第131話 番台のゴブ

 たき火から20メートルくらい離れたところで近づいてきた親子の影がぴたりと止まる。

「お願いします。どうか水と食料を分けてもらえないでしょうか」

予想通り難儀しているようだ。

「私は奴隷として売られても構いません。どうかこの子だけはお助け下さい」

随分と物騒なことを言っている。

確かに普通の隊商キャラバンのキャンプならば保護をうけられるかもしれないが、盗賊のキャンプという可能性も低くないのだ。

だいぶ切羽詰まっているようだな。

「大丈夫ですよ。水も食料もあるからこちらへいらっしゃい」

打ち合わせておいた通りマリアが呼び寄せる。

男の声よりも安心できるだろう。

それでもしばらくは躊躇っていたようだが、やがて二人はのろのろと焚火の所へやってきた。

やはり母娘のようだ。

母親は30代半ばくらい、娘の方は10歳にはなっていないだろう。

服は砂まみれでかなり衰弱しているように見える。

食料などは使い果たしてしまったのだろう。

荷物は僅かな衣類と空っぽの水筒だけだった。

「さあ、座って。いま食事を作っているから先に水を飲むといい」

俺は親子を焚火の近くに座らせ、カップに水を注いだ。

「ゆっくり飲むんだよ」

少女にカップを手渡すとすぐに手を伸ばして小さな口をつけた。

余程喉が乾いていたようだ。

ゆっくり飲む努力はしているが口を一度もカップから離さない。

最後の一滴まで飲み干しようやく口を離すと小さな声で「ありがとう」といった。

「喉が渇いていたんだね。よく頑張った」

俺が褒めると少女はニヘラと笑った。

なんとも愛嬌のある顔だ。

水を飲んで元気が出たのか、表情がたちまち明るくなった。

「ありがとうございます。昨日最後の水を使い果たして後は死を待つばかりでした」

お母さんの方もお礼を言ってきた。

母親の名前はナーデレ、娘の名前はサナというそうだ。

ナーデレとサナはここから南に100キロ程の小さなオアシスで暮らしていたという話だ。

砂漠の南はなぜか魔物が少なく、そのような小集落が点在している。

だが彼女たちの住んでいたオアシスは近年水が少なくなり、今年の夏に入って水が干上がってしまったそうだ。

移住するにしても小さなオアシスでは土地も水も足りないので大きな街へ引っ越すしかなかった。

「じゃあ、火煙山を越えてナシュワの街に行くつもりだったの?」

無謀ともいえる大冒険だ。

ナシュワは火煙山の東側のふもとに広がる大きな街である。

俺たちの次の目的地だ。

確かに砂漠の南は魔物が少ないし、火煙山もヒクイドリの特性で他の地域に比べれば比較的安全だ。

だけど母娘が徒歩でたどり着けるような旅ではない。

そこまで切羽詰まっていたということか。

「ラクダは二日前に死にました。そこからは日中は休んで、涼しくなる夜に歩いてここまで来たんです」

 とりあえず二人に回復魔法をかけた。

「!! これは……」

「すごーい! 私、元気になったよ!!」

回復したサナは無邪気に走り回っていたが、ナーデレさんはブルブルと震え出した。

「魔法使い様どうぞお慈悲を。何も持たない哀れな親子です」

どういうことだ? 

