第10話

フェブリスはすっと瞳を閉じた。沈黙の後、ゆっくりと瞳を開く。その瞳は、何故か左右で色が異なっていた。右目が紫、左目が緑。髪色とは反対のヘテロクロミアの瞳。そしてふっと息を吐く。


「……つまり下剋上するってことか、魔王様」


「うーん、実際僕はまだ、世界の色々を知らないからなぁ」


「くはっ、超面白い。あんた、ホント面白いな。……でも」


 すっと、真っ直ぐな瞳を向ける。どこか、オーヴスに対する希望を宿したような瞳を。


「……リリィも賛同してくれたから、俺もあんたに協力してやる。下剋上なんてサイッコーにクレイジーでカッコいいじゃんな」


「リリィ?」


「そ。まぁその辺は道中お互い知って行こうぜ。……改めて」


 すっと、斧を地面に置き、フェブリスは片膝をつくと、頭を垂れた。


「魔族の王、オーヴス・グリードフェルク。俺はアンタに希望を託して、忠誠を誓う。だから、あんたの夢の実現に、この命を賭けて協力してやる。その代わり」


 顔を上げて、フェブリスはにっと笑った。


「下剋上に失敗したら八つ裂きじゃ済まさねーかんな!」


「……うん。よろしく頼むよ、フェブリス」


 すっと、手を差し出す。フェブリスは軽く目を見張ったが、恐る恐るその手を取った。まだ幼い、一回りほど小さな手だった。

 だがその手で守ろうとしていた想いを、しかとオーヴスは受け取る。

 あるいは自分は希望になろうとしているのかもしれない。まだ知らない世界で、フェブリスが言うように、フェルク教を守るだけでなく、魔族という存在を守るべき希望。

 ちらりと、後ろで控えていたリリヴェルを見やる。薄く笑みを浮かべて、軽く首を傾げていた。好きになさい、とでも言いたげに。そう。まだ自分は誰かに頼らなくては、先行きも見えない。だがいつかは、誰かに道を示す存在にならざるを得ないのだ。

 出来るだろうか、と心を過ぎる。一瞬だけだ。答えなんて、一つしかないのだから。


「……さぁ、行こうか。あ、紹介しておくよ。僕を魔王に戻そうと尻を叩きまくる彼女は」


「リリヴェル・アンネよ。悪いわね、貴方の召喚獣、ちょっとだけ黙ってもらったわ」


 フェブリスは慌てて後方で倒れているウィンディアと呼んでいた巨大な鳥を見やる。ぴくぴくと震えているので、まだ完全には消失していない。加減はした、ということだろう。


「うっわぁ、やべぇ、アンタら無茶苦茶なパーティじゃねーかよ」


「あら、そんな滅茶苦茶なパーティの一員に、貴方も今日から加わるのよ?」


 くすっとどこか邪悪に笑ったリリヴェルに、フェブリスは立ち上がりながら、苦笑を零す。


「そうだな。……でも退屈しなさそうな気配がする」


「あー……一応、遊びじゃないんだけどなぁ」


「わーかってるよ、魔王様。……へへっ」


 ふと、嬉しそうに、フェブリスは笑う。その意図が読めず首を傾げたオーヴス。フェブリスはぽすっと軽く、オーヴスの腕に拳をぶつける。


「生きてる間にまさか魔王様に会えて、挙句世界を変える一瞬に立ち会えそうなんて、サイコーじゃん」


「フェブリス」


「……あんた、世界を知らないんだっけ」


「お恥ずかしいことに、この年齢までのんびりと酪農家生活をしてきたよ」


「くっは! それも最高! だったらさ」


 少しだけトーンを落とし、フェブリスはオーヴスを見やる。


「……きっと、この先世界は最悪だって、思う事が沢山あると思う。俺がこんなやりたくもないゴート教普及をしなきゃいけない意味も、魔族が本当はどんな立場にあるかも。確か……ヴィントを目指すんだったよな」


 頷く。とはいえそれもリリヴェルに示されたものに過ぎないが、政治中枢に行かない限りは、世界は変われないだろう。魔族の王が、酪農生活で許されるとも、思えないわけで。


「……そうしたら、きっとアンタ……ッとグリードフェルク閣下候補は、すっげぇ嫌なもんたくさん見ると思う。魔族が今どんな状況か知ったら、もしかしたら、絶望するかもしんない」


「え?」


「だけど、だからこそ閣下候補は希望になれると思うんだ、俺。どうかその純粋な想いっつーか、願いを忘れないでくれよ。それでも、人間と魔族で共存しようなって言ってくれるような閣下候補だったらさ、俺、最初の家臣としてめっちゃ嬉しーわ」


「……努力するよ」


 正直、まだピンと来ていない部分が多すぎる。魔族は虐げられているという。だがクルトの町ですら、そこまでは感じなかった。いや、姿を見なかっただけかもしれないが。

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