●24日目 02 夕方『生徒会長選挙』
「というわけで食料については当分問題はないと思ってください。まあ最悪犬の餌が配給されることになるけど、あれは食べられるってさっきあたしが確認したから。ちょっとまずかったけど死にはしないから大丈夫」
一部の生徒たちは食ったのかよとゲラゲラ笑っていたが、大半がゲンナリ、特に女子は文句をたれていた。ペットフードなんて勘弁してほしいのは沙希も同じだ。
全校集会で今後についての方針を語り終えると、しばらく黙っていたが、
「ほら、さっさとやりなさい」
とだけ言って壇上の近くに置いてあるパイプ椅子に座っていた尾崎にバトンを投げてやる。すると、すぐに立ち上がって、壇上に駆け上がり、一旦咳き込んだ後に、
「えー! 雑務担当をやっていた尾崎ですっ! 今日はみなさんに話があってきました! すでに一部の人には昨日から行っていた演説で伝わっていますが、これから生徒会長の選挙を実施します!」
マイクもなしで体育館の隅々まで届く大声で話す尾崎を見ながら本当にこいつうるせーなとジト目で見つつ壇上脇のパイプ椅子に腰を下ろす。背後には梶原と光沢が立った。
一部の生徒たちは聞いてなかったのかざわめき始めるが、尾崎は大仰に手を前に振りかざして黙らせると、
「お静かに! 驚く人もいるかもしれませんし、今の状況でそんなことをやっている場合なのかと反感を受けるのもわかっています! しかし! 今のままではこの学校での生活は長くはないと考え、また現生徒会長はそれに対してなんら改善を行う考えもないことから、こうやって生徒全員に民意を問うことにしたのです!」
「民意とは大きく出たわね」
沙希はそう嘆息しつつも、尾崎の熱っぽい口調と身振り手つきには感心する。確かにあんなハキハキと喋られると乗せられる人も出てくるだろう。しかし、高阪をペースに巻き込んだ時より時間が圧倒的に短いので、同じ手法では無理だ。果たしてそれを本人は理解しているのか。
ここで生徒側から声が飛ぶ。
「具体的になにやるんスかー? できることなんてあんまりないと思うンスけど」
「やれることは……無限大にあります!」
大声で響いたその言葉に、おしゃべりしていたり集中力を欠いていた生徒たちの視線が一気に尾崎に集まった。すぐに続けて、
「この街は広い! 僕たちの目の前にあるこの変質者しかいない広大な街と土地と資産! 昔は個人の持ち主がいましたが、みんな変質者になりもはや所有者でもなんでもありません! つまり僕たちの好きにしていいんです!」
「ど、泥棒するんですか?」
戸惑う女子の声に尾崎は力強く頷き、
「悪い言い方ではそうなります。しかしながら僕たちは今までもやってきたことです。スーパーやホームセンターのものをお金も払わずにたくさん持ち出してきた。これも立派な泥棒です。ですが、誰かが僕たちを捕まえに来ましたか? 持ち主が文句を言いに来ましたか? 言わなかったでしょう! つまり今この街にあるものは全て僕たちのものにしてもいいんです!」
「……おおっ」
平然ととんでもないことを言い続ける尾崎に生徒たちも驚嘆の声を上げた。沙希は呆れ顔で、
「あのバカ、犯罪行為が肯定される空気でも作るつもりか?」
「でも俺らもやってきただろ。学校内も勝手に壊したり穴掘ったりしているしな」
梶原のツッコミはとりあえず無視しつつ、また尾崎の方を見る。
「言ってみれば宝の山なんですよ。それを目の前にして僕たちはただこんな狭い学校に閉じこもって、3日先のことだけ考えて生きている。思いませんか? 退屈だと? 考えませんか? もっとやれることがあるはずだと」
「でも外には怖い変質者の人たちが」
「あれをどうにかしなけりゃ自由にはできねえだろ?」
ここで二人の生徒たちが声を上げた。だが尾崎はわかってますと両手を上げ、
