第二話 従者と飯
「……クロエ」
俺は、後ろで同じく驚いているメイドに声を掛ける。
「……なんでしょう主様」
「ここから見えてる景色、何だと思う?」
「どう見ても、綺麗な青空だと思いますが?」
そう、一面に広がっているのは綺麗な青空だ。
「じゃあ、俺たちは今どこにいる?」
「そりゃあ、どこかの森とかではないのですか?」
それはおかしい。
俺の作った建築物は特殊な木で出来た森の中にあったはずなのだ。
しかし、今はなぜか青空がしっかりと見える。
森の中では木々が邪魔をして、空を見ることなんて難しかったのに。
「だったらなぜ空が目の前にあるんだ?普通、俺らの知っている場所なら森とか、木とかだろ?」
「……そういえばそうですね」
クロエは、首を傾げる。
俺が寝てる間に外に出なかったのかと思ったが、問題はそこではない為、一旦置いておく。
「……状況から見るに、俺たちが居た森ではない……いや、木は俺が育てていた奴だから間違ってはいない?」
研究に研究を重ねて、一番最初に作成した魔道具、というか魔植物とでも言おうか、それを家の周りに植えていた。
―――〈魔樹〉と名付け、魔力を与えることで育つ木だ。
「どうでしょう。私達は知らないうちに転移でもしたのでしょうか?」
「そうだとするのであれば、此処はどこだ?」
その時、地面が不自然に下方向へと揺れ、感じるはずのない重力の負荷を体で感じた。
別次元での体験で言うところの、ジェットコースターに乗っている時のような、浮遊感だ。
「……まさか、空を飛んでいるのでは?」
「もしかしなくても、そのまさかだな」
目の前の光景を見て、まさか空に飛んでいるとは思わないだろう。
ましてや地面に目を向けて、島の端を見ると、どう見ても繋がっていた大陸から空へ、無理やり切り取って飛ばした感がある。
「クロエ、何かわからないか?」
「少々お待ちください」
クロエはまた目を瞑り、ブツブツと魔法言語を言い出す。
そして目を開けた。
「ここが空を飛んでいる理由は、魔法が関係あるようです」
「魔法?俺は空に飛ばす魔法なんて一回も……」
と言いかけたところで、俺は思い出した。
そういえば、眠る前になんかの魔法を発動したような覚えが……。
「……あー、ここが空を飛んでる理由、分かったわ」
「それは一体?」
「……実はだな、俺が寝る前にな、できれば周りの人たちに気づかれないようにしようと思ってだな」
「それで、誰もいない空に土地ごと飛ばしたと?」
「つまりは、そう言う事だ」
一応、不可侵の結界魔法を張っているとは言え、それでも完全ではない。
陸続きだと、誰かが必ず違和感に気づいて発見されてしまうだろうし、結界魔法も魔力が来なければ弱くなる。
当時の魔術師や魔法師の中でも最上位に位置する位であれば、弱くなった結界なら突破できる可能性もあった。
だから、自分が寝た後にどうしても落ちてしまう魔法出力の補填のため、魔石を利用した飛行技術を使ったのだ。
なので、俺が寝ていても魔石からの供給で、飛び続けられる。
なんで忘れていたのかな、俺。
自分でやっといて自分で驚くとか、はたから見れば一人芝居も良いところの面白い行動してしまったよ?
ちょっと、恥ずかしくなってくる。
「まあ、主様ならやりかねませんよ」
俺の心中を察したのか、クロエがねぎらいの言葉を掛けてくる。
だが、言葉の文面としてはだいぶ棘のある文章であり、俺としてはさらに心にダメージを受けた。
クロエさん、そこはもう少しオブラートに包んでほしかったな……。
そんな直接言われると、魔王を倒して勇者と呼ばれた俺でも、流石に傷つくよ?
