第7話 逃走
アキラは運がよかった。序盤はハードなチュートリアル戦となったが、ギリギリ勝利を収めることが出来たからだ。
シヴァの能力を完全に把握していなくても、勝てたのは運の要素が大きかったのは確かだろう。
運が悪かったのは、力尽きる直前の悪足掻きでフォレスト・ウルフに群れを呼ばれてしまったことだ。だが結果は無傷で森を抜けれた。幸運と不運を交互に味わいつつも後は街に向かうだけ、そうなるはずだった。
しかし、結果は何故か進行方向を塞ぐウルフの群れと言う更なる困難だった。一難去ってまた一難とはよく言ったもので、戦いという物をしてこなかったアキラにこの群れを相手にするのは酷だろう。
なら逃げるしか無いはずなのだが、アキラはテンションの落差で放心状態になってしまった。一度遠吠えを味わっていたはずなのに、嬉しさが油断を誘って遠吠えの意味を忘れていた。
安全が確保されていないのに幸運で終わると言う結果が約束されているなら兎も角、不運が終わった矢先なのだ。ソウルオルターの世界に来てから少なくない幸と不幸が続いているのなら身構えて置かなければいけなかった。一度苦しめられた行動なのだから予想しなければならなかった。
予想と言っても一部からは「そんなの予測が付かない!」「仕方ないだろ」と言われるかもしれない。だが、そんなのは弱肉強食の世界では言い訳にすらならない。
待ち伏せに気づかなかったから、殺さないでくれ等と、どこの世界で通じる言い訳なのか?人間ならまだしも、相手は意思疎通のできない獣だ。そんな危機的状況だと言うのに、アキラの身体は未だ動かない。
動かないながらもほぼ無意識に思索する。相手はシヴァの1撃で殺せるとしても、群れを殲滅する前にこちらが息絶えてしまうだろう。それに、そんなことが出来るならフォレスト・ウルフの群れから逃亡の途中で殲滅に切り替えている。
だからアキラはフォレスト・ウルフから逃げることを選択し、それが間違いではなく正解だと思い、追跡から解放された達成感から危機から開放された爽快感から、やはりこの選択は正しかったと納得できた。それ故にテンションも最高潮になり、煽る余裕ができたのだ。
だからだろう、正解であるはずの答えが出たのに結果は不正解と同じ展開がアキラに待っていた。いや、不正解だったならまだしも、正解してしまったせいで不正解した時よりも、心的状況は悪いのかもしれない。
答えを当てても死ぬ、答えを間違えてもやっぱり死ぬ。その「答えは合ってても間違っていても結果は同じです」とでも言いたげな現実は、正解した後に聞かされる側としては、やる気を奪うのに十分だろう。
頑張って正解し、辿り着いた答えが【ウルフ】の【群れ】との遭遇なんて、そんな現実を認識すればショックがでかく、固まってしまうのも当然だろう。おまけにアキラは煽っていたのだから…。
そんなアキラを放っておくかのように現実は動き始める。ウルフが動き出してもアキラの体は何かに縛られたかのように、動き出さないままだった。
アキラが動かないままで居るとシヴァが「がんばれ!」「あきらめるな!」とでも言いたげに右手の中で必死にアキラに向かって脈動する。そのおかげなのか、精神的に冷えたせいで動けなかった体に多少の熱が戻り、体を動かせるようになったアキラは相棒に感謝する。また自分を救ってくれたのだと。
そう、まだ終わっていない。少し帰りのハードルが上がっただけだと自分を鼓舞する。このまま死ぬ訳にはいかないと、アキラは自分に言い聞かせる。
もし己を支える物がなければ今ここまで来れなかっただろう。妹の深緑が居なかったらここに来た時に心が折れていただろう。シヴァが背中を押してくれなかったら動き出せないまま、何も出来ずに取り囲まれていただろう。
アキラは運がよかった。ただ、同時に不幸の中に幸運がちょっと混じる程度の幸運なのだ。
ウルフが動き出してから遅れるように動きだせるようになった身体は、即座に街へ向かおうとするが、すぐそれに待ったを掛ける。深追いをしない判断力を持ったウルフに目的地がバレれば、必ず取り囲むだろう。その位の知性は経験で大凡予測できた。
