Packet 15-1.Do you want to see that festival?

 乱れた汽笛を吐き鳴らし、蛍は一人山道をひた走る。上着の布地は大きく破かれ、手で押さえなければ下着姿と変わらない。しゃくしゃくと足音を鳴らすスニーカーには落ち葉の装飾が施され、乾燥した葉柄は靴下の網目を突いてくる。


「誰か、誰か助けてッ‼」


 森の中では迫真の声に応えるものはいない。確実に迫る男たちの行進だけが、彼女を背後から掻き立てる。ようやく膝を折ったその先に目を凝らすも、続く景色は山川草木。後ろから伸びた男たちの腕は主の命に従って、蛍の体を組み伏せた。


「ヘイヘイヘイ、こんな所で何やってんだ?」


 山中に似つかわしくない男女の生々しい合唱に、巨躯の異人が姿を現す。蛍が目を凝らした先から現れた大男は、一体どこに姿を潜ませていたのか皆目見当もつかなかった。

 気持ちを体で表す様に両手を広げた異人の姿に、蛍の体を押さえていた男たちの顔が一斉に向けられる。蛍はその瞬間を見逃さず、馬乗りになっていた男の指に噛みついて、緩まった拘束を解いては異人の胸元に飛びついた。


「助けて下さい! 私あの人たちに襲われてッ!」


「おぅおぅ、そいつは災難だったなぁ……だけどわりぃな姉ちゃん。あんたみたいな女は歓迎したいところなんだが、生憎今は先約があってな」


 異人はそう言うと、品定めを終えた蛍を名残惜しそうな顔で突き放す。彼女の方がすっぽり収まる程の大きな手は場合によれば安心感を得られるが、今の彼女にとっては死刑宣告と相違ない。

 捨てられまいと必死で組み付く青い蛍に体が反応しそうになるも、背後からの気配に負けて、男はなんとか引き剥がそうと徐々に腕の力を強め始めた。


「おたくらの盛り場荒らしちまったのはわりぃが、今日はこっちが先だ。ヤるなら女連れて別の所でヤって――」


 乾いた炸裂音が二度鳴り響き、騒立つ住人たちの気配が消える。脇腹を押さえ関節が壊れた足を起点に巨体が地面に倒れ伏す。

 悶絶の最中。男が見上げた視線の先には、熱を持った銃身を此方へ向けながら、半裸の女が不敵な笑みを浮かべていた。


「ふり~ず! なぁんて、状況見て分かりますよね。まったく、助けを求めるか弱い乙女を見捨てるなんてひでぇ輩がいたもんですねぇ」


 どの口がほざくのかと男は思えど、正しく立場が逆転したその身では痛みに耐えて脂汗を流すしか出来ない。自分より小柄だった彼女の右手に握られたそれからは、迷いなど一切感じられなかった。


「さて~、他にもまだ居ますよねぇ? お仲間の解体ショー見たくねぇならさっさと出てきて下さいな」


 声は響けど姿は見えず。一向に現れない居る筈の相手は、追加で男の肩を撃ち抜いてみせてなお、此方に主張を示さない。不審に思った蛍は暴漢役だった部下たちに自分の周囲を固めさせ、撃ち抜いた肩を踏みつけて男を見下した。


「何時までもち〇ぽおっ立ててねぇで、さっさと仲間の居場所を吐くんですよ。それとも撃たれて喜ぶマゾですか」


「はは、はッ――この国には貧相な女しかいねぇと思ってたが、侮ってたぜ。でっけぇのが好みなんだが、そう目の前で挑発されると、滾っちまってしょうがねぇ……血が足りねぇからよ、ちょっと腰でも下ろして、落ち着いてから話をしねぇか?」


 腰だけを器用に動かす姿に、蛍はそそり立つ象徴を蹴り上げて男の挑発に応えてやる。傷口から広がる液体はいよいよ彼女の靴に新たな彩を加え初め、別行動の線を視野に入れ始めたその時――盾の一団から悲鳴があがる。


「姐さん‼」


 背後左右をとられた不甲斐なさに舌打ち一つ。彼女は動ける者を引き連れて木々を使い射線を遮る。意味をなさない人質は、事のついでに始末された。

 幸い奇襲の被害は少なく、異人の死体と共に居るのは足に当たった数名に留まっている。追撃を受けてはいるが、凶器の種類次第では生き延びるだろう。


 それもそのはず。敵の攻撃は矢に鉄球、そして雑多なナイフ群であり。火器と呼べる痕跡などどこにも見当たりはしなかった。


「姐さん、あいつらチャカ持っとりませんぜ。あれくらいならワシらだけでも」


「駄目っすよ~いま出ていっちゃ。無駄弾撃つのも助けに行くのも禁止っすから、全員回りこまれない様にだけ注意して下さい」


 仲間を見捨ててまでの奇襲――意表を突いて仲間を助けられると画策したのだろうか――蛍は首を振る。仲間を助けるつもりなら最初ので既に顔を出している筈で、本当に見捨てるつもりならば攻撃などせず潜伏するかこの場を離れているだろう。

