THE FATAL MOMENT HAS COME

ふじ~きさい

飛海寨城2020

プラメテルダ歴二〇二〇年五月三日 02:54:56pm

パイソン・プレストンの帰還 1

 病的な。病的なまでの白は、白というより青く目に焼き付く。目に焼き付いた青く白い光。浮上した意識は最初にそれを認識した。続いて、あまりにも無音であるせいか、耳鳴りがこだまする。


 気がつけば、男は生活感のない青く白い部屋の天井を眺めていた。その天井には照明器具はなく、天井そのものが淡く光を灯していた。くらむというほどのまばゆさではなかったが、残された右眼ヽヽヽヽヽヽに熱を感じ、目を細めた。


 前後の記憶が曖昧ながら、まずは自身の置かれた状況を確認するために周りを見渡す。広さは四畳半ほど。窓はない。閉ざされた扉が一つあるだけの密室であった。いや、唯一の調度品として男が寝かされたベッド。それだけがこの小世界の全てだった。死後の世界とは案外こんなものなのかもしれない。気が狂いそうな白の中、唯一の出口は閉ざされ。ただただ、それが続くだけ。


 何を馬鹿な……。脳裏に浮かんだ益体もない考えに、男は一人ごちる。死の先には何もない。無だけだ。無という概念すら消えた、空白。このような考えすら浮かばない、未来も過去もない。


 ベッドから立ち上がった男が、部屋と同じ色の病衣を己が纏っている事に気がついたと同時に、唯一の外界との接点であったドアが軽く空気を噴出する音とともに開かれた。果たして、姿を表したのは、マシンガンを肩から下げた黒髪と金髪の二人の衛兵であった。徹底した防音設備が施されていたのだろう。ドアが開くまで、足音どころか、その気配に全く気づくことができなかった。


「もう立ち上がれるとはな……」


 金髪の衛兵が感心したようにごち、そして余計な事を言ったとばかりに慌てて口を閉じる。


「……」


 衛兵の素直な感嘆の一言であったが、それに応じる男ではない。無言にて衛兵二人をめつけつつ相手の出方を伺う。


 その男から放たれる一種の空気、尋常のものではない。だが、それらより輪をかけて男の異様さを雄弁に語っているのは、そのおもてだ。失った左の眼を覆った眼帯。そして、残された右の眼は蛇の牙のように鋭く、剣呑な光を揺らめかす。そして、顔を覆う無精ひげは、その暗い金髪と相成って、どこか雄獅子のたてがみを連想させる。


 男の残った右眼が衛兵を探るように睨みつける。


 目は口程に物を言うという言葉がある。優れた武芸者はその対手の目の動きで行動の予測が可能だという。それだけに限らないが、真実、目からは様々な情報を受け取る事ができる。おそらくは、それを防ぐためだろう。二人の衛兵は色眼鏡サングラスを着用しており、その目からは正確に表情を窺い知る事ができない。そもそも色眼鏡自体、裁判官が使用していたという事実もある。


 その色眼鏡と軍服、そして揃って逆さに撫で付けたオールバックの衛兵二人は極めて無個性な姿になっている。典型的軍人と言えよう。


「こちらに付いてきてもらう」


 先ほど感嘆の声をあげた衛兵の隣にいたもう一方がそう告げると、手に手枷足枷てかせあしかせを持ちながら男に近づいてきた。その手枷足枷であるが、男のよく知る左右を金属製の鎖に繋がれた金属製のものではなく、プラスティックのような質感で左右は樹脂製とおぼしいワイヤーで繋がれている。反抗を警戒してか、もう一人がマシンガンを構え、銃口は男を捉えたまま離さない。


「外に……出られるのかい?」


 ここで初めて、挑発的に口を開いた男であったが、それに応じる事なく、姿格好の見立て通りに二人は事務的に任務を実行する。もとより軍人とは命令を履行する事が全てであり、その拒否の是非は持ち合わせていない。そう、兵士とは人間でありながら極めて機械的な存在である。それを重々承知はしているが、それでも不快感を抑えきれず、男はわざと聞こえるように舌を打つ。


 一分ほどもすると、準備が整ったと見え、両手両足を拘束された男はようやく色を失った小世界に別れを告げる事となった。扉をくぐった男は、短時間しかそこにいなかったとはいえ、色のない空間とはそれだけで脳内の視覚情報処理を麻痺させるとみて、外界に出るやいなや先ほどに比べると膨大な色彩の豊かさにくらくらと色酔いした。実際の話、小世界は施設の一室であったらしく景色は先程とそう変化もないのだが、男の目にはそれだけ鮮烈だった。


 残された右目がじんわりと熱を持つような痛みを感じつつ、辺りを見渡せば、そこは収容所のような施設であったらしい。先ほどまでの小世界と同様の部屋が両隣にも存在しているらしく、似た扉が左右に幾つも並んでおり、各扉の隣の壁には何らかの端末のモニターが光を灯している。滑り止めにか梨地なしじ加工された黒い床が無表情に続く。相変わらず天井そのものが光を放っており、ここではそれが殊更ことさら珍しいものではないかのようであり、男は自分の知る世界との隔たりを心のどこかで感じていた。


 二分ほど歩かされただろうか。眼前には今まで見たそれらより一回り大きい扉が待ち構えていた。衛兵が、脇の端末を操作し、ほどなく扉がゆっくりと開かれた。鬼が出るか、蛇が出るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る