ウルフの群れが動き出す前だったなら、フォレスト・ウルフと同じ展開で逃げれると思った。だが、動き出しが遅れたためそれはできない。
いくら深緑のことを考え、シヴァに励まされようとも即座に動きだせない事実から、アキラに余裕は無くいつもなら「動かなかった反省会をしないとな」と空元気を出すための軽口を心の中で叩くだろう。
だがそんな言葉すら思いつけない程に、身も心も追い詰められているのが現状だった。
アキラは取り敢えず逃げるための目的地であろうマーカーを見る。視界には設定した方向に矢印のアイコンが表示されており、このまま街に向かって真っ直ぐ行けばいいのだが、ウルフが道を塞ぐ形で密集しているので真っ直ぐに向かうことが出来ない。
単純だが今出来る範囲で急ぎ、作戦を考え実行する。
ウルフの群れに真っ直ぐ突っ込むアキラは、少し街方向と30度程ズラして突進した。その際にウルフ達に向かって威嚇射撃をその方向に行う。如何にもその方向のウルフは邪魔だと言わんばかりに、目的の方向はこの先だと態度で示すため、マガジンの弾丸を撃ち尽くす。
早めに威嚇射撃をすることで、「目的の方角」を誤認させようとしたのだ。タイミングが重要な作戦で、その後の逃走方法も穴だらけの行き当たりばったりな、最早作戦とは言えない物だが事前に計画することに意味はあるとアキラは信じる。
考え無しで行動して後悔するより、自身で意図して動き、結果が伴わないで後悔した方が納得できる。そう考えてアキラはこれまでの人生を生きてきた。
短い間だが、アキラの経験上ウルフは頭がいい生き物で、必ず動いてくれると考えた。ウルフの群れが動かない可能性もあるが、動かないならそのまま追い越せばいいと考える。
果たして、予定通り少しずつ街方向の道が空き始めた。アキラがその行動に心の中で賛同しながらタイミングを見て、後は本来の目的地方面へ方向転換するだけだ。威嚇射撃をしながら進路上のウルフを誘導しようと必死で揺さぶり、ウルフの群れを翻弄する。
予定通り動いていることに気を良くしたアキラだが、まだ逃げてる最中なことを考えて直ぐに気を取り直してリロードし、銃撃を繰り返した。
最後の威嚇射撃を終え、街方向から更に反対方向へと一気に駆け出すフリをする。ウルフ達から逃げ切るために、最後のフェイントを敢行する。そしてすぐに街の方向にターンをして進路を変える。
この時、アキラは完全にウルフ達野生の生き物を甘く見積もっていた。穴だらけの計画が開始直後で綻びが見え始める。
急速に後ろから3匹のウルフが追いかけてくる。アキラは、シヴァの動揺を手に感じ取り、既に全部ではないにしろ数匹のウルフが方向転換を終えていると予測する。
背後を振り返ると同時に数を把握し、その3匹に向けてムーヴショットで補正された射撃をする。2匹に当たり、一番ダメージがデカそうなのを放置し、二番目にダメージがありそうな奴を銃床で殴り殺す。他のウルフは咄嗟のことで、いきなりは進路を変えられずにたたらを踏むも、直ぐに体勢を整える。
そして銃を構え直そうとして、駆けつけてきた一匹がアキラの胴体に噛み付いてくる。咄嗟に右手にあるシヴァで殴りつけようと、力を込めた拍子にそのまま銃口で殴る形になってしまった。
ウルフに当たると同時にシヴァを取りこぼさないように強く握る。その反動でトリガーを引いてしまい『ダァンッ!』という発砲音ではなく『ドガァァン!』と空間が爆発してるかのような爆音がシヴァから放たれた。
ウルフは粉々に消え失せ、反動はさっきより多少強い程度だったが、しっかりシヴァを握っていたアキラの体勢は崩れなかった。
その音に、ウルフの群れはビクッと一斉に身を竦ませる。中には方向転換中だったためか、転けているウルフも居る。なんでこんなことが起こったかは後回しだ。街まで逃げ切れればいくらでも確かめられる。この不測の展開はチャンスだった。
(一気に距離を稼ぐなら今しかない、チャンスを生かせ!)
