第20話 祝勝会、そして〈1〉

 決勝戦が行われたその日の夜のことだ。

 御幸神社の社務所、八畳が二間続きとなっている来客用の部屋に、鬼島中学サッカー部の全員が集合していた。

 四卓あるテーブルの上には、パーティー用のオードブルセットといった料理が所狭しと並べられている。


「はーい、じゃあみんなにコップはいき渡ったね。それではこれより祝勝会を行いたいと思いまーす。ちなみに食べ物も飲み物もすべて貝さんのポケットマネーなので遠慮なくいってくださーい」


 一人立ちあがっている悠里が床の間を背にしててきぱきと切り回す。


「おい、ちょっと待て」


 彼女に物言いをつけたのは暁平だ。


「なによ」


「なによ、じゃねえ。何で昨日今日と応援にも来なかったやつがえらそうに仕切ってるんだよ」


 やれやれ、といった感じで悠里は首を横に振る。


「あのねえ、あんた自分が口にしたことにも責任持てないの? んんっ、『応援? そんなのいらねえよ。見てな、おれたちは絶対に負けやしない』だったっけね。市予選がはじまる前にそう言ってたの、あたしはちゃんと記憶してるんだから」


「わー、ユーリ姉の物まね、キョウちゃんそっくりー」


 ぱちぱちと要が拍手していた。こういうとき、彼の素直すぎる性格は凶器のように尖ってみえる。

 暁平は要の隣に座っている一年生の千舟に声をかけた。


「ジュン、近くにガムテがあるからそれでカナメの口を塞いどけ。厳重にな」


 常日頃から無口な千舟は黙ったまま頷いて、暁平に言われた通りのことを実行に移そうとする。

 ガムテープを手にした千舟に、体育座りをしていた要は慌てて後ずさりした。


「わわ、ちょっとジュンちゃん、ストップストップ、お願い待って」


「ほら千舟、松本がかわいそうだからそのへんにしとけ。キョウヘイもあんまりむきになるんじゃないよ」


 とりなしてきたのは四ノ宮だった。部外者ではあるが、サッカー部のサポーター扱いということでこの場への同席を悠里から許可されたらしい。そもそもなぜ悠里にそんな権限があるのかについては不明だが。

 四ノ宮にそう言われては仕方なく、暁平は千舟にミッション中止の旨を告げた。

 また黙ったままで小さく頷いた千舟が元の位置に戻ったところで、悠里が手を叩いてみんなに注意を促す。


「とりあえずふざけるのはここまでにしとこうかー。会をはじめるにあたって、誰かそれっぽく挨拶してくれる人はいないかなー? いなければキョウにさせるけど」


「おっ、じゃあ唯一の三年生部員はどうだ」


 提案した四ノ宮を、少し離れた場所に座っている衛田がぎろりとにらみつける。この部の三年生は彼しかいない。

 だが暁平にはいい案のように思われた。

 最もきつかったバレンタイン学院戦での決勝点のシーンは大会を通してのハイライトだっただろうし、何より部に復帰して以降はひたすらストイックに徹してきた彼がみんなの前でどんな挨拶をするのか、単純に興味深かったのだ。

 露骨にいやそうな表情をしてみせる衛田だったが相手が悪い。


「はい、じゃあ衛田に決まりね。ほらさっさと立って。ついでに仏頂面も禁止ね」


 早く早く、と急かしてくる悠里のプレッシャーに負け、渋々といった感じで衛田はその場に立った。


「じゃあ全員衛田に注もーく。では、挨拶スタート!」


 嵐のような悠里の仕切りを受け、暁平からみてもさぞやりにくいであろう状況のなかで衛田はぽつりぽつりと話しはじめた。


「あー、正直、おれがこんなふうにみんなを代表して挨拶するなんておこがましいと思ってる。一年前の出場辞退はおれのせいだったし、久我がいなくなったのもそうだ」


 それは違う、と異議を唱えようとした暁平の口が開きかけたが、悠里に「静かに聞きなさい」と目だけで制止されてしまう。


「本当はこの部に残るべきではなかったのかもしれない、そう思ったときも少なからずあった。試合中や練習中は集中できていても、ふと気が緩んだ瞬間に自分の行動に対して疑念が湧いてくる。おまえ、何でまだサッカーやってるんだ、ってな。その声に耳を貸さないように、振り払うようにおれは必死でやってきた。そんな日々がこういう形で報われたのなら、おれはサッカーの神様を信じたっていい気がしている」


 一瞬の沈黙があった。

 そのすぐあとで、先ほどの要のものとはまるで音量が違う大きな拍手の音がした。四ノ宮だ。

 つられるようにしてみんなも盛大な拍手を送るが、当の衛田は困ったように眉を寄せ、親友に向かって声を張りあげた。


「いやシノ、せっかくだからあと少しだけ続けさせてほしい。こんな機会はなかなかやってこないだろうから」


 これを受けて悠里が「ちょっとお、フライングしないでよ四ノ宮」と責める。言われた四ノ宮はきまりが悪そうに大きな体を丸めて膝を抱えこんでしまった。

 場は再び静かになり、気を取り直して衛田が言葉を続ける。


「このチームには榛名を筆頭としておれより巧いやつが大勢いる。だからおれはこのチームでプレーしているのが面白くて仕方ない。一日でも長くおまえらと一緒にサッカーをしていたいんだ。やめてしまわなくてよかったと心底思っているよ」


「おうおう衛田くんよお、まるで引退の挨拶じゃねえか」


 野次を飛ばしたのは空気を読まない弓立だった。

 もちろんそんなつもりはない、と衛田ははっきりと口にした。


「楽しみな試合がまだまだ残っているからな。FC戦に全国大会、出ていけと言われても居座るつもりだ。おまえらとならとても大きな夢がみられそうな気がする。足を止めずに行こう、頂点まで」


 祝勝会というより決起集会のような雰囲気になり、暁平たちも今度は拍手ではなく地鳴りのような叫びで衛田の静かな檄に応えた。

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