昔からそこら辺の接し方は、変わらないんだね。
まあ、そんなことで折れるような俺ではないのだが。
「そんな過去より現在ですよ、どうするんですか?これ」
「そうだなぁ……とりあえずどこかに降ろすか」
「海の上とかならいいかもしれません」
「そうだな、そうしよう」
突然に空飛ぶ陸地が大陸に出てきたら、流石に驚かしてしまう。
噂にでもなって広がってしまったら、それこそややこしいことになりそうだ。
どこかの国の陸続きにでもなってしまったら、それこそ大事になりかねない。
俺は膝を地面につけて手を置き、魔力を流して一言呟く。
「『
魔法の発動後、脳内に直接、この土地の大きさや形が頭の中に入って来た。
飛行魔法の方は予め目的地で止まるように設定し、人目に付きにくい大きな海のある方へと進路を変更し、更に一言。
「『
瞬間、島自体が俺の直接な操作から切り離されて、指定した進路につく。
魔法の発動がしっかりと行われたことを確認して、土で汚れた手を払う。
これで、後は勝手に目的地で降下して飛行島から離島になるだろう。
「主様、魔法の研究などで自分の管理から切り離すときは、私に管理権を付与するか、しっかりと止めてください」
「ああ、そうだね。今後はそうするよ」
クロエが俺の傍にいるとは思ってなかったから管理権は渡してなかったのだが、今後も一緒に居るというなら、今後は考えてもいいかもしれない。
取り敢えず、この島の管理権はサブマスターとして付与しておいた。
「主様、食事とかはどうします?」
権限付与の操作をしていると、クロエから食事の声が掛かる。
「そういえば起きてから、何にも食ってなかったな」
クロエから食事のことを言われて、急に空腹感を覚える。
魔法の多重使用と移動で、どうやら体が栄養を欲しているようだ。
「用意して参りましょうか?」
「ああ、頼む」
「ではリビングのほうで準備しておきます。『
クロエはその場で、転移移動をする。
俺も転移をしようと思ったが、せっかくなので歩きながら行くことにした。
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「さてと、まだ食事の準備で少し時間がある。ほかの部屋でも見に行ってみるか」
家の中へと戻った俺は、長い廊下を歩いて一番最初に左側にあった扉の前に居た。
そこは鍛錬室であり、中には様々な剣や盾、弓などの武具が置いてある。
奥の方には収納棚があり、俺が作ったり拾得したりした武器庫でもあるのだ。
中に入ると至る所に苔や蜘蛛の巣が生えて、数本の剣が刃こぼれし、弓の弦が切れていた。
五十年も経つと、使い手が居ない武具は、やはり壊れていくようだ。
俺は手を掲げると、二つの魔法を同時に発動する。
「『
すると苔や蜘蛛の巣、埃が分解されるように無くなっていき、剣の方は刃こぼれがなくなって、鋭く光っていた。
残念ながら弓の方は、弦の素材が手元に無いため、直すことはできなかった。
だが、この部屋には手入れを必要としない剣がある。
俺が魔王を倒すために作成した〈滅魔の剣〉と、世界史には残らなかったが、とある邪悪なる神を討伐するためにこれまたとある神と合同作成した〈時断の刀〉。
それと、魔王が所有し、戦闘時にも使用していた〈永世の鎌〉の三本。
何故か、この三本だけは刃こぼれも錆びも現れず、それぞれを討伐した時のままの状態で残り続けている。
俺は全てを元通りにするつもりだったので、結果にやや不満足だったが、魔法を行使した手を降ろして部屋を出る。
別に今すぐ使用する訳でも無いので、修理はゆっくりやっていくことにした。
次に少し廊下を歩き、地下に続く階段を超え、右側にある二つ目の扉へと入った。
ここは在庫室、つまりは倉庫だ。
別に重要なものが置かれている訳ではないが、採取してきたモノだったり、溜めすぎたり作りすぎてしまったモノをここに置いている。
魔物の核の魔石や剣の素材である鉄やミスリル、木や竹など様々である。
「鍛錬室と同じように埃が被っているかと思っていたが、こっちは案外そうでもないんだなぁ」
在庫室には、元々それぞれの素材に適した環境での保存ができるように、魔工技術によって作られた入れ物と棚に保管している。
部屋地震にも対魔結界が貼られており、魔物と言った魔力に依存するような生物は入ることが出来ない。
そのおかげか、部屋環境が常に整えられ、埃も舞うことが無いようになっていたのだろうと考えられる。
「確か、この中に……お、あった」
俺は、部屋に入って右奥にある箱の中から、一つの小さな魔石を取り出す。
魔石とは、自然に生成される石の一つで、成長過程で空気中や地中に含んでいる魔素を吸収し、大きくなることで魔術の触媒や魔法の魔力媒体として使うことが出来るのだ。
だが、その魔石は魔力を帯びて青白く光っており、一般的に地中から見つかる魔石とは少し魔力の量と質が違っていた。
なぜ、そんな一般的と違う魔石がここにあるのか。
実は魔王と戦った後、戦闘中に増幅した魔力が大きくなりすぎて、俺がすぐに制御できる範疇を超えていたのだ。
そのままではそこら一帯どころか、星ごと吹き飛ぶ可能性が高かったため、その時の魔力を咄嗟に放出し圧縮したのだ。
