悪夢・3
駅前のモールにおじさんと一緒に写真立てを買いに行った。おじさんは私の持っていた写真の他に、スマホにあったクロの写真をプリントアウトしてくれた。飾り気のない木製の写真立てをいくつか買った。クロだけじゃなく「思い出に残したいものを飾るといいよ」と言われたからだ。
クロのことを知った日、空腹が私を焦らせたけど、もう一人の私は姿を現さないままその日が終わった。
私は不思議に思うと同時に安堵した。誰かを犠牲にすることはどうとも思わない。空腹を満たすためなら何でもやる。
だけど、おじさんを私は犠牲にすることはできるのかな? おじさんを犠牲にしたらきっと私は私ではなくなってしまうんだろうなと漠然と思った。それともその他の人間たちにしたのと同じように気にならなくなって新たな日常がやってくるだけなのかな。
私はタンスの上にクロの写真を飾った。いつもクロが見守ってくれている。今もクロは私の足元にいる。
私はクロの写真に話しかけた。「今日はこんな事があったよ。クロはどうしてる?」って。足元にいるクロ、写真立てのクロ、どちらにも話しかけた。どちらにも声は届かないのだろうけど。
クロの一件があってから、おじさんはさらに過保護になったみたいだった。それでもおじさんは一旦寝入るとなかなか起きないところは都合がよかった。
私ともう一人の私は空腹を感じる度に街へ出て人間を食べた。空腹感だけが私を突き動かしていた。空腹感を感じると何も考えられなくなってしまって私は空腹感を抑え込むことだけに集中した。おじさん以外の人間がどうなろうと私には知ったことじゃなかった。おじさんとクロと私だけが私の世界の登場人物なのだ。
この幸せな世界でずっと暮らしていけたらな、と思った。
おじさんが私の両親と手紙のやり取りをしてるらしかった。二度目に教えた住所は今度こそ間違っていなくて無事に両親のもとに届いたようだった。おじさんから、かいつまんで教えてもらったところ、私は晴れておじさんの家にいてもいいことになったのだと。
つまり私の両親は私をおじさんに渡したのだ。私の両親は私を捨てたのだ。よかった。捨ててくれた。より良いところに捨ててくれた。私は両親公認でおじさんの家にいられるらしい。それが重要だ。おじさんは誘拐犯ではない。それが重要だ。
「ありがとう。おじさん。ごめんね。私の両親変な人達だったでしょう。嫌なこと言われてない? ごめんね。」
「おじさんは大人だから大丈夫だよ。それよりも志穂ちゃんがここにいていいことになったことを喜びたい。いつまでだってここに居ていいんだからね。もちろんここが嫌になったらいつでも別の場所へ行っていい。応援するよ。」
「うん。本当にありがとう。とても嬉しい。」
私達はお互いの手を握って嬉しさを喜びを共有してニコニコと笑った。
私はもう少しで高校を卒業する。きっとあっという間に成人するだろう。そうしたら何も気にせずにおじさんと暮らせるんだ。きっと今以上に楽しいんだろうな。早くそうなりたい。
おじさんが言っていたみたいに、どこかに進学するのもいいかもしれない。もう受験シーズンも就活シーズンも過ぎちゃって卒業を待っているだけだから、進学にしても就職にしても新卒とは行かないんだけど。何もかもがいい方向へ向かっていると感じた。
だから私は自分が犠牲にした人間たちのことを記憶の奥底に封じ込めた。空腹を抑えるために人間を餌にする生活は続いた。おじさんに気付かれてはいないはずだ。きっとそうだ。おじさんはこんなことに関わらなくていいのだから。
甘い考えに浸って、おじさんが私の徘徊に気付いていないと私は思い込んだ。
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