ボクシングアライブ

BANTAMU

第1話 プロデビュー戦!

ブーブーブー…桜井稔侍(さくらいねんじ)はポケットから携帯を取り出して、画面を見た。新堂トレーナーからだ。

稔侍は「はい、もしもし」と通話を開始した。

「デビュー戦が決まったで」

「えぇ!?決まったんですか」

「そう、決まった。相手は江道ジムの辻元宏信。戦績は1戦1勝。その1勝は判定勝ちをおさめている。ウエイトはバンダム級」

新堂トレーナーはたんたんと対戦相手の詳細を話した。この会話中、稔侍は不安と恐怖心で足が震えてしまっていた。

声も震えそうだったが、何とか耐えて「いつですか」と喉の奥から声を絞り出した。

「4月8日の日曜日。場所は難波体育館。時間は17時30分開始。自主興行で、稔侍は第1試合やわ」

「分かりました。頑張ります!」

「ほな、頼んだで」

電話を切った後も、しばらくドキドキが止まらなかった。

今日が2月5日。後、2ヶ月かぁ…

減量もあるけど、とにかく練習や。と心の中で強く思った。

稔侍の家庭環境は不便だった。家族は母親だけだった。母は一人で稔侍を育てた。いわゆる、シングルマザーだ。父親は稔侍が生まれる直前に蒸発したと母から聞いた。それ以上は知らない。生活は常にギリギリだったため、何の苦労もしていない奴を見ると、苛立ってしまう自分がいた。高校卒業後、高田自動車会社株式会社の下請会社に就職できた。自動車部品の生産ラインの仕事は人と交わることが少なく、自分に合っていると思った。

ボクシングは就職して、間もなく始めた。ボクシングジムは大阪の老舗ジム、光新ボクシングジムを選んだ。入門2年後、4回目のプロテストで合格できた。子供の頃、テレビの前で憧れを持っていた、プロボクサーになった。努力が実り人生で一番、嬉しい瞬間だった。

4月8日、試合当日。とうとう来たな。前日計量も無事にクリアーした。あとはやるだけや、もう逃げらない。

ウォーミングアップ前、リングチェックのためリングに上がった。けっこうリングは柔らかいと思った。俺は今、憧れのリングに立っている。あれだけビビっていたのに、今は落ち着いている。

リングチェックを終え、新堂トレーナーにバンデージを巻いてもらう。試合のアドバイスを聴きながら、30分程で巻き終った。丁寧に巻かれたバンデージは気持ちを高ぶらせた。バンデージを巻き終え、ウォーミングアップにとりかかった。ウォーミングアップ中、日本ボクシング機関(JBO)の職員がバンテージチェックのため、俺の所に来た。何やら、マジックで書き込んでいる。書き込んで後、職員は「試合頑張って」と言って、その場を足早に離れた。

試合開始まであと25分。新堂トレーナーが、腕時計をチラリと見た。「ミットしょうか」と声をかけて来た。俺は「はい」と返した。第1試合ということで、アップも計画通りに出来る。ミットは3ラウンド、こなした。適度に汗が出て、心拍数もかなり上昇した。「よし、アップは終わや、グローブを嵌めるから、最後にトイレに行ってきいや」と新堂トレーナーは言った。はいと返事をして、トイレに行った。さっき行ったばかりやったけど、少し尿意があり、緊張が戻ってきていると感じた。控え室に戻り、カッププロテクターを履き、その上からトランクスを履いた。

その後、両腕に8オンスのグローブを装着。8オンスのなんと小さいことか…。スパーリングでは14オンスを使う。オンスが小さければ小さいぼど危険を伴う。新堂トレーナーとは別の八木トレーナーが、俺の正面に立ち、顔、首、上半身の前面にワセリンを塗る。耳までたっぷりと。ワセリンを塗るのはグローブによって顔や体を切れるのを防ぐためだ。グローブは時にはナイフにも代わるためだ。

試合まであと5分。全ての準備が整った。

これより、スペシャルダイナミックボクシングを開始します。リングアナウンサーが興行名を喚呼する。さぁ始まる。俺の心の中でゴングが鳴った。レフェリーを挟み、両選手が向かい合った。レフェリーが注意事項を言っていたが頭に入ってこない。対戦相手とは目を合わさないようにした。後から、聞いた話だが、対戦相手は俺を睨みつけていたようだ。

レフェリーの注意伝達が終わり、選手を残し、チーフセコンドがリングから退去したと同時に試合開始のゴングが会場内に鳴り響いた。さぁ来るなら来い!

第1ラウンド。ゴングと同時に、辻元選手(以下辻元)が凄い勢いで襲いかかって来た。その勢いをするりとステップでかわして、ジャブからワンツーを放った。ジャブは外れたが、ワンツーがヒットした。よしと思った瞬間、辻元の左フックを浴びた。なんだこの感覚は、痛いどころではない。言葉では言い表せない。

痛いの向こう側と言う表現が適当だろうか。

これが8オンスかと、胸の中で唸った。その後は、パンチをもらわないように、距離をとり、ヒット&アウェーで戦った。そして1ラウンド終了のゴングが鳴った。八木トレーナーがすかさず、リングに椅子を差し入れた。俺はその椅子に腰をかけ、新堂トレーナーの指示を聞いた。どんな指示や声かけがあったかは覚えていないが、うんうんと頷いていた。

第2ラウンド。第1ラウンド同様、辻元は襲いかかって来た。バンバンとパンチをもらって後退。辻元は更にパンチをまとめて来る。なんだこの異世界は…。今すぐにでも逃げ出したいと思った。なんとか耐えて、第2ラウンドの終了のゴングが鳴った。インターバル中、新堂トレーナーの激が飛んだ。俺は逃げたいと思ったことを恥じた。

第3ラウンド。辻元は倒しにかかるかの如く、襲いかかって来た。第1ラウンド同様に、その攻撃を外し、ヒット&アウェーで対抗した。ヒット数で優勢、途中コンビネーションも見事に決めた。

第4ラウンド。とうとう最終ラウンド。

お互いグローブタッチを交わし、死力を尽くした。

勝敗は判定に委ねられてた。

リングアナウンサーが勝者の名前を呼んでいる。俺の名前だ!その瞬間、喜びで飛び上がっていた!世の中にこんな爽快なことがあるのかと。この前人生で一番だった、プロテスト合格の喜びを一瞬で抜き去った。

見事、デビュー戦を勝利で飾った。

3-0の判定勝利であった。

【戦績1戦1勝】


















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