第157話 漁の歌

 ジローさんを起動させて集落を出発する。

ここでもやっぱり見送りはない。

別に氷原の民が薄情でないことはもうわかっている。

見送りの習慣がないだけだ。

その証拠にイズガモもイケトック少年も北の祠までの案内役を買って出てくれた。

命の危険を伴う旅になることをわかっていての申し出だ。

丁重にお断りしたが、その気持ちは嬉しかった。

イズガモたちは今後、南のアラートアへ向かうそうだ。

俺の親父? のシャムニクが向かった場所でもある。

シャムニクと爺ちゃんにプレゼントする自家製釣竿を届けてもらうよう彼らに託した。


「兄ちゃん、本当に案内は要らないのかい?」

犬の餌やりを終えたイケトックが話しかけてくる。

「ああ、大丈夫だ。ウチはカイジンが見たいなんて言う酔狂な連中がいるからな。命がいくつあっても足りないぞ」

「そっか……これトナカイのお礼だ」

「お、これ魔石じゃないか! しかもDランクだぞ!」

「死んだ魔物の側に落ちてたんだ。綺麗だけど使い道がないから兄ちゃんにやるよ」

氷の割れ目にはまり、押しつぶされて死んでいたアイスジウルフの横に落ちていたそうだ。

アイスジウルフは双頭を持つアイスウルフで、一般のアイスウルフよりはるかに強力だ。

そんな魔物さえ自然の驚異の前には命を落とすのだから、第八階層がいかに過酷な環境にあるのかというのが改めてよくわかる。

氷原の民は魔法をほとんど使えないし、魔道具の制作も出来ない。

彼らにとって魔石は宝石みたいなものだ。

宝飾以上の価値をもたない。

「おまえ、これすごく貴重なものなんだぞ」

「でも、食うことはできない。俺にとっては1頭のトナカイの方がよっぽど価値がある」

そうかもしれないけど、素直に受け取ることはできないな。

ギルドに持っていけば報奨金の他に感謝状が贈られるレベルの魔石だ。

「受け取ってくれないなら、後は犬くらいしか渡すものがない」

それはもっと困る。犬は好きだけど飼う余裕はない。

「わかった。魔石を貰うよ。その代わりこれを受け取ってくれ」

俺は魔石とお手製のナイフを交換した。

氷原の民と交易やコミュニケーションを図るために予め何本か作っておいた内の一本で、一番出来の良いものを渡した。

トナカイの皮でできたカッコいいナイフケース付きだ。

「いつか俺たち以外の冒険者が来て、そいつらが困っていたら力になってやってくれ」

「約束する。必ずその人たちを助けるよ」

 成長したイケトックは『マキシマム・ソウル』という冒険者パーティーの案内人として第八階層を北上する大遠征を成功させるのだが、それは何年も後の話である。


 カイジンの目撃情報があった海域で俺たちは三日間を虚しく過ごした。

初日は見つからず、二日目は風が強くなったので捜索を断念した。

三日目は午後から捜索を再開したが、やはり見つからなかった。

極夜のせいで視界が悪く、目視では限界があるのが一番の理由だろう。

「イッペイ…………飽きた」

ボニーさんが見たいって言ったくせに。

四日目の今日は新たにサーチライトを搭載したドローン型ゴーレムのドロシーを四機出動させて、捜索を続ける予定だ。

「おっさん、もうこの辺にはいないんじゃないのか?」

ジャンも飽きつつあるな。

この脳筋師弟が!

「そんなことないと思いますよ。ここの浜辺は明らかにアザラシが少ないです。アザラシだけじゃありません。まるで何かに怯えているようにこの海域には生物がよりついてきませんもの」

