⑨長く重い恋



「……ここなら全部見れるんじゃない?」


「そうだな、ここにするか。」

と言いながら俺は一応持ってきた新聞紙を下に敷いた。


まだ始まるまで時間がある。琴魅に腹は減っていないか、トイレに行かなくても大丈夫か……と聞こうとしたら、


「私……透麻のこと本当に大好きだなぁー。名前とか、声を聞くだけでドキドキするし、二人で歩くとか、もう心臓が爆発しそうだよ!!」


「突然どうしたんだよ……何か照れるじゃん……。」


「えへへ。私、本当に幸せだなぁって思ってさ。幸せすぎて死ねそうだよ。でも、こうやって透麻と一緒に出かけるのも久しぶりだね。私が死んでいなかったらもっとたくさんのことができていたのかな……。やっぱり、死にたくなかったな……」


「そんなこと言うなって。これからたくさん、いや、ずっと一緒にいるだろ?」


「そうしたいところだけどさ、だめだよ……。透麻には1人で、私がいなくなっても生きていけるようになってほしいし……私最初に言ったよね? 透麻が大事なことを思い出したら戻るって。透麻もう思い出しちゃったじゃん? 言いたくなかったけど、あまり時間が残されていないんだ……。ずーっと一緒にいたいっていう気持ちはすごいあるけど、もう時間がないの。」


「その時間っていつまでだよ……?その時間が過ぎたらお前は消えるのか?」


「うん、私は消えちゃうよ……。いつまでかは教えられないかな。だって透麻変に気つかってきそうだし……今までと同じように接してほしいな。お願いね?」


……気になるという気持ちが無いわけではないが、琴魅のお願いを聞かないという選択肢はないので仕方がなく、引き下がることにした。思い返してみると、俺は琴魅のお願いをスルーできたことが無かった。……あの目には、逆らえない。


「わかったよ……でも、突然消えるってことはやめろよ? これは俺からのお願い。」


「わかった。いなくなるときは透麻の前でいなくなるね。」


「じゃぁ、祭りをもっと楽しむとするか!」


「うん!!」


──音をあげてはすぐ消える花火は儚く脆い私の心のようで、みていて辛くなる。本当の気持ちを隠して自分をつくっている……私みたいな、最低なやつを好きになるとかね……。透麻になら言っても良いのかな? 引かれたら消えればいいし……ね?



「花火、綺麗だったな……。」


「そうだね……。でも、花火って何か悲しくなんない?」


「そ、そうか?」


「うん。桜と一緒であんな必死に頑張って準備してるのにさ、一瞬で消えちゃってさ……本当かわいそう。」


私、こんな事が言いたいわけじゃないのになんで……? 私の、本当の気持ち、透麻に伝えたいだけなのに……


「確かにそうかもしれないな。でも、その一瞬をみて幸せになれるやつもいるんだから別にいいんじゃないか……ってなんで泣いてるんだよ?」


「え? 私泣いてるの? 泣いてるから鼻の奥がこんなにも痛いのかな、心が痛いのかな……。これで透麻と花火みれるのも最後だねとか、色々考えてると何か不思議な気持ちになるんだよね……。ごめんね? 変なこと言っちゃった……迷惑かけちゃったね……。大丈夫だからもう1周して帰ろう?」


ちがう……こんなことが言いたいわけじゃない! 私は、私は……!


「本当に大丈夫か? そんな強がんなくても……無理してイイ人になろうとしなくてもいいんだぞ? 俺にぶつけてくれればいいんだから、いくらでも話聞くぞ?」


琴魅が悩んでいることに、傷ついてることに、遠慮していることに、今さっきまで気づけていなかった自分が情けない。琴魅を苦しめていたのは俺……?


