大統領令嬢は剣聖がお好き? 4


「まァ、美味しい!」


 と、舌鼓を打つアニタ。


「雫さん、お料理が上手なのね」


 大統領令嬢も満足いった様子。広いテーブルの上には雫がこしらえた夕食が並んでいる。きのこ、野菜類の天ぷらに炊き込みご飯、味噌汁、刺し身、小鉢の酢の物……


 雫もここに泊まることとなったため、アニタは幾分安心したようである。さきほど雫は電話で母親に“仕事”と伝えた。


「和食でよかったんですか?」


 と、雫。内気な彼女は人に訊ねる声が小さい。


「はい。ストラビアは今、ちょっとした日本食ブームなのです。私も家族で日本食レストランによく行きます」


 とは、アニタ。箸の使い方も、なかなか上手い。


「梅干しも納豆も大丈夫です」


 それを聞き、雫は感心した。美味しそうに食べてくれるのなら、作った甲斐もある。


「でも、本当に料理上手ね。若いのに凄いわ」


「家ではほとんどわたしが作るんです。母の仕事が遅いので」


「そうなのですか?お父様に作ってあげてるんですね」


「父は、いません……」


 それを聞き、アニタの箸が止まった。


「ご、ごめんなさい……」


「いいえ、いいんです」


「わ、私は全然できないのよ。尊敬しちゃうわ」


 アニタは言った。かしずかれる立場なのが大統領令嬢である彼女だ。






 そのころ、悟は自室のベッドに寝っ転がって電話をかけていた。


 ────好爺老師様が不治の病?


 通話の相手は藤代真知子だった。


「知らないのか?」


 と、スマートフォンを持つ悟。


 ────ええ、私も初めて知ったわ


「余命幾ばくもないらしい。こないだ会ったときは、そんな感じじゃなかったんだが……」


 ────そんな……あの老師様が……


「調べられるか? あの爺さん、けっこう強情っぱりだから訊いても言わないかもしれねぇ」


 ────ちょっと待ってて、鹿児島県内の医療施設のデータを洗ってみるわ


「出来るか?」


 ────ええ


 真知子は通話を切った。それから一時間後、彼女からかかってきた。


 ────余命幾ばくもない同姓同名の神宮寺平太郎さんがいるらしいの。好爺老師様は頑丈で元気な健康体よ


 それを聞き、悟はベッドから転げ落ちた。


「な、なんじゃ、そりゃ」


 ────つまり、老師様と同姓同名の方が県内にいるのよ。そちらが末期ガンで入院中なの


「ア、アニタは、そっちと勘違いってしたってことか? じ、神宮寺の爺さんは?」


 ────老師様の最後の通院履歴は今年三月の歯科検診よ。それしかないわ


「歯医者ァ?」


 ────ちなみに老師様、あのお年で全部自分の歯らしいわ。すごいわねぇ


 そう言われてみれば、こないだ一緒にお茶を飲んだとき、平太郎は硬い煎餅を美味そうに食っていた。


 真知子との通話を終えた悟は平太郎の家にかけてみた。


 ────なんじゃい、坊主か


 すぐに出た。平太郎は悟をそのように呼ぶ。


「ああ、爺さん。実は、あんたに会いたいという人が……」


 ────もう、おじいちゃん、ちゃんとあたしの話聞いてるゥ?


 ────すまんすまん、なになに、あんたみたいな美人で、そのうえおっぱいまでデカい若奥さんをないがしろにするなんて許せん男じゃな


 ────そうなのよォ、超ムカつくわァ


 どうやら人妻と“人生相談”の最中らしい……


 ────んで、こんな時間に何用じゃ、坊主?


「ああ、実はあんたに……」


 ────うちのダンナ、腹立つわァ。たいした給料もらってないのに料理にいちいちケチつけるし、休みの日はゲームばっかしてるし、足は臭いし


「会いたがってる人が……」


 ────最近、寝室まで別にしようとか言ってるのよ! どう思う、おじいちゃん?


