第27話 予選終了

 予選三試合目は、ミックスダブルスと女子ダブルスのハンディキャップ制ルールにより、既に相手チームにポイントが入った状態からのスタートとなった。

 この特殊ルールによりアドバンテージコート――左側コートからのサーブで始まるので、ツグミという名のオレンジのうさみみ少女が打つサーブを、俺がレシーブする事になる。

 さて、お手並み拝見といきますか。


「えいっ!」


 少女の黄色い声と共に、ネットスレスレのボールが飛んでくる。

 これまでの試合に比べると、各段に良いサーブが来たけど、俺からするとスピードもコースも大した事はない。

 これは俺が本気で打ち返すとダメなレベルか。だったら、相手は女の子だし……これでどうだ?

 ボールを擦りつけるようにストレートへ打ち、高さで前衛の頭を越えると、順回転が掛かっているのでストンと落ちる。中ロブと呼ばれる、攻めるロブだ。


「1-1」


 サーブを打った少女がワンテンポ遅れて走り込むが、間に合わなかった。

 そして次は、もう一人の少女――ケーコという名の、灰色のうさみみ少女がサーブを打ち、それをユキのレシーブする番だ。

 早速ケーコがボールを下から擦り上げる。これは、以前ユキが初めて試合をした時に、全く打てなかったカットサーブだ。

 だが、甘い。カットサーブが来た時の練習は、ユキに何度もしている。

 バックハンド側へと曲がるサーブを、前に詰めようとしていたケーコの足元へと打ち返すと、甘いボールが上がってきた。


――スパッ


 その頃にはユキもネット前に詰めていて、得意のボレーを鮮やかに決める。


「1-2」

「ユキ。ナイスボレー」

「当然っ!」


 パシッと笑顔でハイタッチまで決めると、その後も俺の中ロブとユキのボレーを決めて行き、


「ゲーム、チェンジサイズ」


 そのままの勢いでゲームポイントを獲得した。


「ゲームカウント、1-0」


 次はアドバンテージコートから俺がツグミへサーブを打つのだが、先程の試合内容から、早くも試合後にユキが喜ぶ姿を想像してしまった。

 おっと、調子に乗るのはまだ早い。自分自身を戒めながら、バックハンド側へ八割の力でサーブを放つと、


「……無反発」


 レシーブを打つ直前、少女が聞き慣れない言葉を発する。

 何だ? いや、まぁいいか。

 山なりのロブがユキの頭を越えて、右側へ飛んでくる。さっき俺が打ったレシーブのスピードを遅くして、もっとコースを甘くしたような球だ。

 ボールの落下地点へ走り込み、後はバウンドしたボールを……って、跳ねない!?


「0-2」


 コートに相手のポイント獲得を告げる審判の声が響き渡る。


「えっ!? い、今のって何!? ボールが跳ねなかったけど!?」

「瑞穂、どうかしたの?」

「いや、ボールが……普通のボールだよな?」


 足元に転がるボールを拾い上げるが、普通のゴムボールだ。空気もちゃんと入っているし、特段おかしな所は無い。

 それに、ここはハードコートだ。下が土ならイレギュラーバウンドも考えられるけど、真新しいコートでへこんでいたりするわけでもないし……


「ユキ選手、ミズホ選手ペア。早くサーブを打ってください。コードバイオレーションを取りますよ?」


 審判が俺たちに向かって何か言っている。けど、コードバイオレーションって何だっけ? あれ? 頭が真っ白になって言葉が出てこない。


「瑞穂。反則になっちゃうよっ!」


 ユキ? 反則って? あ、反則か! コードバイオレーションって反則の事か!

 ユキに指摘されて、ようやく我に返ると、手にしたボールをユキへ渡す。


「ごめん、ユキ。俺のミスだ。サーブを頼む」

「う、うん」


 デュースコート――コートの右側からユキがサーブを放つが、俺のせいで余計な事を考えさせてしまったのか、コースが甘い。

 ケーコがユキの前へ、角度を付けたコースの厳しいレシーブを打ってくる。ユキが俊足を見せて何とか拾うものの、既にネットに詰めている相手からすればチャンスボールに他ならない。


「0-3」


 浮いてしまったボールを、きっちり決められてしまう。


「ユキ。まずは一ポイント取ろう」

「うんっ!」


 あえて何事も無かったかのように振る舞い、ユキに声を掛ける。チラリと様子を窺うが、ユキのサーブは練習通りの綺麗なフォームから放たれ、ツグミのバックハンド側へと飛ぶ。

 コースもスピードも練習通りの良いボールだ。それを少女は、


「……無反発」


 再び謎の言葉と共にラケットを振るう。

 今度は真っ直ぐ俺の正面に打ってきた。数歩動いて位置を調整し、しっかりとボールを見てバウンドした所を……やっぱり跳ねない!


「ゲーム、チェンジサービス」

「くそっ! 一体、何なんだっ!?」


 またもやボールが跳ねなかった。足元に転がるボールを、肩の位置から真下へ落とすと……普通に跳ねる。

 ダメだ。訳が分からない。どうして俺が打とうとすると、ボールが跳ねないんだ!?

