第19話:播磨から来た道士

19、


「はじめまして。蘆屋道満と申します」


 梨花の紹介を受け、道満は晴明一同に対して頭を下げる。先ほどまで、浮かべていた厳しい眼差しとは一転といっていい恭しいその態度に、晴明たちは一瞬面食らう。が、相手が顔を上げる頃には気を取り直した。


「お初にお目にかかります。我らは、この京にて源満仲殿に仕えている郎党です」

「……ご紹介を承りました、安倍晴明です」


 護衛の源家の郎党と晴明は、道満の挨拶に応じる。内心にはまだ、少なからず不審の念があるが、それは口に出さない。

 挨拶を終え、ただ両者の間に沈黙が流れる。

 それが嫌な空気に発展しそうにしかける中、源家の郎党の一人が口を開く。


「播磨の陰陽師ということだが、国府に属す陰陽師か? それとも、民間ヤミの?」


 陰陽師、ことに民間の陰陽師といっても様々なものがある。髷を切って頭を丸め、僧侶のような出で立ちで民間人に呪術を行使するような法師陰陽師ほうしおんみょうじというものが主流だが、それ以外にもどこの出か分からぬ不気味な出自を持ちつつも、法師陰陽師のように術を取り扱う、もぐりまたは民間ヤミといわれる陰陽師もいた。

 道満は果たしてそのような陰陽師か、それとも国府などの官衙かんがに任命された陰陽師かという意趣の問いであった。

 それに対し、道満は顎を引きながら口を開く。


「官位に属した陰陽師ではありません。ですが、市井の求めに応じて儀式を執り行うこともございます」

「つまりは、民間のと」

「……左様にございます」


 肯定する相手に、郎党たちは目を合わせて顎を引き合う。その顔は平然としながらも、どこか苦いものが籠っている。

 無理もない。貴族の人間ないし京の人間には、民間の陰陽師をうとむ者も少なくないからだ。晴明などのような特殊な例外もいるが、官人陰陽師こそが正統な陰陽師という認識が人々の間にはあり、それ以外は外道の人という認識が強く知れ渡っていた。

 そんな認識に漏れず、しかし面にありありとそれを浮かべるのは控えながら、郎党たちは続けて問う。


「して、その陰陽師殿が何のようだ? 樹神殿たちとの関係は、如何に?」

「以前、播磨国を訪れた時に、ちょっとした事件がありまして……」


 微苦笑を浮かべながら、道満は梨花を見た。話してよろしいか、といった意味合いの視線に、梨花は頬を掻きながら微笑する。


「暴漢たちに襲われたところを、道満殿に助けてもらったのです。その上、いろいろとお世話になりました」

「お世話、などという上品な出迎えは出来ていませんでしたけれどね。その時の縁があり、また私用で京へやって来たので、ついでにお会いできないものかと訪ねて参った次第です」


 そう言って、道満はもう一度頭を下げた。その丁寧な態度に、郎党たちはだんだん強く出られづらくなっている。


「私用、というのは?」

「……お答えできません。口にするのも憚っておりますので」

「どうしても、語れないと?」


 やや威嚇する様に、ある郎党は低く問う。腰のものに手を掛けて訊ねるその人物を、すぐさま他の郎党が手で制した。


「失礼。気が短いものが多いゆえ。嫌なら、語れずともよろしい」

「……かたじけない。約束は、あまり口外にするようなものでない憐れなものなので、出来るだけ明らかにしたいのです」

「ならば結構」

「ところで、樹神殿は? 何故梨花殿はかような武人たち共々ここへ?」


 梨花を見ながら、道満は訊ねてくる。彼が当初樹神を訪ねてここにやって来たというのだから、それは当然といえる問いであった。


「樹神殿は、私たちは今、六条におわす源満仲殿の館――じゃなかった、源経基殿の御屋敷でお世話になっています。少し、事件に巻き込まれて」

「……貴方がたは、よく事件に巻き込まれますね」

「ははは……そうですね」


 道満の指摘に、梨花は苦笑を浮かべる。


「して、今回はどのような事件に」

「謎の道士に襲われたのです。それで、樹神殿が負傷なさって……」

「襲われた?」


 返ってきた言葉に、道満は不審そうに眉根を寄せた。意外、というより怪訝そうな反応であったが、その色もすぐに消え失せる。


「どこの誰に……否、謎ということは、正体は分かっておられぬのですね?」

「えぇ。手がかりはなしですので」


 やや暗い顔になりながら、梨花は頷く。

 その会話に、晴明は懐に意識をやる。実をいうと、何の手がかりもないわけではない。そこには、満仲から預かった術士の木札の欠片があったが、今はそれを提示すべきではないだろうと、口を噤む。