「ありがと……でも、大丈夫。言う時がきたら話すから、まってて……。」

「わかったよ……でも、無理だけはすんなよ。」

「透麻が優しすぎるからだめなんだよ……。甘やかして、私に希望を与えてくるから……まだ生きているみたいな感情にさせる、透麻が悪いんだよ!」


一回話し出すと、止められなくなるほどに溢れてくる気持ち。言いたくても言えなかったもの、言いたくなかったもの、他人を傷つけてしまうものがどんどん私の口から歌ってるかのように流れ出てくる。割れた卵の殻の中から白身、そして、黄身が出てくるように、どろどろと零れてきた。


「大丈夫なわけないじゃん!……ねぇ、なんであの時に死んだのが私だったの? なんで? 私もっと透麻と一緒に過ごしたかった、遊びたかった! 自分を偽らないで生きてみたかった! いつかさ、二人で肩を寄せ合いながら将来について話したかった! したいことはたくさんあった! あったじゃない……今でもたくさんある! 100以上もある後悔、したかったことも100以上。心の中が複雑な気持ちでいっぱいだよ。上から透麻をみててさ、すごい心配してた。今も心配してる。事故にあってないか、怪我してないか、いじめられてないか……。自分のことでいっぱいいっぱいなのにさ、プラスで他の人のことと……透麻のこととか、私がおかしくなっちゃうよ!」


「わ……わるかった」


「私、死にたくなかったな。死んでなかったらこんなこと言う必要もなかったし。私死にたくなかった! でも……でもさ、殺されたのが私じゃなかったら、もっと辛いことがおきてたはずだよ! 家族もいない、生きてる意味もない、私が死んだから良かったんだよ……。もし小さい子のお母さんが殺されてたらその子は一生みんなに馬鹿にされながら生きていくんだよ?そんなの悲しすぎるよ!……今更こんなこと言っても意味ないよね。さっきまでさんざん死にたくなかったとか言ってたんだから。死んでるくせに死にたくないって馬鹿みたいだよね。ただの空っぽな操り人形みたいな私なんてゴミ以下なのに……。こんなヤツ嫌だよね、付き合いたくなんて……」


「うるせぇ!! 俺はそんなお前のことが好きなんだよ! たくさん悩んで、苦しんでることに気づけなかった、あの時にお前を守れなかった俺の方がゴミ以下だろ! 一回好きになったやつのことを、そんな簡単に……嫌いになれるわけないだろ!」


「やめて! もういいから……私、幸せだから。お願いだから、私を嫌ってよ!『最悪だな……』って言って軽蔑してよ! もう、私のことなんて……忘れてよ!」


こんなこと言いたくないのに……思ってることと反対のことを言ってしまう……。本当は忘れてほしくない、ずっとずーっとおぼえててほしい。でも、透麻の負担にはなりたくない。負担になるくらいなら忘れてよって言いたかったのに、感情的になりすぎて言えなかった。でも、もう充分だよ。ちゃんと自分の気持ちを言葉にできたからいいや。これで、安心して戻れるよ……。


「お前が何を想ってようが、何を思い出していようが、俺の知ったこっちゃない。でも、俺がお前のことが好きってのは絶対に変えらんない事実なんだよ。初恋だぞ? 忘れろとか自分勝手すぎんだろ! 忘れたくないんだよ……お前の笑顔とか話し方とか、泣き顔とか! そんだけ好きなんだよ!」


「私だって透麻の全てが好きだよ! でも、私と居たら透麻は幸せになれないもん。絶対いつか後悔する。だからさ……」


「俺はお前と……!」


「うるさい! 私の話を聞いてくれるんじゃなかったの? 最後まではなさせてよ。透麻はいつか後悔すると思う……だからさ、透麻が決めてよ。私といるか、私を忘れるか。」


「俺は後悔しようが、傷つこうが、お前と最後まで一緒にいたい。」


「そっか……透麻がそう言うんならしょうがないよね。じゃあ、お祭り楽しも!」







── 琴魅のいない世界なんてあっていいはずが無い。その時の俺はそれしか考えていなかった。

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