第18話 書いて伝えて、言葉で伝えて

 入院3日目は垂直な1日にすべく、ベッドでほとんど水平にならずパイプ椅子に座りちょっとした机に向かって締め切りに追われた作家のように執筆活動をした。パソコンなどの機器は持ち込めないので、今手元にある入院関係案内の裏紙と3色ボールペンがすべてだ。

 私が手術をすると決まった時に最初にしたことが”ネットで検索”。しかし手術自体がどのようなものかは病院のホームページで解説されているものは見つけることが出来ても、肝心の”どのくらい痛いかどうか”という患者の感想は見つけられなかった。人が不安を抱くのは全貌がわからないからであり、同じことでも2回目からは”既知”というアシストが入り、それ以降は”慣れ”というドリブル突破でゴールに至る。ならば今回の私は幸か不幸かの半身麻酔。手術の全貌を記憶している訳だ。私のアシストで例え僅かな人だけでも不安が取り除ける可能性があれば、書いたことに意味があると「ぬぬぬぬぬ」の5文字に祈りを込めた。おしっこの管を外すと食事と体温・血圧の巡回時以外はどこにいても支障はないが、朝から晩まで椅子に座って書き物をしているこの患者を定期的に来る看護師さんは、入院しても仕事に追われている気の毒な患者だと思っていたであろう。尿管結石の手術翌日でもこうやって起きて好きなことがやっていられるという訳だ。私の場合は体にメスが入っていないこともあるが、休日にグダグダしているよりも手先に限りアクティブな入院生活だ。


 おかげでこの日はあっという間に夕方になった。ひたすら書き続け、トイレ以外に外に出たのは紙がなくなった時に1Fの売店までレポート用紙を買いに行ったくらいだ。


 病室の一角に陣取っているとカーテンのむこうの”3大翁”の人生物語が聞こえてくる。s翁は今日が手術だったので病室に戻ってからは発熱や嘔吐で苦しんでいた。高齢の上、私とは違う泌尿器科の手術なので心配だ。それを看病する娘さんも気丈に励ましている。o翁は相変わらずの”空想式自動連想聴力”で独自の世界を語っているが、言っている内容は感謝の気持ちと家族を思いやる気持ちで一貫していた。翌日に大きな手術を控えているらしい。この先一日でも長く生きれたら儲けものだと言っていた。i翁は明日から始まる新しい治療の説明に希望を持ちながら看護師さんとの会話を楽しんでいるようだった。決して簡単に完治するような病名ではなかったと思う。なんだか私のような相対的若者が結石でこのベッドを占拠しているのはおこがましく思われた。



 *「この時間から担当します。Sです。」


 看護師Sさんが帰ってきた。点滴の管の中に何の拍子でか空気の気泡が混じって血管に入っていっちゃたんだけ大丈夫なのかとか、トイレに行った時に点滴の管に血液が逆流して管が真っ赤になったとか、今日一日にあったことを思い返しながら声をかける。


 S「基本的に圧の関係で血管に空気は入らないようになっているんですよ。仮に入っても体内で吸収されてしまいますから大丈夫ですよ。知らないことは不安になりますよね。」


 S「点滴の高さも圧で決まりますから、体の大きさによって高さは変わるんですよ。寝ている時はいいんですけど、起きると逆流することもありますがちゃんと戻っていきます。」


 この時間は元気で活発な看護師Sさんだ。


 S「この点滴で最後になります。明日の朝に外して退院ですね。」


 ”へんてこおにぎり”を生み出したその手で最後の点滴をセットしている。





「ありがとう・・。」




 ようやく言えた。

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