない奴から話しかけられれば、そりゃ警戒するよな。

 最近の時代は外からじゃなくて、中から出てくる人も見張るのか。


「不躾なのですが、世界地図とかあります?」

「ああ、あるぞ。高いがな」


 そう言って冒険者の男は、肩掛けの鞄から丸められた紙を取り出す。


「これがそうだ。町の中でも売っているから、それはやるよ」

「……高価なものなんでしょう?良いのですか?」

「ああ、稼ぎはそこそこあるし、困っている奴は助けるが俺の流儀だからな」

「それはありがたい。ありがとうございます」


 俺は男と別れ、列に並ぶ。

 世界地図を見ながら、クロエと雑談をしていると、並んでいた列が少なくなっていき、いつのまにか俺たちの番が来た。


「冒険者か、身分証はあるか?」

「あ、すみません。最近村から出たもので、ギルドが無かったので身分証は発行していないんです」


 門番に身分証を聞かれて、ない事を伝える。

 今は冒険者ギルドというモノが各地に存在しており、そこが発行している冒険者身分証と呼ばれる物がある。

 冒険者ギルドによって身分の潔白が証明されているらしく、それを見せれば大概の町や国に入ることが出来るらしい。


「そうか……、ならば仮の身分証を発行しておこう。冒険者ギルドでちゃんとした身分証を作ったら返しに来てくれ」


 そう言って、門番から番号が書かれたカードを一枚貰う。

 クロエにも渡してもらった。


「詳しいことは冒険者ギルドで聞けばいい。悪さはするなよ。ようこそ、王都リカードへ」

 

