第2話ー3
ロック鳥は極めて大型の猛禽類であり、美しい純白の翼を持つ、現存する中では最も旧い
………より正確には、現存するとされている
まあ、とにかく。
少なくとも一般的には、ロック鳥は最速の空の住人だ。羽ばたきは力強く、例えば背中に荷物と人間3人を満載した籠を積んでいたとしても、その速度は変わらない。
速度は、変わらない。
「寒い寒い寒い寒い寒い!!」
高いところや或いは速度ではなく、ロッソは身を切るような寒さに震えていた。
まあ、高度が高くなればなるほど、早く飛べば飛ぶほど、寒さは増すというものだ。
「我慢してくれ、ロッソ。あまり低いと、ディアたちに見付かるからね」
「解ってますよ、ご主人。あの魔術師は知らないですけど、ディアの奴は勘も視力もヤバイですからねぇ………っくし!」
「………ふむ、事情というか、軽い部分は触りだけは聞いたけれど」
風で吹き飛ぶ危険性があるため、眼鏡を外しているパロメは、籠の真ん中辺りでうずくまっている。
その顔色は、常にも増して蒼白い。彼女の場合は寒さというよりも、先程眼下の景色を覗き込んだせいだろう。
高所恐怖症だし、暗所恐怖症だし、閉所恐怖症だし。
パロメの持つ特徴は、趣味である旅にはまるで向かないものばかりだ。ホント、家でだらだらしていてくれれば良いのに。
「それはできない。良い本には、
「だったらもっと特等席を用意してやれば良かったかな、臨場感に溢れた奴をな。ギャハハ!!」
「興味はあるが、君の提案であることを考えれば遠慮しておくべきだろうねバグ。
それで、クロナ。この安全安心な旅も名残惜しいが、いつ頃到着するんだい?」
「1日だね。明日の昼前には着けるはずだ」
或いは、その前に振り落とされるかだ。その場合到着は遥かに早くなる。
「そりゃあ結構。アイツらより1日分は余裕が出来るって訳だ」
「それはどうかな。相手は魔術師だよ、無茶はしないが無理は通してくる筈。君のお祖母ちゃんみたいにね?」
「あれよりはマシ、って思うのは、ちょいと甘いんですよね? ご主人の考えとしてはさ」
私は肩をすくめる。
魔術師相手には、油断だけはしてはいけない。彼らの手段は幅広く奥深い。そして、彼らは躊躇しない。
社会順応性の低い魔術師の何が恐ろしいかというと、まさにその点。彼らは、決して、形振り構わないのだ。
そして、ベルフェは魔術師だ。
割りと形振り構うタイプだとは思っていたのだが、今回の手法は少しばかり強引にすぎる。移動手段には強引さを発揮しない、と思うのは流石に好意的な見方だろう。
そっと、私は遥か眼下の街道を覗き込む。
何があるかは解らない。ベルフェたちがどんな手段で走っているのかも、どんな目的を持っているのかも。
夜空。
いつもより近い月を見上げながら、私は毛布に身を包む。
ロック鳥は、夜目も利く。
彼らの支配していた国では、安易に出歩いた者は夜でもその鉤爪の餌食となった。出歩かない者でも、屋根が古びていれば屋根ごと餌食になる。
思えば、時代は変わった。
今や彼らは背に人を乗せて、人の命令で飛んでいる。そうなってみると夜目も無尽蔵の体力も、人々の暮らしには大いに役立つのだから解らないものだ。
「………クロナ。起きているかな?」
「パロメ? あぁ、起きてるよ」
「ふふ、やはり酒がないと眠れないのかな?」
「………人をアル中みたいに言うんじゃない」
実際、口寂しいのは事実だが。
ちなみにバグは寝ているし、ロッソは………毛布にくるまっている。寝ているのか起きているのか、少なくとも話す気は無いらしい。
私は向きを変え、パロメに向き直った。
どうせ眠れないのなら、雑談に興じるのも悪くはないだろうと思ったのだ。
パロメは、寒そうに震えている。
「なんだ、パロメ。寒いんなら毛布でも使えばいいだろ?」
「そ、そんなもの、パロメが持っていると思うのかい?」
「………必需品だと思うがね」
というか、お前のトランクにはいったい何が入っているんだ。
「勿論、紙とペンとインク。それから金だ。旅というのは、まとまった額の金銭があれば何も要らないのだよ」
