第22話 推測と襲撃

 刀の手入れを無事追えた丁度その時、応急処置を終えた剣持が、襖(ふすま)を開けた。彼女には、車の中で推測を伝えておいた。雪実の証言を付け足すだけで(彼女にとってそれは無用なものかもしれない)納得に至る。

「あのとき、お父さんが言っていた秀長の異変……」

 思い当たる節もあったのだろう。彼女はこれからの話しを、極めてすんなりと、今何をすべきか、というものに切り替えた。

「彼らの力がこれ以上世に出れば、本当に厄介になります。軍隊が制圧してくれればまあ楽ですが、神の実在、死を超越する力、異能の数々が広く知られてしまうのは、危険とかそういう範疇に収まらない」

 そう、この問題はそういう問題だ。現在、日本のひとつの市、いわば極めて小範囲に、現代の人間が扱う兵器に比べればそれほど大規模的ではないものの、されど世に広まっては大いに秩序を乱す力がある。

「秀長を捕縛し、全ての『依代』の在り処を吐かせる。彼自身に過去を変えさせる、彼の能力で彼を殺す、これも不可能でしょうね」

 雪実は、まず捕まえられないだろうし、過去の秀長に研究を止めさせるには、過去の秀長の研究が必要という、これまた解りやすいタイムパラドックスが起こると指摘した。

「元凶を殺せぬことには落胆を隠せませんが、仕方ありません。厄介なことが片付いてから考えましょう。今問題なのは秀嗣が、破壊活動により、秀長に働きかけていることです。どのような方法でもこれを止める必要がある」

 剣持忍が迷うことはなかった、刃の如く鋭く、兄を排斥すると定める。

「しかし、秀嗣が未だにどうやって彼にたどり着こうとしているのかが解りません」

 原田が口に出した。

「一つだけ、考えていることがあります――」

 雪実が、今まで破壊された施設や、個人の住宅を口頭で羅列していった。その途中で、剣持は何かに気付いたようだったが、原田には何のことか見当がつかなかった。

「悠介さん、これらの共通点がわかりますか?」

「どこかで、なんだか恵一がその企業を褒めていたような、からかっていたような……、でも俺としてはせいぜいみんなお金持ちということくらいしか」

 記憶を呼びさまそうとするが、今までのようにはい上手くいかない。

「いえ、十分です、これを見てください」

 雪実が、市史と十数年前の市報を、原田の前に差し出した。ここで原田も考え付いた。

「誰も彼も、地元では有名人……」

 与えられた資料を捲り、そしてその名の表をどこかで見たことを思い出し始めた。

三人が出会ったあの神社だと、原田は記憶を手繰り寄せる。

「恵一と、剣持さんに出会ったときのあの神社、あれは一宮の境外摂社でした。いくつか重複する名前もあった……そうだ、奉納(ほうのう)金(きん)の立て札だ!」

 光景が蘇る、企業名を記憶したのがまさか役に立つとは、原田も思って見なかった。

「そうです、一宮への奉納金額の順に、『新しい依代の所持者たち』は、企業や個人の資産を破壊している」

 雪実は平静を崩さず、説明を続ける。

「特別な意味があるとは……いや」

 秀嗣たちの不条理を感じ思わず不満が出そうになったが、裏にある事実に気付き、原田は自身の声を急いで止めた。

「信仰をなくそうとしている? 確かにあの時、あの世界、おそらくは秀長さんが記したであろう『神国』の天は、罅割れた」

 民が排斥されれば、信仰されていた神、そして神が支配していた土地の力は弱まる。『神国紀』の中にもそのようなエピソードは記されていた。あの世界が物語になぞらえ創られているのなら、人々が信仰を失うことで、あの世界の力が失われ、崩壊に直結することも頷ける。

「『依代』の使用条件に、信仰心が必要なら、その異世界こそ、維持に信仰心が必要な最たる例なのでしょう」

 あの『神国』が、『依代』によって創られているなら、それを機能させるのには、秀長一人の力では足らず、住民からの信仰という動力が必要という説が、彼の娘によって提唱された。そもそも異世界の創造は、とても個人の力でできる事ではない、ましてや、秀長は剣持家の中でも、霊力を喪失した世代だ。剣持の判断に誤りはないだろう。

「秀嗣は、時間を跳躍し、自身で異世界を創造した秀長を、現世に引きずり出そうとしている。信仰を失わせ、彼の異世界を壊すという方法で。あれを殺せるなら協力したいくらいですが、人々に犠牲が出る方法では意味がない」