 そんな中で、梨花と道満の会話は続く。


「もし、樹神殿に用があるなら、これから向かいますか? こっちで荷物を回収したら、御屋敷へ戻る予定ですので、ご一緒に――」

「あぁ、いえ。急ぎの用というわけではないので、お気遣いなく。それに、何も持たずに見舞いというわけにはいきますまい」


 提案する梨花に、道満はそれを辞退する。その顔は、やや何かを思案している様子であった。


「また近いうちに、持ち物を整えてからお伺いします。その時には、どうかよしなに」

「そういうことなら、貴方のことを主に伝えるが、よろしいか?」


 郎党が確認の調子で尋ねると、道満は「えぇ、構いません」と頷いた。


「では、これにて。樹神殿にはよろしく」


 そう言うと、道満はすっと踵を返す。そして、早足ではないものの、不思議と早い足取りでこの場をそそくさと遠ざかって行った。

 その後ろ姿をしばしじっと見ていた晴明たちだが、その中で梨花が口を開く。


「行ってしまいましたね。御手荷物など、必要ないのに」


 頬に手をやりながら、梨花は少し困ったように言う。彼女にしては少し大人びた感じのその発言に、晴明たちは目を向ける。

 その視線に気づき、梨花は笑顔を振りまく。


「いい人でしたでしょう? 目つきは少し殺人級に怖いですが」

「それは、一概にいい人と分類できないのでは?」


 梨花の言葉に、晴明が思わず突っ込みを入れる。その言葉に、郎党たちはそれぞれ頷く。


「でも、ああ見えて優しい人ですよ。私たちが以前に播磨国で……って、これは恥ずかしいからあまりしゃべってはいけないんだった」

「そうか。それはさておき、あの男は本当にただの良い人なのか?」


 目を細めて晴明が問うと、梨花は意外そうに目を丸める。


「なんで? もしかして、何か悪事に手を染めた陰陽師とだと疑っているの?」

「一応な。民間の陰陽師というのは、こちらでは正式な術士ではない。時に禁術を平然と行使するし、人を呪い殺すような外法を行なう者もいると聞く」


 もぐりの陰陽師が、人を呪詛して呪い殺したり、己が私欲によって外法な術を執り行うといったりする話はよく聞く。そのような話を聞くたびに、多くの官人陰陽師たちは憤っているし、保憲などの良心の強い人間はいつも心を痛めていた。

 そのような話を想起しながら、晴明は猶も言った。


「そして、それ以上に、あの男……雰囲気が違う」

「目付きが怖かった?」

「違う。一見丁寧な物腰をしていたが、その裏に、何かその、蜷局とぐろのようなうねりを感じた」

「蜷局?」


 梨花が問い直すと、晴明は顎を引く。彼の見たところ、道満は隠そうとしていたが、何か裏を持つ者が備える特有の雰囲気を纏っていた。如何にも血生臭く、粘質な闇の気配であった。

 そして、


(あの雰囲気……)


 言葉には出さず、晴明は心の中だけで呟く。


(昨日、樹神殿たちを襲った術士と、どこか似通っていた)


 醸し出す空気、そしてあの目付きからは、晴明はそう感じていた。人に悪意を、表だってではなく裏から与えるような、そんな陰鬱とした印象を、彼は受け取る。もっとも、普段からあのような目つきと雰囲気を持って誤解されやすいだけだといわれればそれまでなのだが。

 無言でそんなことを考える晴明に、梨花は少し不思議そうに首を捻ってから、言う。


「まぁいいわ。それより、道満殿もいったところだし、荷物を運ぶのを手伝ってもらいたいのだけど」

「あぁ……そうだったな」


 梨花の要求で我に返ると、晴明は頷いて屋敷を見た。

 道満との邂逅で忘れそうになりかけたが、本来の目的はこの屋敷の荷物を運び出すことだ。

 それを確認すると、晴明と郎党たちは屋敷へ向き直る。

 そしてそれから、時折梨花の指示を受けながら、彼らは荷をまとめて運び出し始めるのだった。

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