 ────よくないのう、今流行りの“せっくすれす”とは。そのデカいおっぱいも宝の持ち腐れじゃ


 ────“おまえに女としての魅力を感じなくなった”とか言うのよォ。何様のつもりよ、あいつ! 足臭いくせに


 ────それはけしからん! 本当に魅力がないかどうか、わしが確認してみるかの。どれどれ、ちょっと揉ませなさい


 ────いや~ン、おじいちゃんのエッチぃ


 悟はスマートフォンを切って枕元に投げ捨てた。そして、さきほどの夢見る乙女のようなアニタの台詞を思い出す。


“きっと、ダンディなジェントルマンに違いないわ。あの祖母が好きになった人ですもの……”


“祖母の初恋の人……素敵な方なのでしょうね”


(会わせられねぇ……)

 

 悟は内心で頭を抱えた。アニタの理想と現実に差がありすぎる。いや、平太郎は悪い男ではない。だが……






 広い洋館ではあるが、布団の数が足りなかった。入浴をすませた女ふたりがいっしょに寝ることとなった。


「手伝うわ、雫さん」


 アニタは言ったが雫は首を振り、手早く畳に布団を敷いた。ここは和室である。


「ごめんなさい、手間をかけさせて」


「いいえ……」


 微笑する雫。彼女の黒髪は肩にかからないほどのショートヘア。美人ではないが清楚で儚げな雰囲気を持ち、色白。身体つきは華奢で薄い。対するアニタの肉体は圧倒的なボリュームを誇る。豊かな胸が寝間着代わりの白い無地Tシャツをはちきれんばかりに膨張させている。やや小麦色に灼けた肌とダークブラウンのロングヘア。エキゾチックなルックスは華やかさを感じさせる。輪郭からディテールに至るまで異なるが、どちらも男性に好かれるタイプだ。


 アニタはズボンを脱いだ。肉感的な尻と太股まわりを覆うのは穿きかえたばかりの赤いビキニタイプのパンティだった。情熱的な色は彼女によく似合っている。意外な行動に雫は思わず凝視してしまった。


「雫さんは脱がないの?」


「え?」


 アニタに言われ、ちょっと戸惑ってしまった。


「下は楽なほうが、よく眠れるわ」


「ああ……」


 したがって雫も短パンを脱いだ。こちらは白いパンティだ。上はアニタ同様にTシャツ一枚である。


 蒸し暑い夜になりそうだ。雫はエアコンのタイマーをセットした。電気を消し、Tシャツとパンティだけのふたりは向かい合って同じ布団に潜りこんだ。脱いだ互いの服は傍らに置いてある。


「Buenas noches!」


 暗闇の中、アニタは明るく言った。


「え?」


 またも戸惑う雫。


「スペイン語で“おやすみなさい”よ」


「ああ……」


 納得した。日本人の血をひいてはいても、やはりアニタは異国の人である。会話のリズムが違う。


「おやすみなさい」


 雫は言った。それからまもなく、アニタのほうが先に寝息をたてはじめた。旅の疲れがたまっているのだろう。


 異能者は通常人に比べれば夜目がきく傾向にあると言われる。超常能力者であり薩国警備のEXPERでもある雫には目の前のアニタの秀逸な寝顔がよく見える。豊満な身体から少しだけ体臭が混じった風呂あがりの石鹸の香りがするが、不快なものではない。


(綺麗なひと……)


 眠りもせず、雫は見つめた。日本人に比べれば彫りが深いルックスは薄い印象の自分とは違うものだ。大統領令嬢として生まれたアニタは、生まれながらにして持った“華”が強いのかもしれない。自分とはいろいろな意味で違う人種であるが、そういったものを超えた魅力も感じる。


 雫の心臓がひとつ、高鳴った。起こさぬようそっとアニタの胸に手を触れてみた。圧倒的質量は細い手を押しかえすほどの弾力を誇る。


 自分の性癖は理解している少女だった。いつからそうなったのかは覚えていないが、男性を愛せない体質なのは確かだ。母と自分を捨てた父のせいかと考えた一時期があったが、思えば、それより前から性的興味の対象は“同性”だった。


 身体の芯が熱い……未成熟であっても身体は大人なのだ。雫は音もたてず、そしてこっそりと、アニタの大きな胸に顔を埋めてみた。

 


 

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