第6話 decrescendo~だんだん弱く~

感じていた成瀬さんとの距離も段々と縮まり、

これから二人三脚で頑張れることが嬉しい


成瀬さん



あの日の事は思い出さない様にしてる。

成瀬さんの特別な場所に入れた嬉しさや優越感でどうにかしていた…


生徒とあんな事をするなんて


あの時、“キスされる”って分かって

頭ではだめだと思っていたのに

動けなかった


違う


だめだと分かっていても

動こうとは思わなかった

このままでいいと思った…


どうして私は……


-------------------------------------



あれから椿先生は何もなかった様に普通に接してくれる

私だけ変に意識して、正直それが少し悔しかった。


「大人の余裕ってやつか…」


「何が?」

「由紀」

「今何て言ってたの?」

「別に。独り言だよ」

「なにそれ冷た~い」

「なんでもないよ」

「ふ~ん。あ、椿先生!」


「おはよう桜井さん、成瀬さん」

「おはようございます!」

「…おはようございます」

「椿先生今日も美人~」

「えぇ? そんな事ないよ」

「ううん、いつも本当綺麗!」

「桜井さんも綺麗よ?」

「本当?」

「うん、可愛いし綺麗な子だって思ってるよ」

「わあ、椿先生に言われると嬉しい!」


「あ! 椿先生おはようございます」

「おはよう、皆今日も元気だね」

「元気が取り柄ですから!」


声も笑顔も優しい性格も接し易さも全部が

椿先生の良いところだと思う

でも、私以外の生徒にも先生にも

その優しさや綺麗な笑顔が向けられている場面も見ていると

胸が締め付けられるように苦しい


あぁ、これが“嫉妬”ってやつか


今まで沢山“嫉妬する”と言われてきた

でも自分が誰かに嫉妬した事なんて1度も無かった


嫉妬するほど他人に興味無かったし、

誰かに何かで劣る事は許されなかった…



今は沢山の生徒、しかも名前の知らない後輩や

あまり関わった事の無い先生にまで嫉妬してる


情けない


こんなに沢山の人に嫉妬するなんて

皆と同じ位置にいる事がこんなに嫌だなんて


情けない


自分で自分に失望だ…



「侑? どうしたの?」

「美穂、おはよう」

「おはよう。で、どうしたの?」

「なにが?」

「なんか怖い顔してたから」

「怖い顔?」

「うん、なんか怖かった」

「ちょっと考え事」

「なに?」

「…う~ん、嫉妬に失望」

「嫉妬って侑が!?」

「うん」

「えっ!? 誰に?」

「皆」

「へっ? なにそれ?」

「…自分でもよく分かんない」

「う~ん、なんか難しい」

「気にしなくていいよ」

「いやいや気になるよ!」

「いいから」

「でも~」

「ホームルーム始まるよ」

「…もう!」


本当に自分でも訳分かんない



--------------------------


「やっと授業終わった!」

「練習行こっか」

「今日、生徒会は?」

「暫くないよ」

「良かった練習に集中できるね」

「うん」

「じゃ、行こっか」

「うん」


「美穂、コンテストどう?」

「う~ん、何とか出場できそうかな」

「そっか、良かった」

「今年は1年生も上手い子居るから

 校内選考も倍率上がってて大変」

「そんな子居るんだ」

「えっと確か、渡辺わたなべ友香ゆかって子!」

「渡辺さんか」

「見た目も可愛くてモテる子だよ」

「そうなんだ」

「興味無い?」

「あんまり」

「相変わらずだね…」

「まだちゃんと演奏聴いたことないから」

「…そう言うことね。

 じゃ、今日聴いてみれば?」

「う~ん、そうだね」

「侑の評価楽しみにしてるから!」


渡辺友香

名前は聞いた事ある

凄く上手い1年生が入ってきたって。


…ライバルになるかな



練習室に着けばもう殆どの生徒が来ていた


「成瀬さん」

「先生」

「今日生徒会は?」

「暫くの間、活動はありません」

「そっか、じゃ沢山練習できるね」


「椿先生~ここ教えてください」

「ごめんね、成瀬さんの練習があるから」

「え~、先輩練習しなくても上手いじゃないですか」

「…」

「日々の練習が大切なんだよ?」

「でも、椿先生に教えて欲しいです!」

「そう言われても…」

「良いですよ、練習みてあげてください」

「成瀬さん…」

「やった、先輩ありがとうございます!