 イライラしながらボールを足元へ投げつけると、ポーンと跳ね上がる。

 くっ……まるでボールにバカにされてるみたいだ。


――ぎゅっ


 唐突に、俺の両手が温かいものに包まれる。

 それはユキの手。俺にミコちゃんを助けて欲しいと言った時と同じように、温かくて柔らかいユキの手が俺の手を握っている。


「瑞穂、落ち着いて。ウチをサポートしてくれるんでしょ?」

「そ、そうだな。悪い」

「これでもウチは瑞穂を頼りにしてるんだから……ねっ」


 ユキが可愛らしくウインクしてきた。そのまま可愛らしい笑顔を見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。

 まったく。ユキを助けるはずが、助けられるとは。


「よし! もう大丈夫っ!」

「うんっ! まだ同点に並ばれただけだもんね」

「あぁ。このゲームを獲って、またリードしよう」


 互いに手を離し、ハイタッチ。そして、


「ゲームカウント、1-1」


 審判のコールと共に構える。

 ツグミのサーブだけど、どんなボールでも絶対に打つんだっ!

 そう心に強く想っていると、フォア側へサーブが飛んできて……普通にバウンドした。


「っとぉ!」


 また跳ねないんじゃないだろうかと、変な警戒をしてしまっていたためフォームを崩してしまったが、何とか相手コートへ打ち返すと、


「……無反発」


 またあの声と共に、ユキの頭を越すロブが打たれる。

 だが流石に三回目ともなるし、ユキのおかげで冷静になれた俺は、落ちて来るボールの真下へ移動すると、


「何度も何度も、舐めるなぁぁぁっ!」


 叫びながら、バウンドする前のボールをダイレクトに打ち返す。

 って、しまった! これまでの不可解なボールに対する苛立ちもあって、思わず本気で打ってしまった。なのに、ケーコが無謀にもボレーしようと出てくる。

 体重をボールに乗せ、相手コートへ叩きつけるかのように打ち込んだ、俺の全力のトップ打ちだ。男性ならまだしも、彼女のレベルでボレー出来る球じゃない! 避けてくれっ!

 ……って、何か変だ。俺が打ったボールがネットを越える前だというのに、既にケーコが俺のボールのコース上で待ち構えている。

 どうしてだ? 中学時代に健介だけではなく、他校からもキャノン砲と呼ばれていた俺の打球なのに……遅い? 何故だ!?

 だが俺の疑問が解決する前に、ケーコがラケットを構え、


「透過っ!」


 甲高い声と共に、ボールが消えてしまう。


「えっ!? ボールはどこに行ったんだ!?」


 あの少女のラケットにボールが当たる所までは見た。

 インパクトの瞬間、ラケットの面が向いていた角度から考えると、俺の左前方くらいに飛ぶはずなんだが……と、唐突に俺が思っていた辺りへボールが出現する。


「2-0」

「ちょ、ちょっと! 今のは……」

「待って! 審判、今のは能力でしょ!? こんなのルール違反よっ!」


 困惑する俺の言葉を遮り、ユキが毅然とした態度で審判台へと詰め寄っていく。

 そうか、うさみみの能力か! あのボールがバウンドしなかったのも、俺の打球がやけに遅かったのも、ツグミがうさみみの力で、ボールを跳ねないようにしたんだ。

 ボールが跳ねなければ――反発係数がなくなれば、俺のスイングでボールを押し出す力しか無く、ボールの反発力が無いからスピードも遅い。

 それから、最後のはケーコが能力でボールを見えなくしたのだろう。って、こんなのテニスじゃねぇよっ!


「いえ、大会規約にも書いておりますが、今のは本大会におけるルール内での能力適用ですので、問題ありません」

「な、何それ!? ど、どういう事なのよっ!」

「直接ボールや相手選手に能力を使用するのは反則ですが、ラケットを介して能力を使用するのは反則とみなしません。詳しくは規約をご覧になってください」

「そ、そんなぁ。うそでしょ!?」


 審判台の前でユキが崩れ落ちるように座りこんでしまう。

 って、こんなのどうすりゃ良いんだよ! 男性とか女性とか以前に、能力が使えるうさみみと、能力の使えない日本人とで、ハンデがありすぎだろっ!


「そ、そうだ。ユキは何か能力が使えないのか!?」

「二つだけ使えるけど、一つはラケットからなんて使った事がないし、もう一つはそもそも試合に向いていないわ」


 ユキの言葉を聞いて、目の前が真っ暗になる。

 俺が能力なんて使えない以上、ユキだけが頼りなのに。

 何とか試合を続行するものの、相手ペアは能力を使い、だが時には使わなかったりと、俺たちを見事に翻弄して、


「ゲームセット。四対一でツグミ選手、ケーコ選手ペアの勝利です」


 結果、純粋なテニスの技術だけなら負けるはずのない相手に、敗北してしまったのだった。

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