「アオオオオオオオオオン!」
(!?まただ、フォレスト・ウルフと似たような遠吠え、もう嫌なことが起こる前兆にしか感じないな)
その遠吠えを切っ掛けに、ウルフ達の動きに変化が出てきた。追ってきていたウルフがアキラの前方に出てきて挟まれる形になる。だが、ウルフは何をするでもなく、そのまま同じ速度で走り続ける。
訝しむアキラだが、何かされてからでは遅いのでシヴァを前方の狼に向け、狙いを付けて引き金を絞ろうとした次の瞬間、狙いやすい位置だったため、つい狙いに意識を割いてしまった。
そのせいか、撃った反動なのかと錯覚するほどの脈動をシヴァから感じた。咄嗟に後ろを振り向くと、後方からウルフが接近していた。噛みつくために速度を上げていたが、アキラが直ぐに後ろを振り返ったせいか飛びかかってこなかった。大人しく元の速度に戻っていく。
(前方のが囮で後方のが飛びかかってくるんじゃなかったのか?)
と、考えた瞬間またしてもシヴァから脈動を感じた。その瞬間に前方のウルフが居たことを思い出し、疑問と言う隙を見抜いたであろうタイミングに急いで振り返りながら、焦るように身体を向き直し、噛み付いてくるであろうポイントに右手を強く振るう。右手のシヴァの銃床から何かを弾き飛ばす手応えを覚えつつ、頭の中にアナウンスが流れる。
【レベルが1上がりました。】
ノービススキル【クイックドロウLV.1】を習得した。
レベルが上がるがそれどころじゃない。シヴァは未だに反応し続けている。左右からウルフが足止めではなく、アキラの首に跳びかかりその生命を刈り取ろうと行動を起こしていた。
左に居るフォレスト・ウルフを先程シヴァを振った反動と振り返りの勢いで振り子のようにその遠心力を利用してウルフを殴りつける。
アキラが殴ることでウルフは吹き飛び、右から来るフォレスト・ウルフにはそのまま右腕を振りながらウルフに銃口を向ける。さっきまでなら当たらないが、今はムーヴショットのスキルがアキラのアシストとなって銃口のブレを少なくしてくれる。
そのまま引き金を引くと、銃弾を浴びたウルフが「ぎゃん!」と鳴き、地面に崩れ落ちる。この時、アキラは気がついていなかったのだが、たった今習得したノービススキル【クイックドロウLV.1】の恩恵を受けていた。引き金を引く際、ガク引きによる銃口のブレがなかったため弾丸はウルフを捉えることが出来た。
【クイックドロウLV.1】は、トリガーを引く際に発生する腕にかかる射撃時の反動をある程度抑えてくれる効果を持っている。レベルが上がれば、早撃ちに必要な効果が付与されていくパッシブスキルだ。
素早く対処できたせいかウルフが襲い掛かって来ることはなくなったが、牽制のために後ろへ向けてスライドレバーがかかる程に、シヴァで発砲し続ける。アキラは、弾丸を無制限に使えることに心から感謝していた。
リロードしてから次に備えるが、シヴァからは何も反応がないのでそのまま逃げ続ける。ここまでシヴァは襲い掛かってくるウルフに対して本能的に恐怖しており、それがアキラに伝わっただけだったのだが、それが上手くこの状況にマッチしていた。
ウルフは追跡は続けているが、諦める様子もなく何もしてこなかった。アキラは後ろからただただ追跡してくるウルフを不気味に感じていた。自身の乱れている呼吸には一種の興奮と混乱で気づいていないままペースを緩めずに走り続けている。
この状況下のせいか、アキラはこのまま逃げ続けても良いのかと疑問を覚える。
(まただ、フォレスト・ウルフと同じ動きをしている。諦めたかと思ったが、違うのか?襲ってこないのはラッキーだが、まるで逃さないために時間稼ぎや追跡するのが目的かのような動きだな)
この疑問に対して深く分析したいアキラだが、今はギリギリの逃亡中だ。それが意味することに意識を割いてしまえば、いざというときに対応できなくなる。気になるが、今はそれを捨て置くことにせざるを得ない。
現状は先程のフォレスト・ウルフと同じパターンになってる。ウルフ達は一定の距離を保つだけで襲っては来ない。
さっきの音を出す攻撃に対して警戒しているせいだと思いたいアキラだが、遂に念願の目的である最初の街アジーンが見えた。未だにウルフ達が一定距離を保つのが謎だが、もうどうでもいい。後は街なのだから居るであろう門番に相手をしてもらいたいと考えるアキラだった。
