121~130

121

 気づけば私は、見知らぬ男と寄り添って眠る自分の体を見下ろしていた。は? 何? 

 昨日はバーで怪しい男と話し込み、それから。

 目覚めた彼が「おはよ。君さ、実はメインの自我じゃないのよ。正体は怪異」と衝撃の事実を告げる。私は私じゃ、ない?

 呆然とした私がそのはらい屋の相棒になるのは、また別の話。

―怪異と祓い屋



122

 地球の皆さんは、僕が迷子になっていた間、さぞ不安だったと思うでしょう。実は全くもって逆で、何も聞こえない宇宙をさ迷いながら、僕は自分が全世界の王になった気分でいました。

 皆さんが絶対に見つけてくれると信じていたからです。

 じきにそちらに着きます。とびきりの勇姿、見逃さないで下さいね。

―宇宙の王より



123

 王子は将来の妃となる姫に紙を手渡しました。『沈黙の姫』と筆談するためでしたが、姫は文字を書く代わりに紙を折って動物や紙飛行機や花を作り、王子はたいそう喜びました。

 姫は長じて『沈黙の王女』となり、医院や教会を紙で折り、それを夫である王が作らせ、二人は永く民に愛されたということです。

―沈黙の王女



124

「書かないよ、小説なんて。何の役にも立たない」

「そうかもね。けど、君は自分の人生をクソだと言った。羨ましい、ねたましい、別の人生なら自分にも夢があった。そう思うなら実現しよう。君の人生に復讐しよう。小説は、何でもできる」

「……書き方が分からない」

「私が教える。さあ始めよう、復讐だ」

―復讐



125

 秋の夜長に読書灯だけ点し、レコードをかける。静かで満ち足りた読書の時間。こういうのを秋灯しゅうとうというそうだ。

 第三次大戦があって通信網も交通網もおじゃんになり、生き延びた人類に残されたのは小さな自給自足のコミュニティと本だけだった。

 滅びを待つだけのささやかな日々も、私にとっては好ましい。

―滅びを待つ



126

 ――宇宙を創出したいんです。


 そう語るK氏はプロ棋士から陶芸家へ転向したという異色の経歴の持ち主だ。彼の絵付けは超細密で、アラベスク模様を思わせる。


 ――計算では盤上にも創出可能なんですが、私は凡人だったので。


 彼の言が比喩でも何でもなかったと我々が知るのは、この記事が出て十年後のことだ。

―宇宙の創出



127

 いい大人が数年ぶりに会ってやることが団栗どんぐり拾いって。舞なら付き合ってくれると思った、とあおいは悪びれず笑う。


「舞知ってる? リスって木の実を土に埋めるけど場所を忘れるんだって。でも春に芽が出るから意味がある。なんか良いよね」


 意味、か。封印していた私の彼女への恋心も、芽吹く日が来るのかな。

―団栗みたいに



128

 縁結びって人間以外にも有効?

 元彼のひ弱さに嫌気が差して神社にもうでると、いつしか本殿に迷い込んでいた。そこに、ほっそりした神様的存在が寝そべっている。


比興ひきょうな娘だ。夫婦めおとになれとは言わん、私を楽しませよ」

「私、筋トレ教えることしかできないけど」

「構わん」


 人生、面白くなってきたじゃん。

―彼氏と縁切りしましたが、神様に筋トレを教えることになりました



129

 俺は内陸育ちで、海に行きたくなる衝動は全然分からない。そう言ったのに、大学で出会った友人は聞く耳を持たない。


「いつか分かるかもしれないから、僕と思い出作っとこう。人生は長いよ」


 引き潮で現れた浜を歩きながら、妙に達観した友人が笑う。今さら青春とか恥ずかしいな。けど、悪くない気分だ。

―いつか波が返すまで



130

 じっくり煮込まれた赤身の肉は、口に含んだ途端にほろほろほどけていく。芳醇な風味を堪能し、同行者とこの味なら活用できると頷き合った。

 自らの種のゲノムを編集して新人類をつくり出した旧人類は、世代間で生殖が不可能となり地球のお荷物となっている。我々の食糧になれれば、彼らも喜ぶことだろう。

―新奇なる食糧

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