青髪の美貌

青い髪の女冒険者

 鬱蒼とした森林の中、黒髪黒瞳の少年の前には怪物のような虎の姿がある。体高にして150メック1m80cmはある虎の口からは時折り炎の揺らめきが現れ、炎系の魔獣である事を示していた。

 対する少年の身長は140メック強1m70cm。真っ当に考えればそんな怪物に勝ち目など無い。

「今回は、選りによってここ?」

 不満のような一言を零した彼は先手を譲って不利にならないよう、炎の虎に向かって突進を掛ける。

「マルチガントレット」


 黒髪の少年の腕には、拳までを包む構造で腕の三倍以上の太さの有る巨大なガントレットが装着されていた。


   ◇      ◇      ◇


 冒険者ギルドというのは特殊な空間である。

 その業務に於いて過半は人的被害を及ぼす、又は作物害獣となる魔獣の討伐が占める。中には何でも屋的な依頼も無い事は無いが、後は商隊警護であったり要人警護であったり、特殊なところでは傭兵のように戦争に参加する依頼も時に存在する。どれにせよ危険と隣り合わせの職務が主となり、生まれながらにして身体強化魔法が常時起動している者か任意起動出来る者でなければ務まるものではない。


 そういった資質の持ち主となれば大都市に於いては衛士や兵士、上手くいけば騎士なども目指せない事は無い。地方都市でさえ貴族の私兵としての勤め口はあるだろう。

 ただ、冒険者業務の社会貢献的側面に惹かれて志す者や自由を好む事から冒険者になる者が居なくもない。


 ここで問題となるのは「それ以外の者」の話である。

 他の職務を望むも叶わず脱落した者や、その結果食い詰めたドロップアウト組のほうが多数を占める。場合によってはそのまま完全にドロップアウトしてしまって野盗の用心棒などに身を落とす者も居るが、その手前の受け皿として冒険者ギルドの存在が有効と考えられている。

 自然、その現場は言うなら荒くれ者の溜り場である。6割方を超える登録者が男性であり、少数派である女性も筋骨隆々であったり蓮っ葉な雰囲気を漂わせていたりするのが普通になっている。


 その空間に驚くような美人が混ざっていれば当然浮いてしまう。

 その女冒険者は、緑眼によく手入れされた青髪をひるがえし、十人が十人目で追ってしまうほどの整った顔立ちをしている。最初こそ男の冒険者達は下卑た笑いを張り付けてその一挙手一投足を眺めていたが、堪え性の無い一人が彼女に声を掛けた。

 すぐに「近寄らないで」とすげなく振られるが、一人動けばなし崩しに挑戦者は増えていく。両手に満ちるほどの挑戦者が敗れ去った後、腕に覚えのある一人が名乗りを上げた。言わずと知れた結果には終わったが、問題はこの男が非常に短気だった事である。


「お高く留まってんじゃねぇぞ、このアマ!」

「別に高望みなんかしてないわ! それでもアンタみたい小汚くて身の程知らずな男はお断り!」

 定型文のような罵声に女冒険者も負けていない。

「なんだと!表に出やがれ!」

 ここで気の利いた台詞の一つも期待したいところだが、そんな語彙力は望むべくもない。

「いいわよ」


 一人懲らしめておけばその後の憂いも絶てるのではないかと考えた女冒険者だったが、相手は風体だけでなく中身も汚かったのだ。その男に続いて7人もの男がぞろぞろと出てきたのを見た女冒険者は呆れてものも言えなかった。

 仕方ないとばかりに剣の柄に手を掛けた彼女に後ろから声が掛かる。


「手伝ってもいい?」

 その言葉にチラと後ろを窺った女冒険者は、そこにまだ幼さが抜け切ったばかりに見える黒髪の少年を認める。

「おい! 余計な口出しすんじゃねぇ!」

「えー、だって女の子が寄ってたかって襲われそうになってたら普通助けたいって思わない?」

 若いとみて恫喝に掛かった男達を恐れる様子も無く飄々と答える。

「しょうがねぇ。ヤツを片付けてからゆっくり楽しもうぜ」

 仲間からの言葉に男はやる気になったようだ。


「何が望みなの?」

 女冒険者の隣に歩み出て「じゃあ参戦って事で」とあっけらかんと言ってのけた少年に訊ねる。

「疑い深いなぁ。たまには人の善意を信じてみても良くない?」

「だって正面のアイツらも善意で仲間になるように言ってきているのかもよ?」

「はっ! それは思いつかなかったよ。先入観を持ったらいけないよね。じゃ、後でお茶おごってね」

 おどけた様に言う少年に悪意の欠片も感じられなかった女冒険者は苦笑いする。

「でも今は完全に殺気を感じるから自衛も兼ねて助勢するよ」

「それはいいけど君、得物は?」

「あ、僕、拳士なんでこれでいいんだ」


 そこで少年の風体を見直した彼女は訊ね、その答えに納得する。と同時に隣から少年の気配が消失した。

 スルリと男達の間に分け入った少年の掌底が一人の男に炸裂して吹っ飛んでいく。そのまま通り抜けていった少年が二人目に背後から回し蹴りを入れたところで慌てた様に男達は振り向いた。

 しかしそれは自動的に女冒険者に背を向ける結果になり、決定的な隙でしかない。


(あら、意外とやるのね)

 そう彼女は思いながら剣の腹を一人の側頭部に打ち付ける。


 刃を立ててしまえばどれだけ加減しようが血を見る結果になり、今居る小さな街でも自警団が飛んで来るだろう。別にこんな男達の身体や命に配慮してやるつもりはないが、厄介事は面倒臭い。

 消去法で剣の腹を使うしかないのだが、これはこれで金属製の鈍器のようなものなので十分に効果が得られる。それこそ当たり所が悪ければ後遺症が残ったり命に関わるくらいには。だからそれなりに自信が無ければ喧嘩程度では剣を抜くわけにもいかない。

 女冒険者も常時起動の身体強化魔法の遣い手ではあるのだから素手で大の男でも相手出来ない訳じゃないが、一対多数となればその範疇を悠に越えてしまう。


 そういう意味で、徒手空拳で多数の男を相手取っている少年の技量は中々のものだと見ていた。

 逆に言えば挟撃状態に陥ったとはいえ数的優位を保ちながらわずか一人ずつへの対処のできない男達の腕は推して知るべし、だ。一人、また一人と数を減らしていく男達が全滅するのにそう時間は掛からなかった。


 昏倒させた男をテキパキと路地に放り込んでいく少年の手際良さに、若干の不安を抱いたのは胸に仕舞っておく女冒険者だった。

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