第三幕

【脱獄物語 ③】

『🔬クリーンな核爆弾』前編


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 さて第三章である。

 現在、わたしはアトランティス大陸にある自分の家で、この『脱獄物語』を書いている。大きな窓を開け放ち、のんびりと海を見ながら、万年筆とノートを使ってのんびりとコレを書いている。

 現在の時刻は午前四時。ちょうど日の出が始まる時間だ。カーテンを揺らして、海から冷たい潮風が流れ込んできている。空はまだ少し暗いが、水平線はゆっくりと青に変わってきている。


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 わたしは朝のこの時間が一番好きだ。

 なにかが始まるという感覚がいつも体の中にあふれてくる気がするのだ。


 ついでに言うと、わたしの膝の上には二匹のネコが仲良くうずくまっている。ふたりの名前は『サイ』と『コロ』。刑務所時代からのわたしの大事な友達だ。


 今回の章では彼らのことも少し書こうと思う。


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 前回は『小夜子』に脱獄の計画を打ち明けたことを書いた。

 そしてあの『松平』に自分の牢屋へと連れ戻されるところで話を終えている。


 今回はその続きからだ。


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 医務室を出てから、わたしは松平に連れられて自分の牢屋に戻った。

 松平が鉄格子の扉を開け、わたしが入ったのを確認して外から鍵をかける。


 まぁここまでは普通の牢屋と変わらないだろう。だが扉の向こうはまるで違う。

 ここの牢屋はホテルのように清潔で、最新の設備が行き届いているのだ!


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 ちなみにわたしの部屋のことも少し説明を。


 間取りは1LDK、リビングだけでもたっぷり二十畳の広さがある。床はフローリング張りで、もちろん冷暖房完備。ウォッシュレットのトイレとジャグジーつきのバスがあり、寝室には四本の柱つきのセミダブルベッドが用意されている。

 テレビ、オーディオ、パソコンなどの家電製品は最新式のものが揃えられ、イタリー製の洒落たソファーもある。

 ほとんど高級ホテルのような豪華さ、なのだ。


 ルームサービスまではさすがにないが、メイド係のおばさん(長田さん。残念ながら下の名前は知らない)が毎日掃除機をかけてくれるし、ベッドのシーツもタオルも毎日取り替えてくれる。洗濯物はカゴに入れておくだけで、翌朝にはきれいにたたまれて戻ってくる。


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 とにかく牢獄の設備は最高だった。ここに収容されるまで、こんな立派な部屋に住んだことはなかった。

 それこそずいぶんと昔の話になるが、わたしが学生の時に初めて住んだ部屋は、六畳間のワンルームアパートでトイレも風呂も共同だった。畳は古くて所々かびていて、昼間でも陽のささない薄暗い部屋だった。

 さらにここの大家が口うるさい人でエアコンもつけることができなかった。夏は蒸し暑くて眠れず、冬は薄っぺらな布団で寒さをしのいだものだった。


 あの頃住んでいた部屋の方がよっぽど牢獄のようだった。


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 ちなみにこの豪華な部屋に驚いているのはわたしに限った話ではない。もちろん例外はあるものの、ここに初めてやってきた科学者達は、たいてい部屋の豪華な設備に驚く。

 一般的に言って科学者というのは金に縁の無い連中が多いのだ。生活を切り詰めて、自分の好奇心のために研究書を買い、働きたくもない企業に勤め、安月給でこき使われて、その上自分の研究外のテーマに時間をとられていく。

 もちろん金持ちになる例外もあるが、科学者の一生というものはたいていそういうものなのだ。

 だからここがすっかり気に入ってしまっている科学者は大勢いる。

 そう言う意味でも、ここはまさに完璧な監獄だった。


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 ちなみにこの監獄の施設自体は国が建てたものだが、中身の設備すべてを整えているのは山川財団である。

 前述したが、山川鋭子のもう一つの顔がこれだ。

 彼女はここで生み出されたテクノロジーで特許をとり、莫大な財産を築いていた。

 わたしは仲間内で画期的な発明があると、発明者を彼女に引き合わせる。

 特許がとれたら、彼女は発明者と契約しその報酬を引き渡す相手を決める。

 それは彼女が毎週わたしの元を訪れる理由のひとつでもあった。


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 ちなみに、以前も書いたが発明者本人は財産を持つことが出来ない。

 理由は簡単、囚人だからだ。

 この監獄が作られると同時に、囚人の財産は全て国家が没収していい法律も作られていたのだ。こういう抜かりのなさを考えると、この収容所を作った役人は本当に天才だったとつくづく思う。


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 ちなみに囚人たちの報酬と特許権の引渡し希望のトップは山川鋭子本人である。

