六話 童貞はすぐに反応する

 華子が部屋から出てきた。タンクトップに着替えている。

 髪は頭の後ろ、やや高い位置でひとつにくくって。

 テーブルの前まで来ると、両手を腰に当てて背を反らせた。勝ち誇った顔。

 胸のポッチはもう判別できなかった。

 ため息混じりに俺は言う。


「知ってる、カップ付きタンクトップって奴だね」

「なんで童貞のくせにそんなの知ってるのよ?」


 呆れたような引いたような微妙な表情の華子。


「童貞は研究熱心なんだよ」

「生かせもしない研究ごくろうさま」


 華子がべっと舌を出す。憎たらしいけど、かわいい。

 そして俺に背を向けキッチンへ。


「いいかんじ?」


 べったりとゲンさんにくっつく。

 絡み合う美少女と美男子。分かってるけど、もやもやするなぁ。


「うん、いいと思うよ。お皿取って」

「はーい」


 しばらくして皿を持った華子がリビングのテーブルに。

 俺から見て角を挟んだ斜め右に膝をつく。

 まずは俺の前に大きめの皿をひとつ。言っていたように麻婆ナスだ。

 膝立ちの華子があぐらの俺を見下ろして言う。


「ポチ、おあずけよ?」

「分かってるって」


 人を犬扱いするな。

 続いて華子は左手を伸ばし、自分の向こう側にも皿を置く。

 この時俺は、少し身体を横に傾けた。

 両手が空になった華子が俺を見とがめる。


「なに、今の動き?」

「……え、なんの話?」


 すっとぼける俺。


「あんた、ヘンな格好で横に倒れたわよね? そうしつつ、真剣な顔で私を見てた。なに?」

「……いや、言ったら怒るし」

「どのみち怒るわよ」


 すでに華子の視線はキツくなっている。

 やれやれ、ここは観念して言うか。


「見てました」

「うん、見てたよね、私を」

「正確に言うと、あなたのワキです」

「ワキ?」


 華子が自分の左腕を上げてワキをのぞき込む。

 今の彼女はタンクトップだ。腕を上げると簡単に生のワキが露わになる。


「きれいな、よく手入れされたワキですね」


 言いながら、俺の視線は華子のワキに固定されていた。

 華子が俺を見る。その目は大きく見開かれていた。

 いつものように厳しくにらまれるかと期待したので肩すかし、

 尻もちをついた華子が、後ろに身体を投げ出した。そしてうめき声を漏らす。


「もうヤダ、この童貞~~~!」


 両手も放り投げたので両ワキが丸出しだ。しっかりと拝見する俺。

 華子が顔だけ上げた。冷たーい、冷たーい、目で見てくる。

 背筋をぞくりと快感が駆け抜けていく。

 華子が投げやりに売り文句を言う。


「はいは~い、ワキですよ~。剃りたての磨きたてのピッカピカですよ~。見目麗しい女子高生の生ワキですよ~。たっぷりとご覧くださ~い。ご満足ですか~」


 深くうなずく俺。

 キッ! っと華子の目尻が釣り上がる。


「シネ、ドヘンタイ!」


 俺の顔面に華子の伸びやかなスネが叩き込まれる。

 これもまた、ご褒美だ。




 そして夕食。

 麻婆ナス以外に中華スープと春巻き、野菜サラダがあった。春巻きは冷凍食品らしい。

 そして、野菜サラダにかかっているのは、どろりとした白いフレンチドレッシング。

 麻婆ナスはほどよい辛さだった。


「私はもっと辛くても平気なのよ?」


 ガキンチョの強がりみたいなことを言う華子。俺から見て角を挟んだ右斜め前に座っている。

 ゲンさんは角を挟んだ左側。


「でもハナちゃんってば、汗だくになるじゃない」

「へえっ!」


 俺はゲンさんの証言に声を上げてしまう。

 汗だくで辛いもの食べる極上の女。

 汗だく……。


「またヘンなこと考えるでしょ、童貞?」


 華子が冷たい視線を向けてくる。俺は言い返さないといけなかった。


「汗だくの女子が好きな男子は多いよ? 運動部で頑張ってる女子を股間を膨らませて眺めたりね。汗をかえりみず身体を動かすひたむきな少女。内に秘めた野生が露わになったようで本当にたまらないよ。近くに寄ったらすごくいい匂いがするらしいし」

「食事中にやめてちょうだい。なんでそう、童貞なの?」


 情け容赦なくゴミを見る目で華子が見てくる。俺は当然、勃起してしまう。


「仕方ないだろ、童貞なんだから。俺だって早く童貞を卒業したいんだ」

「だったら適当に捨ててしまいなさいよ。ロクでもない犯罪をやらかす前にね」

「いやいや、相手は誰でもいいってわけじゃない。童貞を捧げる相手は華子しかいない。俺はそう思ってる」


 真剣な眼差しを華子に向けた。

 そう、華子という極上の女に童貞を捧げるのが、今の俺の目標だ。

 その華子は口をぽかんと開けてぼんやり俺を見ていた。麻婆ナスが辛いらしく、頬が少し赤い。


「バカ、なに言ってるのよ……」


 なぜか華子はうつむいてしまう。そして一人でブツブツとつぶやく。


「……困るわ。そりゃあ、私はこんなにもきれいなんだし、会って二日で好きになるのも仕方ないわよ? でも私の方はそう簡単に……」

「好き? 好きってなんの話?」


 華子がよく分からないことを言っている。


「え? 快人は私のことが好きなんでしょ? 性欲だけだと思ってたから驚いたけど……」

「いやいやいや。俺が華子を好きなんてあるわけないだろ?」

「ええっ?」


 華子が大きい声を出す。

 よく分からないがヘンな誤解があるようだ。

 童貞を捧げる話では誠意ある態度を取らればならない。俺の想いをきちんと説明しよう。


「よく聞いてくれ。俺は長い長い童貞人生のフィナーレを飾るにふさわしい、極上の女を探し求めてきたんだ。最後を華やかに締めくくれたら、今までの童貞人生もきらきらと価値あるものになるはずだよ? 好きだとかそんなのは関係ないんだ」


 華子は無言。

 見る相手を焼き尽しかねない視線で俺を見つめる。

 かなり怒っている? 正直に俺の想いを伝えただけなのに?

 やがてゆっくりと口を開く。


「……私こそ、快人なんて好きでもなんでもないんだから。私たちは愛のない付き合いなのよ」


 わざわざ言わなくてもその通りだ。華子は俺を利用するために付き合おうと言ってきたのだし、俺は童貞を捧げるために付き合いに同意した。

 二人の間に恋愛感情なんて存在しない。

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