第143話 蜃気楼に別れを告げて

 西に進むにつれて、砂丘が連なる砂漠は石がゴロゴロとしている礫砂漠れきさばくへと変化していった。

そして礫が積み重なる岩山の谷に、デザル神殿はひっそりと建っていた。

周囲200キロに人間の集落はない。

地上を歩いてきたものはこの世の最果てへたどり着いたような気持ちになるかもしれない。

そんな場所だった。

 ジローさんには人目につかない地点に着陸してもらう。

丁度大きな砂岩の岩山がある。

あそこを素材錬成でくり抜いてジローさんのドックを作ってしまおう。


 大きめの洞窟を作り、ジローさんを格納した。

これで入口を塞いでおけば見つかることはないだろう。

「入口を封鎖するけど、みんな忘れ物はないか?」

「おう! 食料も資材も積み込める物はほとんど積み込んだぜ」

ジャンの言葉にチェックシートを確認していたマリアも頷く。

ボニーさんは既にタッ君に乗り込んでいる。

パワーアップパーツを装着して、体の構造が一回り大きくなったゴブも俺の私物を担いで準備は万端だ。

「よし、行こうか!」

さらば、ジローさん。

また会う日まで。

俺は入口を元の岩山の状態に戻してジローさんを隠した。


 デザル神殿は、第七階層の入口にあたるワルザドの祠ほこらによく似ていた。

小さな石造りの祠で中には転送用の魔法陣しかない。

とんでもなく殺風景だ。

 今回も隊を二つに分けて転送する。

最初に斥候として転送されるのは、マジックシールドを張れる俺と、異常なまでにパワーアップしたゴブだ。

指に嵌めたマモル君で最大のマジックシールドを展開する。

ゴブは取り回しのよいアサルトライフルを装備した。

「いってくる」

「気を……つけて」

ボニーさん、そんなに心配そうな顔をしないで下さいよ。

俺だって少しは成長しているんだから。

……いや、レベル的には一つも上がってないけどね。

「ボニー様、私が付いております。どうぞご心配なさらずに」

「うん」

ボニーさんも生まれ変わったゴブの能力は認めているもんな。

今朝、パワーアップしたゴブと模擬戦をやっていたが、ほぼ互角だった。

「本当は俺が100年ぶりに八層にたどり着いた最初の男になりたかったんだけどな、今回はおっさんに譲ってやらあ」

「偵察をお願いします」

皆に見送られて俺とゴブは魔法陣に乗った。


 転送先も似た様な祠の中だった。

先程までと違うのはとんでもなく寒いということだ。

ギルドカードを確認すると、俺の冒険者ランクは第3位階になっている。

無事に第八階層へ転送されたみたいだな。

「外を確認しよう」

壁に小さな穴を開けてスパイ君ミニを放つ。

わずかに開いた穴から、更に冷たい寒気が室内に入ってきた。

「大丈夫、外には何もいないようだ。扉を開けてくれ」

 木製の扉が開かれると、荒涼たる景色が目に飛び込んできた。

色が白しかない。

全てが氷で覆われている。

アサルトベストに入れておいた腕時計で気温をみるとマイナス26度だ。

時刻は午前10時17分だが辺りは夜のように暗い。

同じ迷宮内で時差があるのか? 

それとも高緯度地域みたいに白夜や極夜があるのかもしれない。

あ、だめだ。鼻水が垂れてきた。

いったん戻ろう。


 心臓がバクバクいってる。

マイナス26度から34度の砂漠に戻って、血圧が一気に上昇したのか? 

寒暖差60度だぞ!

「どうだった、おっさん?」

「寒かった!」

もうね、他の感想なんて吹き飛んじゃうくらい寒いの!

「さむ……い?」

「魔物とかじゃなくてね、砂漠と同じで環境自体が敵だよ。とにかく全員着替えてから転送された方がいいね」

百年前の資料から寒冷地帯であることはわかっていたので防寒用の装備は既に作ってある。

ただし、身体の部分だけだ。

頭はヘルメットのままだし、靴も新装備は考えてなかった。

これはやばいかもしれない。

「とにかく、防寒装備を見直すよ。探索はそれからということで」

「そんなに寒いんですか?」

マリアが不思議そうに聞いてくる。

「それはもう寒うございます。ゴブは凍えてしまいました。どうぞ触ってみて下さい」

「どれどれ――まあ、冷たい!」

マリアがゴブのボディーに触れてびっくりしている。

だけどゴブよ、いくらパワーアップしても凍えるとかいう感覚はつけてないはずだぞ。

マリアに触ってもらいたいだけだろう!


 俺とゴブ以外のメンバーは様子を見に第八階層へ行ってしまった。

「毛皮の帽子にヘッドセットを組み込んでみるか。後は防寒ブーツだな」

「車両も壁と天井、暖房を装備すべきではないでしょうか?」

そうかもしれない。

風って冷たいんだよね。

風速が1メートル上がると体感温度が1度下がると聞いたぞ。

あんな寒い地域でまともに風を受けながら走行したら死んでしまうだろう。

今回は様子見だけだから、車両で周辺をちょこっと探索しようと思ったが、考えが甘かった。

 現在の車両は荷台にだけ幌がついている。

これは荷台全体を覆うものではない。

直射日光を遮り、かつ風通しを良くするために天井部だけに張られている。

今回の探索ではこの幌の気密性を上げ、昨日作った魔導ストーブを使って内部を温めることにしよう。

どうせ次回は第八階層用の飛空船ジローさん二号を作製する予定だ。

車両をモデルチェンジさせることもない。

あるものを活用していくことにする。


 ヘルメットの上からかぶれる大きな毛皮の帽子を作製していたら、祠の中からメンバーたちが帰ってきた。

「……」

寒くて喋ることも出来ないようだ。

「イッペイさん、スコティアの真冬より寒いです!」

そういえば、マリアはボトルズ王国北部のスコティア出身だったな。

冬はかなり寒くなると聞いている。

「マリア様、お手を」

ゴブがマリアの白い手をそっと握る。

「あ、じんわりと暖かいです……」

「ゴブの新機能でございます」

チッ、エロゴーレムが!

「熱帯夜には冷たく、寒い夜には暖かく、抱き枕としても最適であると自負しております」

「私も……温まらせろ」

ボニーさんがゴブに抱き着いている。

……羨ましくない。

俺は煩悩を振り払い、錬成に打ち込んだ。


 防寒装備に着替え、車両と荷台を順番に転送させた。

しっかり着込めば寒さは大丈夫そうだ。

かなり動きづらいが許容範囲内だ。

「しかし、さみーな! おっさん、ここも砂漠と一緒で亜空間ってやつなのか?」

うむ、ジャン君、いい質問だね。

俺たちは最初にその点を調べることから始めた。

調べ方は簡単だ。

以前にラーサ砂漠でも試した観測ロケットを打ち上げるのだ。

 ラーサ砂漠とまるっきり同じで、高度4500メートルでロケットは見えない壁に激突した。

やはりここも迷宮内の亜空間だ。

 上空にドロシーを上げてみたが、見渡す限り集落や人工建物は見当たらない。

「まずは過去の文献にあるアラートアを探してみよう。これより北上を開始する」

本日の予定は北へ100キロ進むことだ。

時速は氷の亀裂などを警戒して30キロまでに抑える。

更に車両の前方に改良した索敵ゴーレムのススム君を走らせて道の状態をチェックさせて進む。

こうしてついに『不死鳥の団』の第八階層探索が幕を開けた。

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