 そうしない理由。思い当たる単純な解答が彼女の頭に過り、歪んだ笑みを深く刻む。


「てっさん、落ちてるエモノから目を離しちゃ駄目っすよ」


 彼らは勝てると踏んでいるからこそ此方を攻撃したのだ。銃を持つ集団に、殺傷能力こそあれど原始的な武器で対処できると確信しているから狩りに乗り出した。

 目を凝らしても姿の見えない蛮族は、こうしている間にも次の追い込みをかけてくるだろう。この一瞬で蛍はそれを感じ取っていた。


「舐められたもんですねぇ」


 体を支える手に力が入る。出し抜かれた事への憤りもあるが、なにより相手の思惑通りに追い詰められている事が視覚ではなく触覚として精神を逆撫でする。

 分断・囮・誘い罠。やりようはどうあれ数を削られる事は、警戒で済まされている現状を考えれば死を同義とする事は考えるまでも無い。

 森全体から迫る重圧に汗を流し、蒸気を吐き出す口内は乾きに痛みを覚え始める。


「困りましたねぇ~これは。銀髪の子は此方で処分して構わないと言う事で宜しいですかぁ?」


 ――ふっと体が軽くなる。見えなかった相手の気配が感じ取れる。隠れていた壮年の男が現れた場所は案の定、何時でも仕掛ける事が可能な位置だった。


「これはこれは、随分お見苦しい顔合わせで申し訳ない」


「演劇の続きなら他所でやれ。要件はなんだ」


 もう一つの問い。蛍たちを排除しなければならないと判断した理由。こんな辺鄙な場所で一芝居打ち、相手が複数である事を知っているのなら当然漏らした人物が居ると言う事。

 彼らにとってその人物が人質足り得るかどうかの賭けは、蛍の方に軍配が上がった。


「いやぁお宅の娘さん、うちのボスが随分と気に入っちゃったみたいでですね。今もお借りしてる最中なんですが、もしよければうちらに売って貰えませんかねぇ?」


「生憎と売り物じゃないんでな。女が欲しいなら他をあたれ」


「もう一人の娘も、ですかね?」


 即答していた男の返事が確かに止まる。表情を変えないまでも対処しあぐねている様だった。アイラを通じて何処まで情報を得て、何処までを含めて此方へ接触したのか……探っても分からぬ腹の内は互いに同じで、蛍も男にとってアイラ達が物以外の価値が無い事しかわからなかった。


「いえいえなになに、別に傷をつけようって訳じゃないんですよ。まぁ別の意味で血は流れちゃうかもしんねぇですが……そこはほら、今こうしてるって事はそちらさんとしてもOKって事ですよね?」


 男は胸ポケットに手を伸ばしそうになって手を止める。一挙手一投足に血走る部下を目で殺し、黙する事で同意を得た蛍は一人交渉を進める。


「一日だけ二人をお貸し頂けるなら、それなりの謝礼とそちらさんがこの街で要件を済ませるまで援助はさせて貰いますよ。どうです?」


 同じ穴の狢。互いに真っ当ではない以上、地元の協力を得られる事は有益である。組織が大きければ大きいほど部外者からの邪魔は少なく、事後処理の手間も減る。伝手の無い土地で武器の所有すら難航する状態では、願ったり叶ったりな提案だった。


 男は熟考の末、右手を軽くあげる。事ある毎に反応を示す蛍の部下たちは、まるで鳥や魚の群れの様に一斉に銃口を向けた。

 だが意識が一斉に男に注がれるなか沈黙を破ったのは、無警戒の両脇から現れた男女の足音だった。


「いいだろう、だが信用は出来ん。俺達も同行して先にそっちの娘が本当に傷モノになっていないかどうか確認させてもらう」


「それはお安い御用ですよ。なんなら宿もご用意しましょうか?」


「それと武器だ。移動する前にそちらの銃を何丁か此方に譲って貰おう」


 おべんちゃらなど結構だと男はしゃがれた声で強要する。有無を言わさぬ態度に蛍は御破算させる事も考えたが、変わらず一定距離を保つ三人に要求を呑む以外の状況打開が思い浮かばなかった。


「おい、人数分は絶対だ。他の二人にも渡してやれ」


「生憎と自殺志願者じゃあねえもんで……お宅ら相手にこれ以上渡すのは街に着いてからじゃあないと、こっちはおちおち下山も出来やしませんよ」


「ならさっきの話は無しだ」


「うちらが戻らねぇと銀髪の娘はどうなるか保証しませんよ?」


 部下たちが牽制し合う中、二人の間で空気が爆ぜる。互いに譲らぬ姿勢を崩さぬままに無言の圧力をぶつけ合う。慣れない緊張に若手の指が引き金に触れそうになった時、ようやく男が息を吐いた。