 門番は丁寧な対応で、門の中へと通してくれる。

 俺とクロエは一礼して、中へと入る。中は商人や通行人で賑わっていた。


 様々な商店が立ち並んでおり、武器から防具、食べ物から雑貨用品まで何でも売っている。

 そしてとにかく人が多い。

 なんせ大陸最大の国と呼ばれているのだ、流通に関しては大いに発展しているだろう。


「こんなに人が多いなら、いろいろと話が聞けそうですね」


 クロエがそう言ったので、俺は近くの飲食店へ入店する。

 店の名前は、バードカフェと言うらしい。

 扉を開けて中に入る。


「いらっしゃいませー」


 カウンターには少女が一人いて、男性が厨房で料理を作っている。

 女性もせわしなく店内を動き回っており、顔立ちが似ていることから、どうやら親子で営業しているようだ。

 入口近くには、可愛らしい容姿をした鳥で足が極端に遅いことから観賞用として乱獲され、一時期絶滅が危惧された〈ローバード〉が鳥かごで飼われている。


「空いてる席へどうぞー」


 店内を見渡して、窓側の角の方に空席を見つけて座った。


「お待たせしました」


 カウンターで食器を片付けていた少女が、華麗な身のこなしで客の間をすり抜けて水を持ってくる。

 俺はそれをもらうと、クロエに一つ渡して一口飲む。

 丁度喉が乾いていたからありがたい。


「ご注文は?」

「いや、注文は……そうだな、それではこの店長の日替わりランチというモノをくれないか?」


 店に入って料理を一つも頼まないというのは、失礼にあたると思う。

 周りの客から見ても、不審がられるだろう。

 まあ、店なんてまともに入ったこと無いからどんなものか詳しくは知らないが。


「はい!ありがとうございます!おとーさん、日替わりランチ二つ!」

「了解!!」


 少女は元気よく注文を通すと、足早に戻ろうとする。俺はそれを引き留めた。


「あ、それと少し話を聞かせてもらいたい」

「忙しいから長くは話せないけど、どんな話?」


 忙しい所を引き留めて申し訳ない。

 だけども、他に話せそうなやつが近くに居なかったかしょうがない。


「忙しいとこすまない。ここら辺でお金を稼げるところがないか?」


 一応、金はある。

 だが、俺がいた時代の通貨が使えるとは思えない。

 生活していくならやっぱり通貨は必要だからな。今の通貨が知りたい。


「そうかー、稼げる場所ねー、ちょっと待てってね」


 女性はカウンターの奥に入っていく。


「主様、金貨一枚でも見せて貰えれば、錬金術で増やせるんじゃないんですか?」

「確かにできるが、初めてであった人に金を見せてくれとか言えるわけないだろ?」

「そうですね……では私が働きましょうか?」

「ああ、できればそうしてほしい、俺はちょっと行きたいところがあるしな」


 クロエに雑務を押し付けて、俺がやりたいことは現代魔法の確認。

 さっきこの店に入る前に、道端で噂になっていたのだが、この国には魔法学院なるものがあるらしい。

 入るにはいろいろ試験をしなければいけないが、入学することが出来ればこの世にある、あらゆる魔法が学べるとのことだ。卒業後の就職先も安定しているとか。

 少女がカウンターの奥から戻ってくる。


「ごめんね、ここで雇えたらよかったんだけど、給金を支払えるほどの貯えが無くて……」

「結構繁盛しているようだが?」

「ここら辺は土地の代金が異常に高いんだよ。大通りに面しているからか、客入りは良いんだけど、稼ぎだけで材料費と土地代に当てたら手元にほとんど残らないのよ」


 どうやら、ここで雇えるかを聞きに奥に入っていったらしい。

 俺が働くわけじゃないから、どこでもいいんだけど。


「ほかに働けるところとかあります?料理人とか教師でもいいんですけど」


 クロエが言った。

 少女は少し考えて、何かを思い出したように「あ!」と口を開ける。


「そういえば、この時期は魔法学院の生徒募集と同時に教師も募集してるんだった」

「ふむ、教師採用?」

「ええ、具体的には……」


 少女は魔法学院のことを話してくれた。


 魔法学院は最近国によって建てられた魔法を専門に習う学校で、魔王が再び復活した時のために魔法を使える人を増やそうという計画で創設されたらしい。

 それでやっとの事で予算に都合が出来たらしく、開校することができたので生徒とともに新しい教師も募集しているとのことだ。


「……ってことなのよ」

「へえ、魔法学院ですか。いいかもしれませんね」

「多分、メイドさんなら料理とか裁縫とかの教師としてもやっていけると思うよ!」


 ふむ、この少女、多分だが視えているな。

 ここに来てから一度も、魔法関連の話を聞こえるように言っていないはずなのに、少女は魔法学院の教師もやっていけるとクロエに言った。

 多分特異体質だが、他人の魔力を観ることが出来る目を持っている。


「ありがとうございます。私、クロエと申します」

「私はリーシャ!お母さんとお父さん一緒ににカフェをしているんだ!私も今年から、魔法学院に通うんだ!」


 ご両親の決断は正しいな。

 魔法の才能がこの子にはある。


「魔王学院の採用試験はいつあるんです?」

「えーっとね、今日だよ。確かあともう直ぐで試験が始めるはず!」


「「は?」」


 おいおい、もう時間が無いじゃないか!?

 確か、教師の採用試験と学生の入学試験は殆ど同じ時間帯にするって言ってたような……。


 試験は昼からの予定で、俺は慌てて胸の内側に入れていた懐中時計を見る。

 今は11時を少しだけ過ぎていた。


「おっと、じゃあ行くとしようか」

「わかりました」

「あ、ちょっと待って!」


 少女は再び厨房へと足早に向かう。五分ほどした後に、手に箱を持って現れた。


「これ、お店の試作品なんだけど。注文した料理をお弁当にしてみたの!」

「お、それはありがたい。じゃあまた感想を伝えに来るとするよ」

「主様、代金はどうするつもりで?」

「……あ、やべ。忘れてた」


 今のお金を知るために寄ったのに、これでは支払ができない。

 仕方がないか。


「済まないリーシャ、いま持ち合わせが少なくてな。その代わりと言ってはなんだがこれをもらってくれないか?」


 俺は収納魔法を使用して、その中から一本の剣を取り出す。

 その剣は柄の部分に赤い小さな魔石が入っていること以外は、シンプルなの剣である。


「え、それって魔道具じゃ……こんなの貰えないよ!」

「まあ、正式なお金は次来た時にまとめて支払うから、取り敢えずそれを担保の代わりとして貰ってくれ。それじゃ」


 俺とクロエは足早に店を出て、魔法学院に急いで行くことにした。

 学院の場所は店に飾ってあった地図を暗記したので、迷うことなく進む。


 なんだかお店の方が騒がしいが、気にすることなく急ぐことにする。

 金を払えなんて言われて、憲兵にでも突き出されたらたまったもんじゃないからな。



 俺が渡した剣が、後に一つの騒ぎを起こすことをこの時はまだ、知る由もなかった。


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