第3話

 僕は日本のセキュリティに関わる任務を遂行するため、極秘裏に非合法な作戦行動に従事していたはずなんだが……なんだって深夜の新大久保のスーパーマーケットで食材持ってレジに並んでいるんだ?

 先輩も、戸惑った表情を見せながら並んでいる。

でも、こうやって先輩と2人で買い物カゴ抱えてレジに並んでいるなんて、僕たち傍目には新婚夫婦に見えるのかな?

「ほれ、ポイントカード、全部ポイント入れるナ」

 これで婆さんさえいなけりゃ……。


 1人1缶限定の中華用大型調味料を並んで買う羽目になった僕と先輩だったが、普段立ち寄る事もなかった新大久保のスーパーマーケットの異国情緒あふれる品揃えを眺めるのは、たしかに面白かった。特に先輩は、普段の厳しい表情が消え去り、まるで少女のような表情で店内を楽しそうに見回していた。


「ハイ、買い物ありがとな。買ったのココ入れる」

 婆さんは自分のカートのジッパーを開けて言った。

 清掃の制服からババ臭い普段着に着替えた婆さんは、リュックサックを背負い、腰にはデカいポーチを付けていた。引きずっているカートがまた実にババ臭い。

 まあいい。買い物が済めばさよならだ。助けてくれて感謝してますよ、はい。


 買い物した食材と調味料の大型缶を、僕は婆さんのカートとリュックに詰めた。これで任務は終わりだ。簡単な報告は済ませてあるし、本部には明日先輩と詳細報告に行くとして、婆さんと別れれば少しくらいは先輩と2人だけでいられるはずだ。そう、世の中には吊橋効果というものがあって、今夜の生死をかけた体験が先輩と僕を強く結びつける事になる可能性だって……。


「このお買い物、どうするんです?」

 先輩の無邪気な声で我に帰った。

「ダーリンから頼まれたナ」

 ダーリン? この婆さんの旦那のことか?

「こんなにいっぱい調味料買うなんて、お店でもやってるんですか?」

「中華料理の店、ダーリンの店ナ。美味いヨ。お客さんいっぱいナ。うちの店、お客いっぱいくる。お客みんなワタシに仕事の話する。みんな仕事のグチいっぱい。でもお客みんなどんどん偉くなる。だから下の人もくる。うちの店縁起いいナ」

「へえー、凄いんですね。お店どこなんです?」

「市ヶ谷でもう50年やってる」

 先輩の笑顔が固まった。

 この国の防衛は大丈夫なんだろうか?

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