第31話 上野動物園(その1)
それは土曜の夕方の事だった。
「ご主人様」
ご主人様が居間でくつろいでいた所へ、A子が愛用のネットブックを小脇に、畏まった顔でやってきた。
「とーとつですが、私、これを観に行きたいと思います」
そしてネットブックを開き、ご主人様にあるサイトを見せた。
「何このブッ細工な猫」
「マヌルネコ、と言います」
液晶画面には、例えるならアヘ顔の、珍妙な顔をする、ずんぐりとした灰色の猫の写真があった。
「ヒマだったので壁紙になるようなモノを探していたら、たまたま」
「これは……」
ご主人様、思わず吹き出す。
「色んな野良猫を観てきたけど、これほどスゴイのはいなかったなあ」
「野良というか野生の、山猫です。中央アジアに生息してて、ペルシャ猫の祖先とも言われてます」
「言われてみればペルシャ猫っぽいが、これが先祖と言われたら流石に泣くわペルシャさん」
「でも、じっと見てると愛嬌ありますよね」
「確かに。しかし写真があると言う事はまだ生息しているんだよな」
「先ほども言いましたが、中央アジアに広く生息しています。日本にも動物園にいます。この子は王子動物園に棲んでるベッキーといいます」
「王子動物園……大阪じゃないか」
「そうなんですか?」
A子はきょとんとする。
「王子というものだからてっきり、京浜東北線の王子駅にあるものと」
「いやいやいや」
ご主人様は苦笑する。見た目は小学生のA子は、家事その他をこなす有能な女性ではあるが、一方で一般常識に疎い面もあり、それで失敗する事もよくあった。しかしまさか地理も苦手だったとは、ご主人様も意外だったらしい。
「流石に日帰りでは厳しいぞ」
「朝一で、飛行機か新幹線で」
「いやいやいや、慌てるなって。ソレ、ちょっと貸して」
言われて、A子はネットブックを渡す。
ご主人様はネットブックを使って、マヌルネコに関する検索を始めようとしたが、ふと、先ほどのマヌルネコの写真が紹介されていたサイトの一文に目を引いた。
「おや、マヌルネコって上野動物園にもいるじゃないか」
「上野って伊賀上野の?」
「お前わざとボケてないか」
「冗談です」
A子はしれっと言う。いつもの事なのでご主人様は苛つく事もなかった。
「――というか上野動物園にも棲んでいるんですかその子っ?!」
少し興奮気味に訊くA子。意外な、そしてA子の珍しい反応に、ご主人様はちょっと驚く。
「良く読めよ。観たい気持ちがはやって見逃していたか?」
「あ、本当だ」
A子は返されたノートブックを見て驚く。
「上野動物園だったら昼過ぎからでものんびり行けるし金も無駄に掛からないぞ。そーだなぁ、明日観に行くか?」
「観に行く? ご主人様も?」
「明日は店の定休日だからな。たまには動物園も良いだろう」
というか、A子一人では何か問題起こしそうで心配だから、とご主人様は言いかけるが、慌ててソレは飲み込んだ。
「あ、ありがとうございます」
A子は少し戸惑うも、直ぐに笑顔で御辞儀した。
ご主人様は、A子もこんな顔をするんだなぁ、とチョット感動した。
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