18 同棲
わたしはあの衝撃の日以来、まめに自分の気持ちを健太郎に出すように心がけて生活した。
LINEがしたくなったら躊躇せずするところから始めて、会いたいときは会いたいといって会ってもらい、多少我侭も言うようになったと思う。
我侭を言ってもらいたいといっていた健太郎は、どことなく嬉しそうにしているように見えた。
そしてわたしは、結婚や同棲の話は一旦待ってもらうことにしてもらった。
それどころじゃないから、とわたしは言ったけれど、健太郎はそれどころじゃない今だからと思ったんだけど、と言っていた。
まあ確かに一緒に居たほうが何かといい面もあるかとは思うけれど、それでもまだわたしはどこかで、負担にはなりたくない、という気持ちを捨てきれてなかったのだと思う。
各務は、まだたまに現れた。
どうやら、わたしが健太郎に会いに行くときに現れるようだった。
気がつくと健太郎の家の前だったり、健太郎の家の中で待っていたり、そんな症状がぽちぽちと出ていた。
春になり、わたしは大学1回生が終わるのを機に、学校を辞めた。取り敢えず文字おこしのバイトを始めてみた。
各務の件が完全に治るまでは、就職は難しいかな、と思っていた。だって記憶がなくなってしまうのだもの。怖かった。
学校を辞めて家での仕事にしたため、健太郎の家へはよく泊まりに行っていた。
もう半同棲みたいな感じだったかもしれない。
夜から朝にかけて健太郎の家に滞在し、昼間家に戻って仕事をし、また夜健太郎の家へ向かう生活だった。
わたしはそんな生活が楽しくもあった。
各務が出てきても、そんなに気落ちしなくもなっていた。
またか、くらいの気持ちを保てるようにはなっていた。
それでもショックはショックだったけれど。
でもたまに出てきてはホームページの更新などもしてくれていて、わたしはその面では助かっていた。
恐らく更新しなければというわたしの思いが各務を出していたのだろうと思う。
そうやってわたしの宗教はまだ続いていたのだった。
やめたくてもやめられない、それがまさに宗教なのだと思った。
各務がそれを許さないのだと思った。
高校一年生の頃何気なく始めたことが、こんな形で付きまとうことになるとは、夢にも思っていなかった。
宗教とは、良くも悪くも、人の心を激変させてしまうものなのだな、と痛感していた。
本当に、良くも悪くも。
「なあ、結婚の話は待つけどさ、一緒に住もうぜ?通うの面倒くせえだろ?」
「わたしは別に・・・」
健太郎は最近よくこう言う。
確かに健太郎からしてみれば、家に帰ってくればわたしがいて、ごはんができてて、朝見送ってくれて、そして家に帰ってくればまたいるのだから、一緒に住んでいると変わらないのに、実はそうでもないというこの状況は納得できないものがあるのかもしれないな、とは思っていた。
「通い妻みたいなことさせたくねえんだけど」
ごもっともだ。
「うん。だけど・・・」
「だけど何?」
「なんとなく・・・」
「俺からしてみればお前は自宅に通って仕事してるみたいなもんだけどな」
「そうね・・・」
「仕事ならここでもできるだろ?」
健太郎の言うことは何にも間違ってないし、健太郎の言う通りにしたほうがいいとは思っていた。
だけどやはり、負担になりたくない気持ちが勝っていたのだと思う。
「お前まさかとは思うけど」
「ん?」
「光熱費のこととか心配してんの?」
わたしはドキリとした。
「そういうとこだよ?!」
「え?」
「お前さあ」
呆れたように健太郎は言った。
「それじゃあ各務様消えないぜ?」
わたしはぐうの音も出なかった。
「そうかな?」
「そうだよ!」
お前馬鹿だな・・・と健太郎は呟いて
「もう駄目。引っ越してきなさい」
と言った。
「身ひとつで来てもいいぜ」
「それはちょっと」
「じゃあ洋服とかだけ持ってきな?あとPCか」
「おくとこないじゃん」
「そんなもんつくるから」
「じゃあ置く場所できたら考える」
「絶対だぞ」
「ん」
健太郎の部屋は6畳で、ベッドとテーブルとPCデスクがあるから、そんなのはつくれないだろうとたかを括っていた。もし、本当に置く場所を作ってくれたら、そのときは引っ越してこようと思っていた。
すると数日後、健太郎のPCがなくなっていた。
「あれっ」
わたしは健太郎の部屋に入るなり声を上げた。どこにもないのだ。PCが。
ほんとに置く場所つくってくれちゃった・・・。
デスクはそのままなので、そこに置けてしまうのである。
健太郎が帰宅したとき、いの一番で聞いてみた。
「パソコンどうしたの?!」
「ん、売った」
あっさりと健太郎は言った。
「えっ!」
わたしは仰天した。
「売っちゃったの?」
「置く場所作ったぞ」
「ねえ、売っちゃったの?」
「引っ越してこいよ?」
「データとかどうしたの?」
「心配すんなよ」
困ったようにそう言って健太郎は鞄からノートPCを出した。
「これに変えただけだから」
「あ・・・なるほど」
「約束だったろ?」
「・・・」
「引っ越してきなさい」
確かに約束だったのだ。PCまで売らせてしまったのだ。
「わかった」
わたしがしぶしぶ承諾すると、健太郎はため息をついた。
「やっとだよ・・・。やっと一緒に住める」
「そんなに一緒に住みたかったの?」
「当たり前だろ?」
「そうなの・・・」
「お前強情っぱりな!」
「ごめんなさい」
でも健太郎は優しく言うのだった。
「ちゃんと引っ越して来るんだよ?車なら実家の車出すから」
「ありがとう・・・」
こうしてわたしは、健太郎の家に住むことになったのだった。
春も終わって夏になろうかという頃だった。
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