アキラは運が良かった。シヴァから爆音が放たれた隙に逃げることで、四方から襲いかかってくるウルフから逃れることが出来た。取り囲まれながらも勘と運とパートナーのお陰で、ウルフの森からここまで無傷で切り抜けたのだ。戦闘の素人であるはずのアキラだが、反射的な行動が奇妙な程状況に適応している。
直ぐに街の門が見えていき、一人の門番が見える。アキラは「門番が一人か、少なくないか?」と多少訝しんだが、そんなことより今は逃げ込むことを優先する。門番がこちらを見て慌てて街の中に入っていくのが見えた。
門番らしき人物から震えるような叫び声が聞こえる。
「た、た、た、大変だ!ウルフ・リーダーが群れを連れてきた!追いかけられてる人も居るぞー!」
(そうだウルフの群れが来たんだ。応援位呼ぶよな)
走り過ぎて乱れた呼吸のせいか、酸欠気味になっている
遠目から見える門は、頑丈な鉄でできた牢のような柵でその鉄柵は上から下にシャッターのように開閉するタイプの門だった。
アキラが門を見ている。すると、鉄柵がゆっくり降りてきている。アキラは、「あの速度なら間に合うだろう」と逃げ切れそうな気配からか、安堵してしまって少し気が緩むが、直ぐに心を引き締める。
アキラは目の前の「助かりそう」な現状に笑みを浮かべ、「ウォォォォォォオオオン!」という今まで聞いた中でより低い鳴き声らしき物を聞き、体が一瞬竦む。その竦みのせいで走っていたアキラはこけてしまった。だが、運が良かったのか、竦んだ姿勢なのか、笑みは浮かべたが油断しなかったおかげか、こけた草の上で前のめりに滑りながらも。シヴァを握りながら両手を地面に力いっぱい突くことで咄嗟に転がるように受け身を取り、すぐに起き上がれた。
そして、目の前に迫っていたゴールへ向かうアキラは、降りていたはずの門が止まっているのに気づく。が、そんなことより急いで潜らなくてはならないと焦りつつも、門へ辿りついた。
『ガシャーーーーーン!』
「は?」
アキラには理解できなかった。いや、理解したくなかった。慌てて中に入る門番を見た瞬間自分が来る前に門を閉めるつもりなのでは?と一瞬だが考えてしまった。
しかし、すぐその考えを振り払う。なぜならそれが事実と考えていたら、アキラはここまで走れなかっただろうから。
叫び声でウルフ・リーダーと呼んでいるのは、応援を集めるためだからだ。門がゆっくり降りていたのも、そう思っていたからこそだ。自分のことを待ってくれていると思っていたのだ。
だが、なぜだろう。鉄柵はもう閉まっていた。理解できない。理解したら死んでしまうんじゃないかと思うほどに、理解するのを頭が、体が、心が拒否している。
立ち止まったせいなのか、体中が熱く、急激に汗が噴き出してくる。頭から頬を伝う汗をやけにはっきり感じ取ることでが出来る。汗ではなく、油なのでは無いかと思うほどに、その頬を伝う汗の感覚がゆっくりと零れ落ちいてくのを感じる。目の前の現実にただただ呆けてしまう。
鉄柵の前で立ち尽くしているが、致命的な隙とか、逃げなくちゃとか、そんなことはどうでもいい。閉じている鉄柵を眺めてしまう。ただただ疑問だった。
自分の幸運と不幸が立て続けて順番にやってくる境遇は、生きろと言っているのか諦めろと言っているのかわからなくなるぐらいアキラを翻弄する。
「ハァハァ、ま、待て…よ…待て…待て待て待て!なんで?どうして!?なぜ門を閉めるんだ!!」
既に閉じてる門に向かって、アキラは叫ばずにはいられない。疑問を挟まずには入られない。
もし木製の門で閉めるのに時間がかかるため、モンスターを連れ込んでしまう恐れがある。だから閉めると言うのなら、この対処は理解できる。したくないが、理解はできる。
だが、これは鉄柵を下に下ろすだけで、完璧な門になる代物だ。例えウルフが入ってきたとしても、その数は数匹、いや、あいつらの頭なら街の中には入らないだろう。例え入ってきても兵士の数で押せばいけるはずだ。訓練を積んでいるだろう兵隊だ、ウルフに引けを取ったりはしないだろう。
アキラは自身が追い詰められているせいで、事実は別として自分に都合の良い理由を並べ立てる。
アキラは閉まる理由を否定する材料を次々に考え、思い浮かべる。間違えて閉めたなら早く開けてくれ、と思いながら、立ち尽くす。
(なんでだ?有り得ない。有り得ない筈なのに、なぜ俺は中ではなくまだ外にいるんだ?)
