第44話 父と娘

 執務室にあらわれた娘をみて、チェリコーク子爵は穏やかな笑みを向けた。

可愛そうに次女のパトリシアは憔悴しきっていた。

娘の友人、いや恋人だろう、その恋人のイッペイ・ミヤタが収監されてからずっとこの調子だ。

成人し、冒険者をやっている娘に今更とやかく言うことはない。

この家に迷惑をかけなければそれでいいとも思っている。

できるなら二人の仲を認めてやりたい、そう思うくらいの度量をチェリコーク子爵は持っていた。

「パトリシア、今日はいい知らせがある」

「はい…」

パティーの声は暗く、子爵の言葉が彼女の心に届いていないことがよくわかる返事だった。

だが、子爵は知っている。次に自分が話す言葉が娘にどのような影響を与えるかを。

「先ほど王都にいるコーク侯爵から報せがあった。イッペイ・ミヤタに何があったかを調べよというご命令だ」

パティーの瞳に生気が宿る。

「それはどういうことでしょう?!」

「ミヤタ殿は国王陛下にとある薬を献上していたのだ。陛下はその薬をたいそう気に入っておられてな…」

「ええ、そう聞いてますわ。何の薬かは知りませんが」

イッペイも子爵もパティーに薬の効能は話はしていない。父と娘の会話で、普通は勃起薬を話題にはしない。

「うむ。…陛下のお口に入るものだからな、家族にも秘密にしていたのだ」

「そうですか…」

「だが、ミヤタ殿がとらえられて薬の納入が滞ってしまった」

そこまで聞けば聡明なパティーには話の展開が見えてくる。彼女の口の端がわずかに上がる。数週間ぶりに見せる笑顔だった。

「パティー、ミヤタ殿はFランクの魔石を隠匿した罪だったな」

「ええ。前にもお話しましたが、イッペイは第9位階の冒険者ですよ。自分でFランクの魔石をとりにいくなんて不可能です。それに裁判の記録がどこにもないのです」

「うん。ラムネス伯爵の息子に嵌められたという話だったな」

「その通りです」

「前回は動けなかったが、今回はコーク侯爵のお墨付きがある。事件を調べることが出来るぞ」

「お父様!」

自分に抱き着く娘の体を受け止めながら、娘に頼られる喜びが沸き上がる。

その一方で、娘の喜びは彼女の恋人に起因しているという寂しさを味わう子爵だった。

甘くほろ苦い酒のようだ。

娘を愛する父親がいつかは飲まなければならない酒だった。

「さてパティー、早速ギルドに行こうではないか」

子爵が腕を差し出すと、パティーは嬉しそうに父にエスコートされるのだった。



 坑道の壁に鶴嘴つるはしを立てかけて、俺とゴードンはしばしの休憩をとっていた。

「イッペイのお陰で肉の味見が一杯できたからかの、最近儂は昔の力が戻った様じゃ」

力こぶを作りながらゴードンが笑っている。

「感謝するなら猿神様にしてくれ。俺じゃないよ」

「そうよなぁ! ガハハハッ! しかし猿神様、今度は酒でも持ってきてはくれんかのう。ドワーフはやはり酒が必要じゃわい」

「あと3か月で出所なんだ。面倒は起こすなよ」

「そうじゃの。 その通りじゃ! はあ…この5年は長かった…」

ゴードンはもう少しで5年の刑期が終わる。

殺人で5年は短いように感じられるが、彼が殺したのが妻の不倫相手であり、殺す気はなかったという主張が認められた結果だ。

武器を持たず、素手で1発だけ殴ったら相手が死んでしまったという事実が減刑の理由にもなっている。

どれだけすごい拳をしてるんだ?

 このような劣悪環境で5年も生き延びられたのはひとえにドワーフという種族の体力のお陰だろう。

それとゴードンはドワーフの中でも特別丈夫なようだ。

「しかしよく5年も生き延びたもんだな」

「ドワーフはもともと長命な種族よ。儂が63になるといってもまだまだひよっこだ」

「63でひよっこかよ」

「ガッハッハッハッ。……なあイッペイ」

「なんだ?」

「おまえ結婚は?」

「したことないよ」

「そうか…」

「どうした突然」

「………出所は嬉しい。嬉しいが儂は怖いんだ」

「うん」

「儂がここに来た時、娘は14歳じゃった。それがもう19歳じゃ」

「ああ。女の子がガラッと変わる時期だよな」

「儂は5年の間あの子のそばにいてやれなんだ。あれの母親は不倫相手が殺されると逃げるように町を出て行ったそうじゃ。あの子は祖母と一緒にそんな街で5年間も暮らしてきたんじゃ。儂はどんな顔をしてあの子に会えばいいんじゃ…」

