第一話ー3
「おーい、ご主人様。いらっしゃるか?」
魔術師が帰って数分後。
バーのドアを開けて、ロッソがひょいと顔を覗かせた。
私はため息を吐く。
「君は、もう少し言葉遣いを覚えようか」
「へいへい。それよりも、問題だぜ」
「問題、ね。………それは、ディアが一緒じゃないことと何か関係があるの?」
訓練の後、ロッソはディアの様子を見に行った筈だ。
多分二人で見てくるだろうと思っていたのだが、どうかしたのだろうか。
「………まさかとは思うけれど、屋台の食事を全て食べ尽くして捕まったとか?」
「そうなる可能性もあったけどな、流石に止めましたよ俺が。あの市に出禁喰らいたくないですし?」
「それは良かった。じゃあ、何があったの?」
ディアのスペックなら、大概の問題なら自力で解決できる筈だ。
それこそ、魔術師でもない限り。
「
「魔術師に、行き逢ったのか………どうなった?」
「あー、取り敢えず落ち着いて下さいよ。そんな、物騒な話じゃないっすから。………いや、物騒なのかな?」
身構えた私に苦笑しつつ、ロッソが事の顛末を語り始めた………。
「っ!?」
気配の主から放たれた魔力の固まり。
視界を焼く神秘の光に、ロッソは息を飲む。
完全に予想外の一撃だ。ロッソに与えられたのはただ一瞬であり――そして、それで充分だった。
ロッソの全身を、魔力が駆け巡る。
視覚聴覚嗅覚触覚、全ての感覚が10倍に加速する。そこから受け取った情報を処理する思考速度も同様に加速し、世界が泥のような遅さに包まれる。
回転を上げた脳から全身に直令が下される。応じる肉体の運動能力もまた、10倍に強化されている。
本来なら極度の集中と幾らかの呪文で発動させるのだが、ロッソはそれを瞬間で行ったのである。
――まぁ、親の七光りみたいなもんだけどな。
自嘲しながら、常識の枠を破る速度でロッソの身体は動き、大きく飛び上がる。
民家の屋根に着地した時点で、光は足元を舐めていった。その先にはディアがいたはずだが、ロッソは心配もしない。
アイツが死ぬわけがない。なにせ、自分でさえかわせたのだから。
「確かに最初に攻撃したのはこっちですけど………ちょっと過激すぎませんかねぇ」
ロッソ特有の魔力、赤黒い茨を纏いながら軽口をこぼす。
飄々とした態度ではあるが、その実、ロッソは焦っていた。
敵は、どうやら魔術師らしい。あの光が魔術でないとしたらそっちの方が問題だし、その事自体は取り敢えずどうでも良い。
問題は、2つ。
1つ目、敵はロッソと同じく無詠唱でこの攻撃を放ったこと。二つ目は、そのレベルの魔術師相手に距離を開けてしまったことだ。
基本的に魔術師は、魔術を行使するのに魔力と呪文の2つを必要とする。呪文は世界へのいわば言い訳であって、これから起こすことが世界の常識から外れていることを誤魔化すための宣誓である。
ロッソがそれを必要としないのは、彼の血筋という特殊な要素ゆえだから除外するとして、そうではない魔術師が呪文もなく魔術を扱ったとするのなら、それは単にそいつの実力が化け物じみているということである。
魔術師相手の定石は単純だ。『近づいて殴る』。これだけ。
ロッソのような(多少の七光りはあるとはいえ)剣士にとっては、それが最善手である。何は無くとも、剣の届くところに近付かないと話にならないのである。
それなのに、ロッソは今、距離を開けてしまった。自分で跳んだ分、今度は間合いを詰めなければならない。
加速した時点で、裏に回って斬るべきだった。ディアのことを揶揄しすぎて、考え方が少々甘くなりすぎた。
距離が空けば時間が出来る。時間があれば魔術師はいくらでも手を打てる。
同行者の事など、だから置いておく。ひとまずは、この敵をさっさと攻略することだ。経過する時間は、ロッソにとって敵でしかない。
剣を抜き、屋根を蹴る。
神話時代の幻獣、【雷鯨】の骨を加工したという乳白色の突剣は、ロッソの魔力によって赤黒く染まっていく。
「やり始めはともかく、始めたんなら終わらせるぜ。こっちの勝ちでな!」
そのまま突撃しようとして、ふと、違和感に気付く。
魔術師の男が、初期位置から動いていない。
「っ、幻術!?」
「ほう、見抜きますか」
声は背後から。
戦いの場にそぐわない穏和な声音は、しかし、10倍に加速した世界で普通に聞こえてくる。
「身体能力強化………!!」
「君ほどの倍率ではありませんがね」
身を捻って放った斬撃が、空を斬る。
続けざまに突き、それを三揃いのスーツを着込んだ魔術師が、踊るようにかわす。
その場に居る筈の相手に攻撃が当たらない。
――さっきみたいに、幻術も混ぜてやがるな………!