マリアはこんな時に根気強い。

結構しつこい性格をしていると思う。

自分が所属していた祓魔師チームが壊滅しても、一人でヴァンパイアを追跡していたようなタイプだ。

今も飽きずにモニターを眺めている。

「空から見てても出てこないんじゃないか?」

「どういうことだジャン?」

「だからさ、小舟で海に漕ぎ出せば出てくると思うんだよ」

エルヴィスたちもクジラ漁の最中に襲われたと聞いているし、完全否定はできないけど……。

「まるで海神に捧げる生贄だな。だけど誰が小舟に乗るんだよ。お話の中では、生贄と言えば清らかな乙女とかが定番だけど」

「じゃあマリア頼む!」

「バカ! マリアにそんな危ないことをさせられるか!」

と、ここで皆の視線がボニーさんに集まったぞ。

……ボニーさん目を逸らしたな。

生贄にはなれないようだ。

しかしこのままでは埒が明かないな。

ドロシーから送られてくるのは白く泡立つ黒い海の映像ばかりだ。

 ふと思いついて俺は大型のスピーカーを錬成した。

「何……それ?」

退屈していたボニーさんが俺の手元を覗き込んでいる。

「これは音を増幅する装置です。これを使って歌をうたおうと思いまして」

「イッペイも……退屈なの?」

「違います!」

カラオケをしたいわけではない。

氷原の民は海へ漁に出る時に漁の歌をうたう。

もしかしたらカイジンが漁の歌に反応するのではないかと考えたのだ。

出来上がったスピーカーを船底の先の方へ取り付けて、船内のマイクに接続した。

漁歌はシャムニクのところの爺ちゃんに習ったからよく知っているのだ。


アヤヤヤ イエエエエ アヤヤヤァ

アヤヤヤ イエエエエ アヤヤヤァ

凍った肉はもう底をついた

さあこげよ 目指す場所はまだ遠い


アヤヤヤ イエエエエ アヤヤヤァ

昨日逃がしたアザラシもういない

さあこげよ 目指す場所はまだ遠い


アヤヤヤ イエエエエ アヤヤヤァ


「ほら、みんなも歌えよ」

恥ずかしがるメンバーを並ばせて、マイクの前で歌わせる。

ゴブが美声で格好良かったが、それ以上にボニーさんが上手でびっくりした。

「ボニーさんの声、綺麗です……」

「一人の時……たまに歌うから」

はにかんだようにボニーさんは目を伏せる。

この人は、たまにこういう可愛い表情をするんだよな。

5人でしばらく漁の歌を歌った。

全員狭い船内で退屈していたので、いい気晴らしになった。

「マスター、MPソナーに反応ありです。かなりの大物ですよ」

本当に歌に釣られて出てきたか?

「あ、まずいですマスター。攻撃魔法を展開しているようです」

「上昇しつつジグザグ回避運動!」

俺は自席の前に取り付けられたレバーを握りしめた。

このレバーからジローさんに取り付けられたマジックシールド発生装置に直接魔力を送り込んで船底にマジックシールドを張るのだ。

自動で張れるシールドは防御力800と大したことはないが、このように俺が直接魔力を注ぎ込めば最大4000(一方面に限る)のシールドを張ることができる。

「アイスランス、6本。きます!」

潜水艦から発射されるミサイルのように、海中から紡錘形の氷が飛び出してきた。

一つの長さが8メートルもある氷柱だ。

初弾は右にそれたが、次弾が命中する。

一発でシールドの耐久力が1800以上削られたぞ。

「ゴブ、発煙弾!」

「了解。6番まで全て投下します」

くそ、観察したい欲求に駆られて発煙弾のタイミングが遅れた。

「ジローさん……MPソナーを頼りに、機銃で応戦しろ」

防御で手いっぱいの俺に代わり、ボニーさんが攻撃命令を下す。

4発目のアイスランスが命中してシールドの耐久力がほとんどなくなってしまった。

次弾が命中しない内に張りなおせるかが勝負だ。

5発目はそれた。

いいぞジローさん! 

間に合え!

衝撃音が響き渡りアイスランスの直撃が来た。

だけど命中したのは船底に張られたシールドにだ。

よくやったぜ俺!


「カイジンが引き上げていきます。海中をおよそ時速250キロで移動中。……MPソナーから反応消えました」

報告しながらマリアの表情が悔しそうだ。

時速250キロかよ。

魚の中でも泳ぐスピードの速いカジキの倍のスピードだ。

しかも最大遊泳速度とは限らないんだよなぁ。

追撃はなしか。

煙幕弾や高度のおかげというより、単に興味を失っただけの気がするな。

いずれにせよ凌ぎ切れてよかった。

「マリア、戦闘映像は?」

「四台のドロシーが一部始終を録画しています」

気が付くと、自分でもびっくりするぐらいレバーを強く握りしめていた。

何度戦闘を重ねても慣れるもんじゃないな。

さて、安全地帯に移動してカイジンの映像解析をはじめますか。

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