ナーデレさんは魔物でも見るような恐怖の表情で俺を見ているぞ。

「俺は別に何も――」

「差し出せるものはこの身一つ。私はどうなっても構いませんのでどうぞ娘だけはお助け下さい」

「ちょっと待ってくれ」

懸命に縋りつくナーデレさんを落ち着かせる。

「大丈夫ですよ。俺は何もしませんし、ナシュワまでは安全に送り届けてあげます」

そう言ってもナーデレさんはオロオロと不安そうな顔をするばかりだ。

「平たい顔が……怖い?」

ボニーさん傷つくからやめてください。

 俺だと怖がるのでマリアが事情を聞くと、どうやら魔法使いが怖いらしい。

なんでも、かつて南のオアシスには魔法を使える王がいて随分と酷い政治をおこなっていたそうだ。

己の慰みものにするために女を攫うのは当たり前で、魔法の実験と称して何人もの人間が連れて行かれたが生きて帰ってくるものはなかった。

ナーデレさんの旦那さんも労働力として連れて行かれたまま死んでしまったそうだ。

水を自在に操れたので砂漠ではだれも逆らえなかった。

だが、そんな王も寄る年波には勝てずについには死んだ。

オアシスの民は全員ほっとしたが、王の死後、水は減少の一途をたどった。

暴君ではあったが、王が魔法力で水を確保していたのは事実だった。

そしてついに水は干上がりオアシスは人の住めない不毛の地になってしまった。

そういえば砂漠の民で魔法を使える人を見たことがないな。

ひょっとしたら砂漠の民は魔法が使えないのか? 

その王様とやらは冒険者だったのかもしれないぞ。


 回復魔法のおかげで走り回っていたサナだったがすぐにへなへなと座り込んでしまう。

「お腹が空いて力がでないよぅ」

「待ってろよ、もうすぐスープが出来るからな」

今晩のメニューはラーサ砂漠ではお馴染みのハリランスープだ。

いい感じに煮込まれて周囲に芳香を放っている。

もうそろそろ出来上がるな。

「とにかくご飯にしよう。難しい話はそれからだ!」

 一緒に食卓を囲めばナーデレさんの恐怖も和らぐだろう、そう思って今夜はいつもより品数を増やして豪華な夕飯にした。

生活魔法の「冷凍」を駆使したブドウのシャーベットも作ったが、これが大好評だった。

 最初は緊張していたナーデレさんだったが、俺がサナに色々と食べさせて面倒を見ている内に少しずつ心を開いてくれたみたいだ。

「食事が終わったら温泉に入るといいですよ」

マリアが二人に温泉を紹介している。

二人とも砂まみれだからさっぱりとしたほうがいいだろう。

「私も……入る」

ボニーさんはもう一回入るのか。

随分と気に入ったみたいだな。

日が沈んで気温が下がってきた。

ここの温泉は34度しかないので浴槽に湯を張って温めてあげたほうがいいな。


 岩肌を流れる湯を見てナーデレさんが再び驚愕している。

「こ、これも魔法使い様のお力なのでしょうか!?」

「違います! 偶々ここに湧いていたのを見つけただけです!」

説明するのが大変だったがボニーさんに連れられて何とかお風呂の中に入っていった。

俺、そんなに怖い顔してるかな? 

ひょっとして南のオアシスの暴君って平たい顔だったとか? 

なんかそんな気がする……。

 マリアがナーデレとサナの服を持ってきた。

粗末な上にかなり汚れている。

「今のうちに綺麗にしてあげてください」

「了解」

生活魔法の洗浄を使えばすぐに綺麗になりますよ! 

魔法の力は凄いね。

……ナーデレさん、これ見てまた怯えないよね?


 1時間ほどして、ボニーさんたちがようやくお風呂から出てきた。

堪能していたようだ。

「私、あったかい水浴びなんてはじめて!」

サナは元気いっぱいだ。

「ありがとうございました。貴重な体験をさせていただきました」

そう言って頭を下げるナーデレさんにどきりとしてしまう。

お風呂上りの女の人ってどうしてこんなに色っぽいんだろうね。

なんというか大人の魅力だ。

黒い洗い髪が月の光に銀色に輝いている。

もともと目鼻立ちが綺麗な人だと思ったが、砂まみれだった顔も今は綺麗になり、しっとりとした大人の雰囲気を醸し出している。

「イッペイ……」

「どうしましたボニーさん?」

ボニーさんが打ちひしがれている。

「まさか一日に二度も……遭遇するとは」

「なんに?」

「無敵艦隊……だ」

ナーデレさんは着痩せするタイプだな。

「(マリア様とは違うタイプの体つきです)」

高台で見張りをしていたゴブから思念が届く。

「(お前……)」

「(見張りをしていたら偶然目に入ってしまいました。詳細を報告いたしますか?)」

「(いや、いい……)」

そんなものを聞いたら眠れなくなってしまうかもしれない。

……あいつ、マリアと違うと言ってたな。

ということはマリアとボニーさんのも覗いたな! 

後でお仕置き決定だ!

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