「ならあんたらが先導だ。俺達は見失わない程度に距離をとらせて貰う」


「どうぞご自由に。あぁ出発の前にまずはそちらの商品を見せて貰わないと」


「こっちの娘はこっちで運ぶ。あんたらは先導さえしてくれりゃ問題ない筈だ」


「とは言っても、曲がりなりにもうちらはボスに届けるんです。不備があっちゃあどの道ここで首置いて行くのと変わりありませんよ」


「おいおい、渋るだけ渋ってこっちには追加要求するなんて、あんたら状況わかって言ってるのかい?」


「そりゃあもう。ここでドンパチ始めたら、うちらは森の肥料になりますが、こっちは商いやってんです。そう易々と下手に出てちゃあ稼げるもんも稼げませよ。それはお互い様でしょう?」


 細身の男が傍らにある木の幹をスリングショットで小突いては威嚇する。子供が扱う玩具とはわけが違うのは見た目からして判断できる。

 何時もの彼等ならば火器に比べれば玩具と笑ってしまえるのだが、彼らの経験がそれを許してくれなどしない。薄ら笑いは浮かべていても、手に持ったゴムを弾く度に緊張の糸はほつれだす。


「……状態確認だけだ。ここに連れてこい」


 リーダー格の男が仲間の女へ合図を送ると、女は警戒を崩さぬままに男の背後へと消えてゆく。互いに無言の意見交換にらみあいが続く中。程なくして戻って来た女の片腕には、くぐもった悲鳴をあげる金帚が垂れ下がっていた。

 ボウガンを構えたまま地面に寝かされた金糸の少女は、その軽い衝撃だけで体を痙攣させて塞がれた口の代わりに喉を鳴らす。


「あいやぁ、こりゃ確認して正解じゃないですか! 薬漬けなんて聞いてねぇですよ」


「ん? あぁまぁ逃げようとするもんでな、一時的な症状だから問題無い。むしろそっちの要望になら十二分に応えられる状態だ」


 見るなら早くしろと言わんばかりに女が矢の先で指図する。微生物の温床である絨毯は大地の硬さなぞ感じさせない程に柔らかいが、今のカルエにはその毛先すら拷問器具と大差ないのか、近づくにつれて喉の裂ける音と跳ね散る汗が生々しい。

 彼女がカルエの肌にそっと触れてみると打ち上げられた魚の様に体が跳ねて、反動で打ち付けた体がまた強く喉を焼き、その異常さをまじまじと伝えていた。


「ちょいちょい、これどうやって運ぶ――」


 顔を上げた蛍の眼前、光る矢の先端から女の顔が垣間見える。彼女を警戒していた部下の一人が声を荒げて発砲する。だがそれはあまりにも遅すぎた。


 矢の先の琥珀色の目は眼下の獲物など映してはいない。女はそもそもそこには留まらない。蛍の部下が此方に気付いた時には片足は既に浮いていたし、引き金に手が触れた頃には既に体は跳んでいた。マズルフラッシュが出る頃にはその場に体は存在せず、発砲音が届く頃には女の体は綺麗に受け身をとっていた。


 ――彼女はそもそも、狩る役目を負っていない。


「――ッ‼」


 それから始まる大合唱。転げる女の背後で構えていた本命に対し、蛍は盾を持ち上げる。咄嗟とはいえ二つの理由でそう動けたのは不幸中の幸いだったのか、男は銃声に負けない舌打ちを響かせた後にすぐ隣の木の後ろへと身を潜ませた。

 威嚇射撃で応戦し、暴れる盾を担いで仲間の下へと体を滑らせ移動するが、既に背後は大混乱の地獄絵図。始まりの撃鉄が下りた瞬間から細身の男は解き放たれ、部下たちが挟まれていると気付いた頃には半数が土に顔を埋めていた。


「てっさん!」


「姉さん先に走って下さい。ワシらすぐ片付けて追いかけますから!」


「――今日は私の手料理ですよ!」


「そりゃ楽しみですわ!」


 殿を部下に任せ、蛍は震えるカルエを抱えなおして走り出す。戦線離脱する目標に傭兵が気付かない筈もなく、追い打ちを狙って動くが動けない。文字通り決死の覚悟で肉壁として纏わりつく兵隊は、歴然の差があってなお傭兵たちの動きを止める。

 撃っても撃っても前進し、一撃必殺でなければ倒れもしない。死体から武器を奪うのならば、頭蓋を砕かねば手首を喰われる。


 しかし彼らも喧嘩の延長で銃を扱う者に負ける筈がなく。プロとしての意地が数の減った鎧の隙間を通して見せた。


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