第22話
ギルドの規模も大きいもので。流石にそこには魔族と人間が雑多に存在していた。ギルドカウンターには、リリヴェル一人が向かっている。
仕事の確認と、あわよくば道すがら倒した魔物の報酬換金のためだ。オーヴスは入口に一番近い壁にもたれて、顔を伏せていた。その隣には、フェブリスが頭の後ろで腕を組んで黙って立っている。
もやもやとした感情が、オーヴスの思考を邪魔していた。
人間にとって魔族はただの労働力。言葉を変えれば、奴隷。それが先ほど見た光景の答えだ。無表情に仕事に戻った少年の瞳からは、すでに生きた光が喪われていた。暴力は、日常的な物なのだろう。諦めた、瞳。それが無性に悲しくなる。
「あんな目をした子、僕は知らない」
「オーヴスの兄貴?」
「少なくとも、ノクトの村で暮らしていた魔族の子たちは、あんな目をしてなかった」
「……ほんっとに、兄貴は幸せに暮らしてきたんだな。羨ましーぜ」
「そうだね。僕は本当に幸せに……いや、何も知らずに、居たんだ。魔族の長の血を受け継ぎながら、何にも知らず。……僕は」
「自分を罵るのは、それくらいにしろよ、兄貴」
「だけど!」
声を張り上げ、フェブリスを見やれば、どこか寂しげな笑みが向けられていた。
「……知らなかったから、兄貴は純粋に世界を見据えられる。憎悪の矛先を、自分にだけ向けられる。兄貴がこれから成そうとしてることは、それを変えるための行動、なんだろ」
「フェブリス……」
「あの女、何でオーヴスの兄貴のケツ叩いて世界をひっくり返そうとしてんのか釈然としねーけど、魔族の俺からすれば、兄貴は希望だ。……だから」
軽く目を細めフェブリスの表情が険しくなる。
「絶対、逃げないでほしい。あんなもん、まだ物理的制約だけだ。俺が教会本部から命じられたのは、フェルク教自体の禁止令。精神的制約まで奪われるなんて、魔族として俺は嫌だ」
「そうか……そうだったね」
あの橋を塞いでいた理由を、フェブリスはゴート教の布教のためと言っていた。裏を返せば、フェルク教を禁止するために。
それを、まだ幼いフェブリスはたった一人で妨害しようとしていた。たった一人で、戦い続けていた。誰かに褒められる可能性など、持たないままに。
「……俯くには、早すぎるね」
「そーいうこった」
にっと、今度は歯を見せて無邪気な笑みが向けられる。幾分その笑顔に安堵した。
「お待たせ。それなりの稼ぎにはなったわよ。道中長かったのも、そんなに悪いばかりじゃなかったわね」
「んじゃ、飯食って、それから……」
「次の行き先について、検討しようか」
頷いたフェブリスとリリヴェルに、オーヴスは心の底で誓う。
逃げるのは、最後の手段にすることを。まだ、戦いの舞台にすら上がっていないのだから。
◇◇◇
温かな食事を口に運びつつ、視線はテーブルの中央に向けていた。そこには地図が広げられている。辿ってきた道にはすでに赤い線が引かれている。名前も知らない白身魚の香草焼きを飲み込んで、オーヴスは口を開く。
「……僕の、今のところの感想を言ってもいいかな」
「是非聞きたいものね」
「さっきみたいなのは、見たくないし、させたくない。そして今は、フェルク教の禁止令を執行しようと、ゴート教会は動いている」
「そのとーり。……俺は認めねーけどな」
表情を陰らせながら、フェブリスが肯定する。一つ頷いて、オーヴスはリリヴェルを見やった。
「……僕が直接ヴィントの領主に掛け合って解決できる話じゃ、ないんだね」
「今気づいただけ、貴方は見込みがあるわね。……そう。現ヴィント地区総領主カルディナ・ヴィントと貴方が話をしたくらいじゃ、世界は変わらないわ」
もう、習慣づいてしまった上下関係の世界。それを変えるには、上からの命令一つでは限界がある。今でさえ、定員の対応は若干リリヴェルより荒い。フェブリスはゴート教会関係者とあってか、丁寧な方だ。
態度で分かるほどには、世界は二分されている。
「……戦いたくはないって、思ってた」
「絶対戦う必要があるとは、言った覚えはないわね」
「違う。価値観とだよ、リリヴェル。きっと誰もが、話せばわかるんじゃないかって、僕は甘かったんだ。……だから今まで、グリードフェルクの一族であることを、公言しなかった」
「する場面が、なかったってのもあるけどね」