そりゃあ、不安になるよな。

「ゴードン。不安になる気持ちはわかるが、こればっかりは考えてもどうしようもないだろ。俺は賢くないからうまいことは言えないが、悪いことをした時は謝ればいいんだよ」

「娘は、モイラはゆるしてくれうかのう…」

「許してくれるまで謝るんだよ」

「そうじゃの…」

「ゴードン。もし元いた町にいられなくなったり、仕事が見つからない時はネピアの街に来いよ。俺の仲間がそこで『不死鳥の団』っていう冒険者パーティーを組んでる。俺から紹介されたと言えば多分仲間に入れてくれるからさ」

「…イッペイ。人に礼をいうなんざこの鉱山に来てから初めてかもしれねぇ。ありがとよ」

うお、このバカ俺の背中を思いっきり叩きやがった。

【HP】6/8になってるじゃねぇか。

そういうのはパティーがやるから可愛くて、まだ許せるんだ。

おっさんがやったら本当に死んでしまうだろうが! 

もう5年、追加の刑期をくらうぞ!

「何を泣いちょる? もらい泣きか?」

「痛くて泣いてるんだよ!」

俺は丹念に自分へ回復魔法をかけた。

まったく痛くて涙が出てくる。

てめぇなんぞさっさと娘さんのところへ行っちまえ。

それでもって、……今度は幸せになればいいんだ。



 迷宮第二階層の壁に剣戟の音が響く。

ジャンが振り上げた剣は空気を割き、闘気がその刃から放たれた。

「斬撃波!」

スキル斬撃波はスケルトンを47体までも破壊し、迷宮の壁に傷をつけてとまった。

「よっしゃあ!」

「ジャン君! うしろ!」

闇に紛れて近づいたスケルトンがジャンの首を狙い、錆びた剣を上段に振り上げていた。

メグの注意のお陰で体を捻ひねり、ギリギリで剣を避けるジャン。

だが大きく体制を崩し、次の攻撃には移れない。

あわやという場面であったが、スケルトンは突如影の中から現れたボニーの攻撃の前に散った。 

 戦闘が終わるとクロがやってきて素材や魔石を回収し始める。

「注意が……散漫」

「わかってるよ」

ボニーに戒められて、思わずジャンは目の前に転がる頭蓋骨を蹴った。

自覚はあるのだ。

図星を指されたから腹が立った。

「ジャンだけじゃない……、メグとクロもだ。またイッペイのことを考えていたな」

「俺はおっさんのことなんか心配してねぇぞ!」

語るに落ちるとはこのことだ。「心配」なんてキーワードが出てきてしまう。

「ごめんなさい……」

メグとクロは素直に謝った。

「しょうがねぇだろ。スケルトンを見るとおっさんを思い出すんだよ。こいつらはおっさんの天敵だからな」

貫通系の武器しか持たないイッペイはスケルトンを大の苦手としていた。

スケルトンは破壊しないと活動がとまらないアンデッドなのだ。

ジャンの言葉にボニーも微かに笑った。

「ふっ……、そうだったな」

「ええ! スケルトンを倒すために1個3000リムもする手榴弾を作って。金銭感覚がおかしいんですよ」

メグが思い出して怒っている。

「この手榴弾そんなにするんですか」

今、手榴弾はクロが持っている。

「そうよ。使う場面を間違えないでねクロ君。むやみに使ったら弁償だからね!」

「はい……」

 イッペイの装備はクロが受け継いでいる。

ハンドガンもクロが装備中だ。

このハンドガンは一発撃つごとに3MP消費するので、弾倉にある弾をすべて撃とうと思ったら48MPが必要になる。

クロはまだ42MPしかないので、撃ち尽くすことはできないが、第一階層では狩りの手伝いもさせてもらいレベルも上がってきている。

今、クロの目標はこのハンドガンを撃ち尽くせるくらいMPを上げることだ。

強くなった姿をイッペイに見せることを楽しみに頑張っている。

クロだけじゃない。

成長した自分をイッペイに見せたい、これが『不死鳥の団』の共通した願いだった。

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