 独身連中が多いのも事実だが、彼女はどんな発明でも自分の事のように喜んでくれたし、誰よりも褒めてくれたからだ。

 また彼女はそう言うことがとてもうまかった。なにしろ美貌だけでなく、演技力もまたナンバーワンの女優なのである。それだけで彼らはすべての金とアイデアを喜んで彼女に貢いでしまう。

 だが彼女にすべてを渡したくなる理由は他にもある。


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 それは山川鋭子と彼女の財団が非常に面倒見がよかったからだ。

 彼女は科学者本人だけでなく、後に残された家族、妻や子供、両親や祖父母、さらに親戚にいたるまで丸ごと面倒を見てくれた。

 ごくたまに彼らが面会にやってくるのを見ると、それがよく分かる。彼らはいい車に乗って、いい服を着て、いい靴を履いてやってくる。みんなが裕福で満ち足りていて実に幸せそうだ。

 そんな家族を見ていると、科学者達はこの刑務所にいることに価値があると思え、誇りさえ感じることができるのだ。


 そうしてさらに発明とアイデアを彼女に貢ぐことになるのである。


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 そう言う意味では、この部屋の設備はわたしたち囚人に対する、彼女からの差し入れでもあった。

 ちなみにわたしが最初にここにやってきた頃は、トイレ兼シャワー室とベッドがあるだけの、もちろんエアコンもない、ごくごく普通の牢屋だった。その後、彼女が粘り強く政府の役人連中と交渉し、ここまで部屋を豪華にしてくれたのである。


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 また科学者本人に対する報酬として、彼女はわれわれの望むものをすべて手に入れてくれた。それこそ実験設備であればどんな金額のものだろうと、どんなに特殊なものであろうと、必ず手に入れてくれた。昔なら国や企業に申請してさんざん待たされて、何か月、何年後に、ようやく手に入る高価な設備が、電話一本で翌日には配送されるようになった。


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 だからこそ我々は何の心配もなく、この安全な塀の中で好きなだけ研究に打ち込むことが出来た。

 我々科学者とってここはユートピアであり、山川鋭子はユートピアを守る正真正銘の女神だった。


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 まただいぶ本筋から遠ざかってきたようだ……

 進路を戻そう。


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 小夜子との話を終えると、わたしは松平に自分の部屋に連れ戻された。

 わたしの心には深い傷が残っていた。

 わたしの発明した放射能除去爆弾が、逆に三度目の原爆投下をまねいてしまったことだ。鋭子の話では五千人あまりが死んだという。

 わたしは一人でその事実と、自分の犯した罪に向き合わねばならなかった。

 その日は私の人生で一番つらい一日だった。

 

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 わたしは部屋に戻るとまずシャワーを浴びた。

 それから洗いたてのパジャマに着替えて歯を磨いた。

 すっかり寝る支度を整えて、ソファーに座った。

 目の前にはテレビがある。

 だがなかなかテレビをつける決心がつかなかった。


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 世界がこのことをどう受け止めているのか、わたしが何をしたのかを見るのがとても怖かった。

 わたしは立ち上がると、冷蔵庫に向かいバーボンの瓶を取り出した。

 コップに並々と注ぎ、もう一度ソファーに戻った。

 できることならテレビだけは見たくなかった。

 それでもわたしはテレビのスイッチをつけなければならなかった。


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 最初に現れたのは真っ青な空と赤茶けた台地の映像だった。

 その空気の乾いた感じからすると、中東のどこかの国らしい。一見何気ない光景だが、そこには時間が静止したような緊張感があふれていた。

 と、その映像の中心、空と台地の真ん中あたりで針の先ほどの小さな閃光が瞬いた。その閃光は強烈な光を孕みながら一瞬にして膨張し、音もなく空と大地を包み込んでいった。その光にわずかに遅れて、今度は炎と衝撃波が巨大な洪水のように、すべてをなぎ倒し、破壊しながら広がった。

