魔闘拳士の証明(2)
カイは皆を下げさせて執務机の前の絨毯が埋める辺りを空けてもらう。
「まずはこれを見てください。ヘイティさん、そこの茶器のお皿を」
「はい、どうぞ」
受け取った彼は、小型のナイフを取り出して左手の指を軽く切り、血を一滴皿に垂らす。その後に「
「これでここに血が垂れていたのは解りませんね」
皿を皆に掲げて見せ、次に取り出した霧吹きで何かを皿に吹き掛けた。
「これはルミノールという錬金です。これをこうして…」
指先に魔法で特殊な青い光を生み出すと皿に当てる。すると先ほど血が垂れていた部分が青白く光っている。
この世界で錬金というのは変性魔法の一種とされて、どの物質をどのように変性させれば金を生み出すに至るかを実験する学問だ。
比較的、科学に近い所にある学問だと言えよう。ただ、カイは何をどう変性させようと金にはならないのを知っている。ルミノール反応が錬金だと言うのも嘘っぱちだ。
「血というのはこのように物体に強固に付着してしまうものなんです。特に毛羽立ったものなど、いくら綺麗に洗ったつもりでも残っているものなんですよ、ねえクリードさん?」
もう彼は頭を抱えてうずくまっている。返事はもらえないがカイは続ける。
「なのでこの試薬をこのように…」
絨毯全体に試薬を吹き付けていく。そして先ほどの光を当てると、大きな水たまり状に青白く光り、そこから擦ったようにも光は伸びている。
「ここに血溜りがあったようですがドロタフ閣下に心当たりは?」
「知らんな。前任者が転んで怪我でもしたんじゃないのか」
「この部屋の絨毯が張り替えられたのは
「知らんと言ったら知らんのだ。そもそもそれでは誰の血かも解らんだろう?」
「中々折れませんね。じゃあもう一つ」
カイは一枚の布を取り出し執務机の上に広げる。
「これは等位魔法という物です。商人が商品の品質を調べたり、贋金を見分けるのに使うのです」
その布の両側には直径
「この両側の円内に物を置くと、同じ物であれば反応を示すんです」
片方に
「こんなふうに使う物なんですが、これが色々な物に使えてしまうんです」
彼が髪の毛を二本抜いて両側の円にそれぞれ置き、刻印を撫でると発光する。「ごめんね」と断わってトゥリオの髪の毛を一本抜いて置き換えると当然反応はしない。
「じゃあ、リド。教えておいたあれをやって」
「ちゅい!」
絨毯に降りたリドが血溜りが有った辺りに強い
「絨毯って、血もそうなんですが、ゴミなんかも中々取れないんですよね」
そう言いながら棒を取り出し、旋風の下辺りをパンパンと叩く。リドに停止を指示して旋風を消させると、下にサッと白い布を敷いた。
巻き上げられていたゴミが落ちてきて、その中に一本の長い髪の毛を見つけるとカイは摘み上げた。
それを片方の円の中に置き、隠しから皮紙に包んだもう一本の髪の毛を取り出す。
「これは地下のミランダさんの遺体から拝借してきたものです」
そう言うともう一方の円の中に髪の毛を置き、刻印を撫でると見事に発光する。
「これでもうあの血溜りはミランダさんの物で確定ですね?」
「くっ!」
「そして、ミランダさんをここまで招き入れたのも、ここの跡始末をしたのも、死体を運んだのも、
鋭い視線に射抜かれた使用人は
「そ、その通りです…」
「誰の指示ですか?」
「軍務卿閣下です」
素直に認める。
「貴様、裏切ったな。あれだけ金を積んでやったというのに」
「もう無理です、閣下。ここまでされたらもう誤魔化しようがないではありませんか!」
「くそっ! 仕方あるまい。怪我をしたくなければそこをどけ!!」
ドロタフは傍らに立て掛けてあった大剣をスラリと抜く。しかしそれは大間違いだ。
「マルチガントレット」
カイの両手にマルチガントレットを展開する。そして執務机に爪を懸けるとグイと持ち上げた。
それにはドロタフも呆気にとられた。そして机を持ち上げたまま、目の前の青年が言う。
「
「待て! 待ってくれ、カイ!」
トゥリオが大声で制止する。
「どうしたの?」
「そいつだけは俺にやらせてくれ。頼む」
彼は値踏みするようにトゥリオを見る。そして机を部屋の隅へ放り投げて続ける。
「解った。今回は譲るよ」
剣を抜いて二人は対峙する。巨躯に大剣同士の戦いだ。皆が一歩引いて見守る。
(大丈夫かしら、あれ)
(言うだけの事はやってくれなきゃ困るよ。チャムは違う?)
(ううん、そうね)
小声で二人は確認し合う。
「でかく出たな、デクトラントの小僧。冒険者風情の剣が、戦場を駆け巡ってきたワシの剣に勝るとでも思っているのか。愚か者め」
「うるせえ! なんで兄貴に罪を擦り付けようとした!」
「貴様が小うるさくブンブンとワシの周りを飛び回るからだ。どうせ父親の権力に頼って軍務大臣の椅子でも狙っているんだろう。その為に魔闘拳士まで連れて帰ってきたんだろうが」
「そんな事は微塵も考えてねえよ!」
「嘘を吐くな! ワシが苦労して掴んだ軍務大臣の座を貴様ら親子は
ここまでくるともう被害妄想に近い。
長年、戦場働きをしてきた武骨の者でも、ひと度権力の甘い蜜を吸うとこうも変わってしまうものか。トゥリオはそんなふうに思えて悲しくなる。
昔はこの人に憧れていた時期も有ったのに。だからこそ盾を持っても大剣を捨てられなかったのに。トゥリオの中で悲しみが怒りに転化していく。今のこの人だけには負けたくない。こいつだけには負けるものか。
「俺は!」
振り被った剣に魂が乗る様な感覚があった。
それがトゥリオが一段階段を昇った瞬間だ。
「くおっ!」
「まだだ!」
頭上で受けた重たい剣にドロタフは思わず声が漏れる。それでも持ち堪えた相手にトゥリオは剣を引き、踏ん張って左下から斬り上げる。
重量物の噛み合う重たい音に周囲の者は固唾を飲む。剣戟の音は止まない。だが終始押しているのはトゥリオだった。
「せいっ!」
「なにぃ!」
ドロタフは脅威を感じていた。
身長は同じでも自分より一回り小さく見えるその身体から、信じられなほど重い斬撃が来る。この場なら魔闘拳士以外は敵ではないと思っていたのに、その自分が圧倒されている。
その斬撃に圧されて、反撃できないでいる。こんな事が有る筈はないと思うのに、その差は厳然として在る。
右から袈裟に落とした剣をドロタフは完全に受けきれず、剣ごと身体が泳いだ。その瞬間にトゥリオは勝機が見えたように感じた。低い姿勢で踏み込み、落ちた剣先を跳ね上げる。
ドロタフの剣が舞った。彼の右手と共に。
「ぐがあぁ!」
悲鳴が上がり、ドロタフは右手首を押さえてうずくまった。
トゥリオは荒い息を吐きながら見下ろす。
自分は勝ったのだと思った。敵にも。
過去の逃げ続けていた自分にも。
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