 行きましょう先生!」

「えっ、うん」


本当は行って欲しくない

そう思いながら椿先生にべったりくっ付く

名前も知らない後輩に苛立ちを感じていた…


また嫉妬…


私らしくない

誰かに嫉妬するなんて

私らしくない



今日はもう個室に籠ってよう

もう誰も見たくない


今日の部屋はAか


♪~~


「ねぇ」

「…はい」

「今日この部屋私が使う予定だけど」

「知ってます。待ってました」

「待ってた?」

「はい、先輩の事待ってました」


予定表に書かれていた今日使う個室に入れば

また知らない後輩が…

たぶん1年生


「なんで待ってたの?」

「…先輩私の事知ってますか?」

「ごめんね、知らない」

「…渡辺友香です」

「あっ、名前は聞いたことある」

「…そうですか」

「で、なんで待ってたの?」

「先輩に演奏聴いてもらいたくて」

「いいよ」

「えっ」

「1度聴いてみたいって思ってたから」

「ありがとうございます」


少し頬を赤くしてはにかんだ渡辺さんは、

美穂が言っていた通り可愛らしい子だった。


「じゃ、弾きます」

「うん」


♪~~


BWV 886 前奏曲 - 4声のフーガ 変イ長調

上手い

かなり上手い


「…どうですか?」

「上手いね」

「…」

「でもちょっとピッチが乱れてる箇所あるし、

 もうちょっと楽譜意識してやった方がいいかも」

「えっ」

「ピアノ借りて良い?」

「はい」

「こことかもっとこう…」


♪~


「こんな感じ。分かる?」

「…はい」

「…分かってないでしょ?

 隣座って?」

「えっ」

「いいから座って」

「はい」

「さっきのところ弾いてみて」


♪~


「下手だね」

「ッ! 」

「理屈で弾こうとしてるでしょ?

 もっと感覚で弾いてみたら良いかもね」

「感覚って、どうやって…」

「楽譜見る前に実際に曲聴いてイメージ作るの。

 自分だけのイメージを。

 その後に楽譜見てイメージと擦り合わせる

 そうするときっともっと上手くなるよ」

「…」

「褒められると思った?」

「…いえ」

「凄く上手い1年生が入ってきたって

 皆騒いでたしきっと今までも1番だったんでしょ?

 常に1番だったのに急に自分より上手い人が現れて

 ムカついてる?」

「…そんなことは…

 ここに先輩より上手い人居ますか?」

「居ないかな。でもピアノ以外は皆が上」

「……」

「渡辺さんはもっと上手くなるよ」

「…憧れなんです」

「ん?」

「成瀬先輩にずっと憧れてたんです!」

「えっ」

「小4の時、お姉ちゃんのピアノの発表会を

 両親と一緒に見に行って、

 その時にたまたま成瀬先輩の演奏聴いて

 それからずっと、ずっと憧れで…

 あんな風にピアノ弾きたいって思って

 私もピアノ始めました。」

「そうなんだ」

「でも、どの先生も“上手だね”ばっかり…」

「良い事じゃん」

「違うんです! 成瀬先輩みたいに弾きたいのに

 全然近づけなくて…

 それなのに褒められても嬉しくなんかないです

 コンクールで1番になってもどんなに褒められても

 私は満足できなかった…」

「……」

「今まで教えてもらった先生たちは皆、

 成瀬先輩のような演奏は出来ない人たちでした。

 もうそんな人たちに教わるのは辞めようって。

 だから、成瀬先輩の居る高校を選びました

 あなたに会いたくて、教わりたくて

 私はここに来たんです」

「…私は渡辺さんが思ってる程、凄くないよ」

「凄いです! 誰よりも凄いです。

 下手って初めて言われました

 でもそれが成瀬先輩から言われたって思うと嬉しいです

 皆、上手しか言わないのに…

 ちゃんとアドバイスをもらえたのは初めてです」

「過剰評価されるのは好きじゃない

 それにここでも教えてくれるのは先生だよ」

「嫌です、私は成瀬先輩に教わりたくてここに来たんです」

「私にも練習があるから後輩みてる余裕なんてないから」

「でもっ!」


「成瀬さん?」

「…先生」

「渡辺さんも、どうしたの?」

「なんでもありません」

「さっきの子の指導終わったけど

 何か取り込んでる?」

「いえ、大丈夫です」

「成瀬先輩!」

「はぁ…分かった

 練習終わったら放課後付き合うから」

「本当ですか!?」

「うん、だからもう戻って」

「はい! 練習終わったらまた来ます」

「うん」

「失礼します!」


「渡辺さんと何かあったの?」

「いえ」

「あんな雰囲気だったのに何もないことはないよね?」

「…」

「成瀬さん?」

「練習見て欲しいって頼まれました」

「練習? 確か渡辺さんは森先生が担当だよね?

 どうして成瀬さんが?」

「憧れだって、

 私に会いたくて教わりたくてここに来た

 そう言われました」


「そっか。やっぱりモテるね」

「え?」

「ううん、なんでもない。始めよっか」

「…はい」




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