空ノ詩
神月
プロローグ【短編】
どこかの街の、人気のない路地裏の先に、その建物は忽然と存在していた。
時代に取り残された和洋折衷建築で、一階部分は高い堀に囲まれており、外からは完全に見えない仕様となっている。二階部分は正面に大きなバルコニーとガラス扉が見える。ガラス扉は外からの光を遮らないように青いカーテンが左右に括られているが、部屋の中は遠くからも近付いても外からでは見ることはできなかった。
建物の近く行ってみると高いのは塀だけではないことが分かった。来訪者を招き入れるはずの緑青色の格子扉が、それこそ建物の二階に届くのではと思うくらい高く、錠前も手の平二つ分くらいの大きさで立派なものだ。
これでは中の様子が見れないと、格子扉に手を伸ばしてみると、簡単に左右に開いた。どんなに立派な塀や門で守られていたとしても鍵が掛かっていなければ入り放題だ。
少しの不安と大きな好奇心に押されて中に入ってみる。格子扉から入ってすぐの敷地内は、草木や花が鬱蒼と茂っており、屋敷の中庭は全く整備されていなかった。空き家なのかもしれないし、誰かいるかもしれない、と思うと心臓の音が更に大きくなった。
玄関までは一定の間隔に置かれている石畳を、一歩ずつ踏んで進むと玄関前に簡単に辿り着くことができた。
扉前に設置されているドアノッカーを叩くと、ガチャリと音がして扉が僅かに開く。空き家ではないことだけは分かった。
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中に入ると、そこには別世界が広がっていた。異世界に転移したとかではなく、日常から非日常の世界へ、自分の知っているようで知らない土地を訪れた感覚に似ていた。
外の空気と一変して、本のツンっとした匂いと埃っぽさ、室温の低さに身震いする。
足を踏み込むたびに、ぎゅっぎゅっと音が鳴り、部屋の主に来訪者の訪れを知らせた。
「ようこそ、当館『空ノ詩(からのうた)』へお越しいただき、誠にありがとうございます。ここには、性別、年齢、時代、世界を越えて、様々な想いが込められた物語がございます。どれを、どこから、読んでも、読まなくても、構いません。来訪者様の好きにお読みください。
ああ、申し遅れました。私はここの管理者でございます。今は姿、声など未知数だと思われますが、それは来訪者様方の想像の中で確立していただければと思います。堅苦しい話し方で恐縮ですが、ご理解いただきたく存じ上げます。
さて、自己紹介も済みましたところで、あちらが我が屋敷の蔵書となります。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
深々と頭を下げる管理人が示す方角へ、来訪者は足を進めた。薄暗い玄関ホールの先には、ニ階の天井を取っ払い吹き抜けとなった大きな部屋が来訪者の訪れを心待ちにしていた。
壁際の本棚は天井近くまで高さがあり、登るため用の梯子が本を傷付けないよう、本棚に触れないようにいくつも天井から吊るされていた。そのほかの本棚は学校や町の図書館のように一定間隔に列を成して綺麗に並べられている。図書館のようで図書館ではない非日常な世界が広がっていることに、来訪者は思わず感嘆の息が漏れた。
本棚の中に入り、少し進むと、来訪者は気になる本を見つけて手を伸ばす。
「どうぞ、私の“物語”をお楽しみください」
管理者の言葉がどこからか聞こえてきたような気がした。
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