更にはその副次的効果で、強すぎる力を分散させ、周りと魔力量を合わせることで、自身が勇者だとバレないようにもした。
まあ、魔力とは関係なしに俺を巻き込もうとしてきたので、意味はあまりなかったのだが。
その後の魔術研究の素材として利用しようかとも考えたが、大きさがバラバラになり過ぎて安定せず、使うこともできなかったのだ。
「魔石の研究は殆ど解明されたけど、魔石を利用した研究はまだまだ発展途上だったからなぁ。これを使えてれば魔工学の大きな進歩に繋がったんだけど」
俺はそれを手に持つと、十個ほど軽く力を籠めて割る。
すると、元を辿れば俺の魔力なのだからか、素直に中に込められていた膨大な魔力が自分のところへと戻り、体の中を循環し始めた。
五十年も経っている現状、何が起きるか予想が出来ない。
新たな種族が生まれているかもしれないし、昔よりももっと技術が発展し、太刀打ちできないような状況が完成しているかもしれない。
なので、少しでも自身の力を回収しておくのは必須。
起きてからの身体能力も、何故か向上しており、五十年前よりは魔力の保有量も制御できる範疇も大幅に成長していたので、今であれば問題ないと考えたからだ。
「これで取り敢えず、現状で出来ることはこれで最後だな。もう一つ、部屋があるけど、そっちは今のところ必要ないし、見なくても良いか」
俺は部屋を出て、クロエが料理を作って待っているであろうリビングへ向かった。
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リビングへ向かうと、クロエがテーブルにできた料理を並べていた。
「主様、ちょうど今食事が完成したところです」
「ああ、分かった」
俺はいつもの席に座る。テーブルには完成した料理が並べられていた。
沢山の食材がある訳ではないので、種類はそんなには多くない。
クロエも正面の席に座った。
「魔力の総量、増やしました?」
「お、気づいたか。さっき上げてきた」
不老不死の研究をしていた時、クロエはまだ魔力の認知なんて技術は不安定だったのに、俺が眠ってからも鍛錬を続けていたのだろう。
クロエの魔力も少し上がっていたので、相当頑張ったと見える。
敢えて、言わないが。
「それでは、いただきます」
俺は何処かで聞いたのか、覚えていた食材に感謝する言葉を口にして箸を持ち、料理へと手を付けた。
なんでも、自然の命をいただいているのだから、感謝をしないのは申し訳が立たないとのことらしい。確かに恵みをいただいているのに、感謝しないのは冒涜ともいえるのだろう。
クロエによると、献立は和風パスタだそうだ。
俺は中央に盛られたパスタを、器用に取って食べる。
「やっぱりうまいな、クロエの料理は」
「ありがたきお言葉です」
クロエも、俺が最初に一口食べた後に食べ始める。
自慢ではないが、クロエの料理の腕は世界を狙えるほどだと、俺は密かに思っていたりする。本人に言うと調子に乗るから、絶対に言わないが。
少し、クロエの身の上話をしよう。
クロエが幼少の頃、魔法の研究のためにと人体実験の対象探しと称して旅していた時、毛布に包まり路地裏で倒れていたところを発見して出会った。
生まれは身分社会が強かった東の帝国出身で、両親は雑貨屋を営んでいた。
貧しい訳ではなく幸せに帝国市民として普通に暮らしていたのだが、とある日に商品の値段で不満を買ってしまい、傲慢な貴族の一方的な権力で両親を殺されて、家を追い出され、空腹で路地裏に倒れていたのだ。
たまたまそこに通りがかった俺が、魔法の研究と身の回りの世話を手伝ってくれる代わりに衣食住を保証する、との契約で拾ったのだった。
出会った当初は警戒心が強く、俺が話しかけても反応しないので。聞いているのか聞いていないのか分からず困っていた。
だが、魔法などの力には興味があったらしく、それを教わるために俺と少しずつ会話をするようになり、今の状況へとなった。
仕事は完璧にこなす主義で、興味を持ったことや教わることに関しては真っ直ぐな性格である。魔法や魔術のことになるとミスることがあるのがたまに傷だが。
取り敢えず、クロエに関してはこんな所だろう。
「そういえば、そろそろ着くころかな」
「ああ、そういえばここ飛んでたんですよね」
パスタを食べ終えて、数分ほどティータイムを嗜んでいたのだが、そろそろ到着する通知を受けて、立ち上がり外に向かう。
クロエも手早く家事作業を終えて、一緒に外に出た。
「『
魔法を行使すると、浮いているこの島が真上から見るような視点で、景色が目の前に現れる。
俺はそこからまわりを見ると、すでに目的の場所に到着していた。
自分の魔法だが、こういった移動関係は相変わらず早すぎると思う。
実は移動しながらも、思うがままに魔法を改変したのだが、最低限の魔力だけで最高出力を出すことが出来るようになってしまったのだ。
「もう到着していたな」
「結構早かったですね」
俺は少し、楽しみに思っていた。
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