「……僕は、戦うよ。もしかしたら、僕が立ち上がることで世間は混乱するかもしれない。それでも構わない。僕は……魔族も人間も、対等な関係を築ける世界を、取り戻す」
しん、と三人しかいないテーブルが静寂を包む。周囲の会話さえ、遮ったかのように沈黙が響く。
「……俺は、オーヴスの兄貴に賭けてるんだ。リリィも。ついてくに決まってんだろ」
「私は、貴方を最後まで見届ける義務があるからね」
「……ありがとう、二人とも」
たった二人の味方だ。頼りになる、ただ二人の仲間。
広げた地図を見やる。ほぼ楕円状の島を、ヴィント領域だけ切り取った、半円状の地図。
目指すべき最終地点まではまだ三分の二はある。そして実際の土地の様子はその場に行かないと分からないだろう。実際、どれだけ時間がかかるかは不明だ。
「……ゴート教本部があるのは、次の橋を越えた先だったね、フェブリス」
「おう。あそこの大司教が総領主の意向を組んで色々やってんのか、それとも独断でやってるのかは末端だった俺には分からねーけど」
「そっか」
「まずはそこから攻めて行こうとしてんだ、兄貴」
頬杖をついてにやりと笑みを浮かべたフェブリスに、オーヴスは小さく笑う。
「うーん、意識改革はすぐに出来るもんじゃないのは、分かってるから。だからまずは、フェルク教の禁止令だけは、止めさせないといけないと思ってるだけだよ」
「それを本部に殴り込みっつーんだよ。……まぁそうだよな。俺ら魔族にとって宗教って、当たり前に存在するっていうか、口で伝えていくもので所謂経典なんてもんも、あるのか怪しいからな」
「確かに見たことはないね。僕も、ピピアおばあや、母さんからの教えしか知らない」
――生きとし生けるものは、精霊の御加護で生きることを許されている。だから、精霊に感謝しなさい。自然に感謝しなさい。生きることに、命があることを喜びなさい。
フェルク教の主旨は、たったそれだけだ。自然との共存と感謝。本来、宗教とはそんな単純なものだろう。
ゴート教の教えについて詳細は知らないが、精霊の存在よりも【神】の存在を優先するという。神が示すものが全てであり、その神の啓示は【大司教】が宣託をうける。精霊の存在はゴート教信者にとっては悪魔のようなものだというのだから、オーヴスとしては驚きだった。
ましてやフェルク教徒たる魔族は精霊術として精霊を使役するのだから、当然相容れない。
だが、どちらが悪いという物でもないと、オーヴスは思うのだ。ゴート教の神と、フェルク教の精霊は、ほぼ同義なのだから。
それがフェブリスからゴート教という本質について聞いて出した、オーヴスの結論だ。共存が不可能なわけではない。互いを理解すればそれがほぼ同じであることなど、教育を受けていないオーヴスでも理解したのだから。
「……宗教は、強要されるものじゃない。信ずるものは、個人が決めればいいんだ。人間だからゴート教じゃなきゃいけないとか、魔族だからフェルク教じゃなきゃいけないとか。そういうんじゃないと思うんだ、僕は」
「いいんじゃね? まぁ、俺も今はこっち側の立場だけど……ゴート教の教え自体は、悪いもんじゃねーよなって、思ってるし」
「甘い考えかもしれないけど。……でも時間をかけてでも僕は、やるよ。僕の代では無理だとしても、一石を投じるくらいの事は、やって見せる」
力強く断言したオーヴスに、フェブリスもリリヴェルも頷く。かたりと、リリヴェルが席を立った。
「じゃあ目的地が決まったところで、そこまでに必要な資金について再計算するための情報収集といきましょうか、魔王様?」
「うん。……まだしばらく頼むよ、リリヴェル」
「あら、最後まで付き合うから心配しないでいいわよ。じゃ、会計してくるからね」
伝票をひらりと掴んで、リリヴェルはかつかつと歩いて行った。残っていた水を飲み干し、オーヴスも席を立つ。帽子をしっかりと被り直し、椅子に立てかけておいた巨大な斧を背負って、フェブリスはにっと笑った。
「変えてこーぜ。こっから。兄貴の目指す世界に、俺は生きてみたいからさ」
「ありがとう、フェブリス。君がいてくれて、僕は心強いな」
「俺も、兄貴に会えた幸運に、初めて神様ってもんに感謝したよ」
「本当だね」
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