想定したくない現実が起こっている結果に対して疑問を浮かべるも、酸欠気味の頭で霞がかった思考が、もはや考えが考えにもならない状態を作っていく。それを改善するためなのか、アキラの身体は自然とゼェゼェと荒い呼吸をする。
アキラの乱れた息遣い以外、何も聞こえない。それ以外音が聞こえないかのように、静かになって閉まった門は一向に動き出さない。
呆けてるアキラの耳に怒鳴り声が聞こえてくる。
「ばっかやろおおお!なんで人が入る前に門を閉めやがったぁ!」
「だ、だってウルフ・リーダーの雄叫びで腕が…」
「ばっかやろう!そりゃ一人で門を閉めようとするからだ!門を閉める前に人が来るのを待てばいいだけだろう!なんで一人で閉めようとしたんだ!」
怒鳴り声の主が何かしようとしたのか、そこで一人の青年らしき声が怒鳴り声の主を抑えるように言った。
「グランさん止めてください!こいつ、門番初日なんです!僕だって席を外していたのがいけないんです!ただ、ただ、運が悪かったんですよ!」
「離せぇ!お前もお前だ!研修で何を教えてやがった!俺の管轄でこんな、「雄叫びにビビって門の外に人が居るけどギリギリで門を閉めました」なんてみっともないことがあってたまるかぁ!」
そんな会話を聞いたアキラは、察した。またなのか…と、ウルフの森からここに来るまで感じていた不運の連続。正確には幸運も相当数あったのだが、気づかない。今正に不運に直面しているアキラには、気づくことが出来ない。
生死がかかった場面で不運に直面しているのだ。小さな幸運で運が良かったなどと思うことが出来る筈もない。
だが、アキラは息を整えながら呆けていないでしっかりしろ、と混乱で思考を投げ出したいのを抑えて己を叱咤する。多少はウルフの数を削ったんだ。だからやってやれないことはない、と。頭の中で最悪のパターンが思い描かれているのを無視して、後ろを振り返ろうとして…振り返れなかった。体が言うことを聞かず、手足が震えている。
なぜアキラは振り返ることが出来ないのか、それは門が閉まる前のフォレスト・ウルフの遠吠えとウルフの遠吠え、そして、門番の「ウルフ・リーダー」と言う言葉が原因だった。
全てはチュートリアルで倒したフォレスト・ウルフのあの遠吠えからだった。あの遠吠えでフォレスト・ウルフの群れを呼ばれるも、なんとか逃げ切った。
しかし、群れのフォレスト・ウルフの遠吠えが結果的には平原に居るウルフの群れを動かしてしまう。
そしてシヴァの爆発するような一撃の後に聞こえてきた遠吠え、あの遠吠えから追跡方法が変わったように感じる。まるで逃さないための追跡のような動き、それはまるで『何か』を待つウルフたちの時間稼ぎのように感じられる。
それから最後にコケる要因にもなった低く唸るような遠吠えで大凡の答えは出ていた。否定したい未来故に体が竦み、動けず、振り返れない。
シヴァが先程から嘗て無いほど強く脈打つが、混乱し、動揺が収まらないアキラは振り返れない。自分を励ますか、急かしているかのどちらかだと思いたい。もう少し待ってくれと心の中で思うアキラに対して、背後から迫ってきているウルフにその思いは届かない。
振り返る覚悟を待たないと言わんばかりに、右手に持っていたシヴァが何かに弾かれた。それは、何故か最初より数を増した20匹のウルフの1匹だ。
そして群れの一番後ろには1匹の他のウルフとは毛色の違うウルフが鎮座している。そのウルフは他とは違い、より雄々しく通常のウルフより一回り大きく、狼なのに立派なたてがみを生やしていた。そのウルフが、睨みつけるようにその双眸でアキラを映し出している。
その射殺すような視線に対して、アキラの頭の中は真っ白でただただ見つめていた。
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