『動いていない姿』を見せられていたように、居る姿を見せられているのだろう。
幻術というのは魔術としては格が低い――技術的にも大したことないし、魔力の差があると掛かりもしない。
だが――こうして戦闘に混ぜられると話は違う。
1秒、いや、その10分の1の時間で変化していく戦場で、視覚情報を誤魔化される事がどれだけ不味いか。
例えば、今目の前から放たれる、白い魔力の攻撃は果たして本当の攻撃なのか。それともそれは幻覚で、攻撃は別に来ているのか。
「………厄介だな、あんた」
「それはどうも。こちらの台詞でもありますがね」
「それはどーも!」
ロッソは魔力を回す。
目に見えるものが信じられないのなら、何処に居るのかさえ解らないなら、処方は1つだ――視界一切、焼き払う。
ロッソの対応に気付いたのか、魔術師はひきつった苦笑を浮かべる。
「………少々やり過ぎでは?」
「そうかどうかは、お前さんの死体を見ながら考えるよ」
「それは困りますね。では、抵抗させてもらいましょうか」
男の全身から、白い霧のように魔力が立ち上った。
本来不可視のエネルギーである魔力は、濃度によってはこうして実体化する。その際、魔術師固有の【色】や【匂い】に染まるのだ。
詰まり――こいつは魔力だけで世界を自分色に染められるほどの強者だ。
ロッソは獰猛に歯を剥き出した。昼間の憂さ晴らしにはちょうど良い。
睨み合う両者の間で、それぞれの【色】が軋みを上げる。緊張が高まり、後は破裂を待つばかり。
間近に迫った戦端を、しかし、叫び声が阻む。
「ロッソさん! 止めて下さい!」
「っ、あ? 今更なに言って………うおっ!?」
もちろん声だけで止まるつもりも無かったロッソに、その性格を把握している先輩は、声だけで済ませるつもりは無かったらしい。
突然飛来した真紅の斬撃が、ロッソの足場を砕く。体勢を崩したその後ろ髪を、ディアはグイッと引っ張っていた。
「いたたたたたたっ!? 待て、解った解った解ったから止めろバカッ!?」
「落ち着いて下さい、ロッソさん」
「………テメエ本当いい加減にしろよこら。今そういう場面じゃないだろうが」
屋根の上から文字通り引きずり下ろされたロッソは、背後に立つディアを睨み付ける。
魔術師相手に、こんな
どうやら着替えてもいないらしいお惚け女と遊ぶ余裕は、少なくともロッソの実力としては、有り得ないのだ。
幸い、魔術師は追撃せず、屋根の上で微笑んでいる。
「ほら見ろ笑われてるじゃねぇか。言っとくけどな、これで俺までギャグ要員扱いされるのは御免だぞ馬鹿」
「誰が馬鹿ですか。ロッソさん、良いですか? 私は一応先輩で、貴方より長くクロナ様の下で働いています。だから、貴方よりも知っているのです」
「何を? ………おいおいまさか」
「そうです。あのスーツ姿の魔術師さんを、私は知っていますよ」
そう言って、ディアはロッソの前に進み出ると、淑女のように
「お久しぶりです。今夜も依頼ですか? ………ベルフェさん」
唖然と見上げるロッソと、親愛を込めて見上げるディア。
二人の視線の先で、魔術師はにこやかに微笑んだ。
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