 台地は抉り取られ、わずかに生えた草木は一瞬にして蒸発し、炎の壁は大地を焼き尽くして空へと登っていく。

 さらにその一瞬後、突如轟音があふれ出し、砂漠に髑髏の形にも似た巨大なきのこ雲が立ち上がった。

 それはあまりに鮮明な、七十年ぶりの原爆投下の瞬間の映像だった。


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 そして次のシーン。

 きのこ雲に向かって一発のミサイルが白煙を上げながらよろよろと飛んでいった。

 その頼りない姿は、巨大な風車に立ち向かうドン・キホーテのよう。さらに言うなら、老いたわたしの分身のようだった。

 そのミサイルがふらふらときのこ雲の上に登っていき、次の瞬間、今度は紫色の光が爆発的に広がった。

 その妖しい光は、原爆の巨大なきのこ雲を、まるで頭から叩き潰すように一瞬にして消し去ってしまった。

 それは魔法のような一瞬だった。

 空は何事もなかったかのように、真っ青に晴れわたっていた。

 それこそがわたしが発明した爆弾の映像だった。

 あの放射能除去爆弾の姿だった。


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 そして最後のシーン。

 爆心地には溶けた大地と、巨大なクレーターが現れた。

 映像は次々と切り替わる。

 銃をもった兵士たちが行きかう町の光景。

 基地か訓練所らしい、バリケードに囲まれた牢獄のような建物の群れ。

 やせ細った畑と家畜たちの姿、賑やかな市場の様子。

 そこにいたのは兵士だけではなかった。

 そしてかつての光景は暗転し、次に現れたのは、何も無い焼けただれた大地の光景、そして赤茶けた何も無い空虚な砂漠だけだった。

 あの雲の下で生き残れる人間は誰もいなかった。


 


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 それからアメリカの大統領のスピーチが流れた。

 各国の首相の声明も流れた。

 誰も彼もがつらい決断だと語った。


 その中には日本の首相の姿もあった。

 信じられるだろうか? この世界で唯一核爆弾の恐ろしさを知っていた日本人が、またもや核爆弾を落としたアメリカの政策を支持しているのだ。


 こんなことがありえるのだろうか?

 だが確かに首相はスピーチをしていた。つらい決断だが、平和のためには仕方のないことだったと。


 彼らが何を考えているのかわたしにはさっぱり判らなかった。

 


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 わたしのコップを持つ手は震えていた。

 背筋になんともいえない悪寒が走りぬけ、胃が逆流して、飲んだばかりのバーボンを吐き出しそうになった。

 わたしはチャンネルを回した。だがどのテレビも同じ映像、同じ内容、同じコメントを流していた。

 わたしはまたバーボンをあおった。手が震えてほとんどがシャツにこぼれてしまった。だからまた注いで、そのままあおった。

 とたんにアルコールで息がつまった。でもかまわなかった。


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 その時のわたしはまたもやボロボロ泣いていた。

 泣いたって仕方がないのは分かっている。それでもその原因が自分自身の発明であることが、悔やんでも悔やみきれないのだ。

 わたしはこんなことのためにあの爆弾を作ったわけじゃなかったのに……


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 今でも、わたしはあのときの事を思い出すと本当につらい。

 自分が現在、こうして幸せに暮らしていることをうしろめたく感じる。

 あのとき、爆弾を落とす決断を下した連中も同じ思いを抱えているのだろうか?

 


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 あの爆弾を発明した時、わたしはこんなふうに考えていた。

 人間の文明はもう後戻りできないところまで来ている。

 たとえば電気なしでは世界は一日だって成り立たないだろう。電灯、テレビ、電話、パソコン、エアコン、電気が必要な道具は数えればきりがない。

 もはや誰一人電気を捨てて生きることは出来ない時代だった。


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 だが石油などの化石燃料はじきに底をつくことが目に見えているし、太陽光発電はいまだに実用化のめどが立っていない。

 頼れるものは不安定な原子力発電だけ。それなのに荒廃したモラルから起こる人災は後を絶たない。

 原子力発電はたった一度の事故で世界に破滅的なダメージをもたらしてしまう。みんな頭のどこかで分かっていることだ。

 分かっていながら、だれも引き返すことができないのだ。

 だが放射能除去爆弾が完成すれば、たとえ一時的にせよその恐怖と不安を取り除くものになる。


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 そう考えたわたしのどこがまちがっているのだ?

 いったいわたしの何がまちがっていたのだ?

 今でも問いたい。


 


 わたしはてっきり、他の人間もわたしと同じ様に考えていると思ったのだ。


 


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「この……馬鹿者どもが……」

 わたしは極め付きに酒が弱かった。

 ビール一本でも真っ赤になって、気持ちが悪くなって眠ってしまう。

 だが今日のわたしはバーボンを飲んでもまったく酔えなかった。

 次々と涙が出てきて、何度もゴミ箱の中に吐いた。

 でも酔えなかった。

 わたしは泣いた。

 死んでいった人々のために。わたしがこれを発明しなければ、こんなにも多くの人が死ぬことはなかったはずなのだ。


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「たいした事じゃないさ……」

 あんまりつらかったのでわたしはひと言だけそういってみた。

 するとまた涙がボロボロ流れてきた。


 


 自分をごまかすことが、このときだけは出来なかった。

 わたしは愚か者だ。

 わたしも、核爆弾を落とした連中も、それを許可した連中も、そういう政治家を選んだ連中も、みんなみんな愚か者だ。

 わたしは繰り返し流れるその映像を何度も見た。

 

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 あの日、あの瞬間、


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