「そうか、毛布に入れてやろうかと思ったけど必要ないみたいだな」
「いやいやいや、旅は道連れ世は情け。トランクに詰め込むのはそのくらいだが、持つべきものは頼れる友人さ。というわけでほら、パロメの柔らかい身体を抱き締めてくれ」
私はため息を吐いて、毛布の入り口を開けてやる。
嬉しそうに笑いながら潜り込んでくるパロメの身体は、着ている服も含めてだが、確かに冷たい。
「スーツとか、着替えれば良いのに」
「着替えは用意してない。買えば良いからね」
「………下着とかさ」
「安心してくれ、パロメは着けない派だし履かない派だ!」
「ブホッ!!」
………軽く咳き込むような音が、ロッソの寝ている辺りから聞こえた。
軽く毛布の山を蹴ってやると、もぞもぞと少年は蠢く。とっとと寝ろ。
「お前、というかお前らか。どうしてそう、まともな服装の奴が居ないんだ?」
「ん? どうかな、サロメは薬品が服に付くから、下着にコートだけで過ごしてるんだけどね。パロメのは単に、刺激を求めてのことだから」
「この変態!」
私の言葉にパロメは身を震わせる。
「ははは、変態を書くにはその気持ちを理解しないといけないからね。これも取材だよ」
「想像力で書け。いつも言ってるだろお前。何だっけ、『作家とは嘘を吐く職業だ』だっけ?」
「ま、そこはバランスだよ。やってみなくとも解ることも、やらなきゃ解らないこともある。やってみたいこともね」
やってみたくてやっているのなら、それはもう変態だろう。
ため息を吐く私に、パロメはその身体を擦り寄せながらニコニコと笑う。
「それで言えば、クロナ。君の部下は何をやってみたかったのかな?」
他の姉妹たちに比べてパロメが特徴的なのは、その表情だ。
アロメは常に不機嫌、サロメは無気力。カロメは無表情と、姉妹たちは殆ど感情を表に出さないか、固定されている。
喜怒哀楽を目まぐるしく入れ換えるのは、パロメだけの個性だ。その回転率の高さは、もしかして、他の三人の分も担当しているのではないかと思えるほどだ。
今、彼女の蒼白い顔に浮かんでいるのは、猫のような笑みだ。
獲物をいたぶる、嗜虐的な笑み。
私はため息を吐く。
彼女にとっては、まさに私は獲物だろう。事情を探り、情報を聞き出し、来歴を解体する取材対象だ。
「パロメの知る限りはだけど、ディアちゃんだったかな、彼女にかけられた制約はそこまで強固なものとは思えない。言葉だけで、その後の行動や思考全てを縛ることなんて不可能だと思うね。違うかな?」
「さあ。私は詳しくないからね」
「ふむ。そこはまあ保留しておくか。しかしけれども、不自然じゃないか。たかが操られたくらいで、ディアちゃんとやらは君に牙を剥くような、そんな不忠者なのかな?」
息を呑むような気配が毛布の山から発せられた。早く寝ろってば。
間近で見上げてくるパロメの、満月みたいな不気味な瞳を見下ろす。
爛々と輝く好奇心は、確かに一人分とは思えないほどに深い。
深く、濃密で、粘り付くような好奇心。
私を逃すつもりは、無さそうだ。
「………ディアは、私に恩義を感じてる。馬鹿馬鹿しいことに、命の借りを返したいんだそうだ」
「ふむ、ならば」
「同時に、ディアは私を信頼している。それも過剰にね。私ならあらゆる障害をはね除けて、目的を果たすことが出来る人だと思っているんだ。
どんな障害でも。自分自身が障害になったとしても」
「………」
パロメの言った通りだろう。それが、ディアがやってみたいことだったのかもしれない。
障害を乗り越える私を見たい。
そのための最高の特等席は、障害自身だ。
「愛憎入り乱れるというわけかな。面白いね」
「………あとは、私の教えを忠実に守っているのかもな」
「教え?」
私は、明言したわけではないが、見せてはいた。暗殺者としての心構えを。
すなわち。
「信用第一………『引き受けたら最後までやる』ということを、さ」
最後まで。そして付け加えて言えば、もう1つ、私は余計なことを教えてしまった。
………全力を尽くすということを。
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