第5話 紳士、覗きを行う


「……僕は何故こんなところにいるのだろう。他に行くべきところはいくらでもあっただろうに」


 ひと気のない茂みに身をひそめ、特注スーツの裾に泥をつけながら、自分で自分の行動に疑問を持つ。


 足元の花を踏まないように気を配りながら、向こうにバレないように位置を調整。首を伸ばしつつ縮めつつ距離を測る。


「今の姿を父様に見られたら、雷が落ちるな」


 ここは通称『学園』ワンダーランドの若き魔法使いたちが集まる学び舎だ。

 本校舎は奥に堂々とそびえ立つ巨大神殿。ワンダーランド全域でも数か所にか建てられていない貴重な施設だけあって、離れた位置からでも時代がかった迫力を感じる。これも魔法の圧力なのだろうか。イギリスのそれとはやや毛並みが違った、古風で神秘的な趣だ。


 現時点での憶測だが……限られた才能を持つ生徒しか入学できない。そこで得た技術は外敵から町を守るのに重宝される。そのあたりを考えてみると、学校と言葉を同じくしても、広く門を開いているイギリスとはまた違ったものであるように思える。ワンダーランドの学校はどこか軍事的というか、国を守る城壁のような役割を果たしているようにも見えた。


 この時間はどうやら本校舎ではなく、離れのホールで授業を行うらしい。


 窓からそっと中を覗く。


 広々としたホールには、森で見た制服たちが何人も見える。その中にはあの時見た顔もちらほら。ハルも混じっている。


 そう、ハルだ。

 僕は彼女のために博物館や図書館見学などを後回しにしてまで、やってきたのだ。


 もし彼女が遅刻をして教師に叱られでもしたらここは一つ共に頭を下げてやろうと……そもそも彼女は僕の付き添いで遅れてしまったわけだし、責任の一端は僕にあるといってもよい気がするのだ。


 読者諸君に勘違いしないでもらいたいのは、僕は別に僕は彼女を弟子と認めたわけではないということだ。

 まあ、それでも召使いくらいには縁がある相手だと思っている。わずかだが縁はできてしまったのだ。そんなハルが学校をさぼったりなどして、教師に叱られていたりなどしたら、どうなるかお分かりだろう。そう。僕の心象までもが悪くなってしまうのだ。しいてはイギリスの、女王陛下にも傷がつきかねない。


 ええ~紳士っていうのはこんな小さな子供を自分の都合で引っ張りまわすんだ~、最低~。


 そんな幻聴が聞こえてくる。


「馬鹿を言うな馬鹿を……イギリスにそんな薄情な男はいない」


「薄情ではなくとも、不審ではありますよね」


 突然声がした。


「な、何者かね。名乗り……セリア女史か。驚かさないでくれたまえ」


 すぐ隣にセリアが立っていた。侵入者を罰するつもりではないらしく、ニコニコと柔和な笑みを携えている。


「驚かさないでって……エリオットさんは自分がどのように見えているかわかりますか? 学校の運動ホールをこっそりと覗いている変態ですよ」


「何を言う。僕がそんな非紳士的なことをするか。僕はただあの子が叱られないかとな」


「す、すごいですね。侵入を見とがめられて、うろたえるどころか弁明もしないなんて。まあ、良いですけど。変な暴走はしないでくださいね。多少はフォローできますけど私にとって一番大切なのは生徒たちなので」


 そういって彼女はすぐ横にくっついてくる。

 知り合いの顔が見えたので、ちょっと話しかけてみた程度の軽さ。


「わかっている。頃合いを見てすぐに立ち去る」


「そういえばハルちゃんの様子はどうですか? 上手くやれそうですか? 私的には高相性かなって思うんですけど」


「……待て、何故ハルがうちに来たことを知っている」


「あれ? 言ってませんでしたっけ。部屋を貸す代わりにうちの生徒を面倒見てほしいって」


 どこまで恍けているのかわからない顔で小首をかしげるセリア。


「あなたの仕業か……!」


「うふふ、ごめんなさい。私ったらいけませんね。久々の旅行者さんに緊張しちゃったみたいです」


 緊張感のまるでない顔で謝られても反応に困る。森で出会ったときもそうだったが、この人は自分で言っているほど表情が変わらないから、どこまで本気なのか測りかねないのだ。


「まあ、世話をかけているのは僕のほうだ。マダムの手前もあるし、水に流そう。それよりホールでは何をしているのかね」


「学園は魔法使い育成機関ですからね。当然魔法を使った訓練です。今回は模擬戦でしょう。何を隠そう私、この授業がすごい好きなんです。可愛い私の生徒たちがどんどん成長していくのが直に確認できて……もう、最高です」


 笑顔はそのままに鼻息が荒くなり、顔色が赤くなる。これはわかりやすい。


「子供たちを物陰から覗いて鼻息を荒くするとは、さてはセリアは変態か?」


 彼女にかまっている暇はない。

 僕は内側から見られぬように気を配りながら、窓ににじり寄った。


 生徒たちは散らばって何やら組を作り始めている。その流れの中にハルはおり、つまり遅刻のおとがめはなかったというわけだ。


「ふぅ……」


 懸念が晴れたならば、安心してどこかへ消えればいいではないかと思われるかもしれないが、僕は隠れ続けた。あの少女はどこか抜けているところがある。何かやらかす前に僕がフォローをしなければ。


