第6話 戦い その2
どおん!?
という大きな音がぼくの鼓膜を震わせる。
そしてぼくの眼の前を一つの影がものすごい勢いで横切っていく。
爆風が、あの若者を吹き飛ばしたのだ、とすぐにわかった。
リビングの壁さえも破壊し、一人の男を吹き飛ばすほどに、その爆風は強烈だったのだ。
ぶすぶす、と爆風にあおられた箇所が煙を上げている。破壊された壁の断面が、真っ黒に焦げてしまっていた。
それを見たとき、ぼくは背筋が寒くなるのを感じた。
こんな熱風にあおられたら人間なんて――
ぼくは、彼の美貌が火傷でぐずぐずになっている姿を、思わず想像してしまった。
「ク、ク、ク。死んだか?」
男が残虐に嗤って庭に散ったガレキを踏みつけて外に出る。
爆風は、家のぐるりを囲む塀の一部をも破壊していた。
というよりも、これは、彼が背中から激突したときにぶち壊したのだろう。それにしても、彼はいったいどうなったのか。男の言うとおり、死んでしまったのだろうか。
ぼくは男の後を追って隠れるようにして、家の敷地の外に出た。
彼の言う通り、靴を脱がずにいて良かったと思う。
外は依然として暗黒が天を支配しており、その陰欝さは見るものの気分を滅入らせる。
通りに出ても、彼の姿は何処にも見当たらなかった。
これには男も意外だったらしく、蛇のような視線を辺りに飛ばして、彼の姿を捜している。彼の気配は感じられなかった。
張りつめた糸が、ピーンと音を立てている。ともすれば切れてしまいそうな緊張が、ぼくの心を締め付ける。
いったいどのくらいの時間、緊張した静寂が続いたのか、ある瞬間、一条の閃光がその静寂と張りつめた空気とを切り裂いて疾った。
「ぬうっ!?」
しかし、男の動きはその体格からは考えらぬほど、とんでもなく敏速であった。
閃光を感じたと思った瞬間には、身を閃光の飛来する方向に翻していたのである。
大剣が唸り、暗黒が一条の光を叩き落とす。
短剣が二つに分断され地に転がる。
その瞬間――男のわき腹に灼熱のエネルギーが出現した。そして、そこに彼はいた。
「ぬぅ――!?」
眼に見えないエネルギーが作用して、彼の手から炎が放たれた。
驚愕の表情が、炎の向こうに消える。
人型の炎が転げまわる様は、たとえそれに包まれる男が人間でないとわかっていても、気持ちの良いものではなかった。
彼は依然として冷たい眼を、通りで燃え続ける炎に向けていた。
そのときぼくは、彼の口許に浮かぶ薄い笑みを見て身震いした。
その、悪魔の如き恐ろしい笑み――そんな微笑を浮かべられる彼は、いったい何者なのだろうか。
そのとき哄笑が炎の中から巻き起こって、ぼくは思考を中断させられた。
「油断したわ!」
炎が立ち上がっていた。
そして なんと!
男が、炎だけをそこに残して一歩前へ進み出たのである!
炎はしばらくはその場で燃えていたが、やがて勢いをなくして、揺らいで消えた。
男の顔を見て、ぼくは息を飲んだ。
男の顔は火傷で、大半がケロイド状になっていたのである。特に左目は焼け焦げて、眼窩の中で炭化してしまっていた。
それでも、男は嗤っていた。
「〝防人〟の中に、剣と魔法を使いこなす男がいると聞いていたが、貴様のことかぁ!」
「――だったら?」
若者の唇が邪悪な笑いに歪む。ぼくは、彼は戦いを楽しんでいるのではないか、とその笑みを見て思ってしまった。
「余計に貴様を殺さねばならなくなったわ!」
大剣を構えて、突っ込む!
妖気を巻いて、暗黒が雪崩れ落ちる。
その流れを阻まんと蒼い閃光が噴き上がる。
妖気の爆発。
ぼくは吹き飛ばされまいと、その場にふんばった。
二人は爆風で吹き飛び、次の瞬間には、再び地を蹴っていた。
剣が疾る。
空気を切り裂いて銀光が伸びる。
薙ぐ。
躱す。
突く。
受ける。
流す。
斬り降ろす。
跳び離れる。
位置を替える。
また飛ぶ。
右、左、右、左、右右。
もの凄い剣撃のラッシュ。
剣が悲鳴を上げ、鉄火が散る。
真空波と衝撃波が、ぼくの全身をビリビリと襲い、ぼくは耐えきれずに家の陰に隠れた。
その瞬間だった。
ガギッという金属音に続いて、骨肉を断つ厭な音が耳に届いた。
ぼくは陰から顔を出し、様子を窺った。
天に向かって光が銀弧を描いて飛んでいる。
それが、若者の持つ長剣の折れた切っ先だと知って、ぼくは絶望した。
若者は、胸をざっくりと裂かれて、背中から大地に倒れていくところだった。
ああ――。
ぼくは、絶望のあまり膝が砕けそうになった。視界が急に暗黒に閉ざされたような幻覚さえも生じた。
男が嗤っていた。勝利の喜びを全身で露わにしている。
若者の白磁の様な美貌は真っ赤な鮮血にまみれ、異様なほどの美しさをぼくに与えた。
そして、男は従容と歩き出した。
逆手に握られた大剣が、ゆっくりと男の頭上に掲げられていく。
男が、神の創りたもうた芸術品を汚す涜神の徒のように、ぼくには感じられた。
若者は動かない。その胸は大きく裂かれ、上半身は真紅に染まっている。
「死ねぇー!」
悪魔の牙が、いま、若者の美貌へ打ち降ろされた!
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