 生まれ出ずる当然の感情を踏みにじり、彼女は人を守りたいとの使命を優先した。

「秀嗣さえ殺せば、あの集団は機能しなくなる、それは壊滅させたも同然です。それに、あの集団を打ち破った事実は、他の『依代』の所持者たちへの抑止力になる」

 彼女は、秩序を守る者として、決して揺らがなかった。秀長が今まで『依代』の所持者たちの犯罪予告をしたのは、彼女を奮い立たせる大きな力となっているようだった。

 原田の中で、また違和感が膨らんだものの、突如、電話が鳴り、すぐに余計な想像は出来なくなる。

 誰よりも早く、雪実が受話器を取った。

「まずいな、もう喉元までこられた、場所は――」

 秀嗣たち、新しい『依代』の所持者が狙う場所だけを告げて、秀長との通話は途絶えた。

 遣る瀬無い思いを胸に、原田たちは各々、動き始めた。

「行きましょう、これで終わらせる」

 剣持が言った。原田は刀をバッグの中にしまう。彼女は極めて素早く準備を済ませていく。数分後には、原田と、剣持は並んで門の前に立っていた。

「最重要は、秀嗣の阻止と、釜坂彰一の確保。これによって恵一君を取り戻せれば、勝利にも繋がる」

 目的の、最終確認だった。

「恵一は任せてください」

 原田は、おそらくこれ以降に望める最大の働きで、最も向いている、一番したいことを口に出した。

 雪実は二人に、深々と謝罪した。彼はこの場に留まる必要があったからだ。

 原田も剣持も、それを彼の恥とは思わなかった。彼には、大きな責務があると、二人はそれぞれ別の形で知っていた。

 迎えの車が来るまで、多少の待ち時間があった。

「少し、良いですか」

 忘れ物をしたとだけ言い残し、彼は踵を返した。

「ええ」

 剣持は、話しかける前から、ほんの少し寂しそうな顔をしていた。彼女もこれ以上自分の表情を見られたくなかっただろう。

 原田は再び長い歴史を重ねてきた門をくぐった。

「先生」

 精神集中も兼ね、庭の手入れをしている忍の父、雪実に声をかけた。

「……あなた方に全てを背負わせることを、申し訳ないと思っています。許されることではない」

 雪実は、原田の方を振り返り見て、苦々しくその思いを口にした。

「本当に良いんですか?」

 原田は、彼の真意を瞳に写していた。

「これでも、腕には自信があります」

彼は応えた。

「それでも不安です。あなたがここに留まらなければいけなかった理由は、楽なものではないでしょう?」

「やはり、気付かれていました。ここは守護結界の要。そして剣持の家からの奉納金の額も、あの企業群に並んでいる、神社との関係は言うまでもありませんよね?」

「……そして、何より、『神国紀』は秀長さんと、先生が二人で創造した世界を舞台にしている――」

 原田の予想は外れてなかった、ここが危険なのはあらゆる観点から証明されていた。

「責任があるということです」

 それ以外には何もないと言うかのように、彼は達観をもって原田を諭した。

「俺は、危険の話を――」

 思わず、言葉使いが粗野になった。あの反応から見るに秀嗣は原田が『神国』に入ったことを、重要視していた。その秘密を知り、まだ現実世界にいる『一人』を見逃すとは思えない。

 また、原田の中では、雪実が今まで家を守っていたのは、剣持の技術と同時に『神国』に関わるものを所持しているからではとの考えがついていた。

「娘に自分より重い荷物を背負わせる父親なんてものは、本来あってはいけないんです。だから、せめてこれくらいはね。唆したのが兄か秀嗣のどちらであれ、彼の目的はここのはずですから、あちらの強力な駒の一つは、確実に止められることでしょう。恵一君の説得の時間も稼げます」

 原田があの時思ったように父親と娘の二人は似ていた、献身は、偽善でなく当然と考え、そこに、それ以外の雑念などない。

「死亡者を出す前に、彰一の狂気に気付いたまでは良かった。でも、力を剥奪した程度で彼を無力化したと楽観してしまった。私は無神論者の彼が、たった一人拘置所で『依代』を作り出すとは思っていなかったのです。お二人は何も気に病む必要はありません、戦犯があるというなら、私なのですから」

 雪実の内にも、娘のように謂れのない後悔があった。

「恵一は必ず俺が。先生、あとはお願いします」

 原田は、それだけ言い残して背を向けた。これ以上、彼には何も言えなかった。

「娘を頼みます」

 ただ、背中越しに、投げかけられた言葉を誇りに思った。

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