 ハルの前に一人の女子生徒と二人の男子生徒が歩み寄ってくる。組を作るのだろうか。あの子にも友達がいたようで何より……いや、なにを安心することがある。あれはただの同居人。友人の有無など僕には関係のないことだ。


 しかし、何を話しているか気になるな。


「窓を、窓を少し開ければ……」


 音をたてないように慎重に窓を開く。

 紳士の聴覚があればほんのわずかなすき間で構わない。


「エリオットさん、今のしぐさ、一発アウトでしたよ」


「しっ、静かに」



「ハル。あんた寮を追い出されたって本当?」


「アーリンちゃん。追い出されたんじゃないですよ。師匠のところに引越ししたんです」


 聞こえる聞こえる。

 僕は改めて、紳士の視力と聴力を張り巡らせる。


「師匠? 嘘つかないで。誰が好き好んであんたみたいなのの師匠になるっていうのよ」


 女子生徒の顔がぐにゃりと歪む。

 綺麗な顔立ちに憐憫と嫌悪が折り重なっていく。そして両隣の男子生徒も、それに倣うようにくすくす笑いを漏らす。


 どうやら三人組は少女……アーリンが中心となっているグループらしい


「ふむ……これは仲の良いお友達の挨拶。というわけではなさそうだな」


「嘘じゃないです。師匠は私の師匠になってくれるって言いました。私を紳士にしてくれるって」


 大嘘である。


「しんし? なにそれ。だから、何の実績もないただの小娘を誰が物教えたがるのよ。聞いたわよ。あんたスナーク討伐でも一番足を引っ張ってたらしいじゃない。いい? 魔獣と魔法使いには大きな力の差があるの。蓄えられる魔力の差が主。魔獣が持つ魔力に比べたら、人間の持てる魔力には限りがある。だから私たちは組んで戦う。一対一じゃかなわないからね」


 女子生徒は得意げに話し続ける。演説したがりな性格をしているのか。両隣も感心したようにうなづく。


 しかし待てよ。今の話が本当であれば、僕はだいぶ不味いことをしでかした。

 スナークを相手に一対一は常識外れの行動だったらしい。もしかしたらあの瞬間僕の異世界めぐりは終わりを迎えていたのかもしれない。知らなかったこととはいえ恐ろしい。

 臆病なスナークの性質に感謝といったところか。

 そう一人冷や汗を流す。


「それなのに、あんたはスナークに襲われた時一人逃げ遅れた。戦果を残せとは言わないけど、他のみんなの足を引っ張るなら、討伐は辞退しなさいよ」


 逃げ遅れた? 僕の見た事実とは違う情報だ。

 ハルはスナークの出現に戸惑い、逃げ遅れたのではなく、ほかの生徒を身を挺して守ろうとしたはずだ。状況を見るに正しい選択ではなかったのかもしれないが、勇気ある選択だったと思う。事情を知らない僕ならいざ知らず、魔獣の恐ろしさを知ってなお、誰かのために立てるというのは立派な行為だ。

 さあ、言い返してやり給え。ハル。

 しかし、ハルはアーリンの言葉を訂正しなかった。

 裾を握りしめて押し黙っている。


「で、でもねアーリンちゃん。あの時はみんな混乱してて、だから私がみんなを守らないとって……」


「一人で? だから、それが思い上がりだっていうのよ。そういうことを言っていいのはそれだけの実力があるやつだけ。あんたにはその資格はないの」


「アーリンちゃんは気丈な子なのよね。格式高い魔道の家柄に生まれついたのもあって、勉強熱心で真面目、でもそれが高じて他人に強く当たっちゃうのが玉に瑕なの」


 いつの間にか聞き耳を立てていたセリアがなぜか嬉しそうにつぶやく。

 この女、自分の生徒は本当にみな可愛いらしい。


「だ、だったら資格を得ます。私だって師匠の下で頑張って頑張って、うんと頑張って、今年の大魔道祭で優勝して」


 言葉を遮るようにしてアーリンが噴き出す。

 周囲にとっても予想外の言葉だったようで、小さいながらも笑い声があちらこちらから聞こえてくる。


「本気? 優勝者はもう決まってるの。知ってるでしょう?」


「はい。本気です。それに優勝するのが誰かはまだ決まっていません。可能性は誰にだってあります」


 目の端に涙を浮かべるアーリンを正面から見据え、ハルは堂々と言い切った。これまでのビクビクとした言動からは考えられないくらいまっすぐな顔だった。

 その祭りがなんだか知らないが、心の底から思っているのだろう。今まで笑っていた周囲の中から「おぉ……」と感心するような声がわずかだが上がった。

「つっても無理があるよな」

「いい子なんだけどね。スナーク戦での失敗はねー」

「いや、俺は応援するね。一回戦くらい突破できるかもよ」

「わかる。そのくらいやってくれそうハルちゃん」

 ぽつぽつと声が聞こえてくる。


「ハルちゃんは気合十分って感じね。何か心境の変化でもあったのかしら。何か新しい出会いとか……ああ、張りきった顔も可愛い」


「こちらをちらちらと見るのはやめたまえ」


 ハルの宣言を聞いたアーリンの眼の奥に火花が散る。


「威勢のいいこと言うじゃない。じゃあ、今日の模擬戦付き合いなさいよ。大魔道祭で優勝するくらいなら私なんて相手じゃない……わよね?」


「わかりました。お相手します」

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