「もちろん最大の問題は変質者です。しかし彼らの知能は著しく低く、動きも鈍い。こちらが槍といった長い武器を装備すれば駆逐はさほど難しくありません。治安担当も人数が足りないでしょう。恐らく作戦を実行するときは総動員体制になるはずです――勘違いしないでくださいね。できない方はもっと後方の支援をお願いすることになります。作戦に貢献するということは何も戦うことだけではありませんから。そして、この街の一部の道路を大型トレーラーなどで塞ぎ、外部から新しい変質者が入ってきたりしないようにします。これでこの街の安全は確保されることになります」
この尾崎の話を聞いた生徒たちが大きくざわめき始める。当然だ、命をかけて街を制圧するという大作戦を行うと言い切ったのだから。しかし、尾崎はそのまま続けて、
「この困難な作業は一つメリットをもたらします。それは外部との関係を遮断できるということです。つまりこないだ現れた略奪者たちが街に入ってこれないようにする事ができます。変質者と略奪者が消えれば、もはやこの街は僕たちのものなんです! それも全部! 全て! あらゆるものが!」
熱弁にざわめいていた生徒たちが一瞬で静かになった。それを確認した尾崎は一旦落ち着き、
「街が僕たちのものになった時どれだけの物が手に入るでしょうか。まず範囲内にある家の全てが使えることになります。つまり生徒一人一件の家が持てるようになるのです。もちろん、元々住んでいた生徒の方は自宅に帰るということになりますが、長らくの学校生活からの帰宅。これは誰もが夢見ていたことのはずです。そして僕たちはようやくこんな牢獄じみた生活から脱出できるのです」
これを聞いた梶原が珍しく笑み――それも悪い方のを浮かべ、
「そう言えばお前、昔は家が欲しいとか騒いでいただろ。チャンスじゃねえか」
「うっせバカ。ついでにいうと、その願いは両親が家を出ていってあたし一人しか住んでなかった1年ぐらいとっくに達成済み」
そういえば中学生で一人暮らしなんてそうそうない体験だなとふと思う。それがこの生徒会長としての仕事に上手くいく要因だったのかもしれない。やらなければならないことは自分でやるという意識が根付いていたのだろう。
「まだありますよ。家からあらゆる物資が入手できるようになります。当然各家庭はいろいろな保存食やお米、インスタント製品もあるでしょう。これで食糧問題は解決。物資がなくなっても大丈夫。この辺りの家には基本的に庭がついていますので、一人分ぐらいの野菜を育てることは簡単。つまり生徒一人で自給までできるようになるのです! さらに近くの川では魚も釣れますので、空腹に困ることはないでしょう! 飢餓が消滅するのです! ランク制による食糧配給の差別もなくなる!」
おおっと生徒たちの声が上がった。まだ3分ぐらいだが、鬱屈した学校ぐらしが続いている生徒たちにはこの大胆かつ開放感に満ち溢れたプランはとても輝いているに違いない。
しかし、まだ冷静な女子も残っていて手を上げて、
「あ、あの。そんな危険なことをしなくてもそのうち助けが来るんじゃ」
「はっきりといいましょう。助けは当分の間来ません。政府の人たちは自分たちが当事者ではないから、人権とか感染とか自己保身とかそんな議論をずっと続けています。最近では会議のための会議が開かれているという話まで出てきています。また変質者がT県だけで現れた理由もつかめていない――それどころか、なぜ変質者になるのかもわかっていません。早期救助は期待するだけ無駄です」
そう間髪入れずにバッサリ切り捨てる。しかしそれだけでは止まらず、
「では政府以外の民間の人たちがどうなっているのかお伝えしましょう。実は選挙活動が認められてからテレビを見ることができましたが、T県暴動発生から3週間経った結果、まともにこの問題を報じているテレビ局は公共放送以外ありません。他のテレビ局はもはや大半がワイドショーやドラマ、ドキュメンタリーを流していて、合間にニュースでT県のことを伝えるだけです。そう、外の人たちはすでにこの事件に飽きてきている……これが現実です」
ここで尾崎は壇を手で叩くと、
「そんなものを待っても意味がない! 助けはいつか来るでしょう。しかし早期救出の期待は全くできないんです! だからこそ僕たちは自らの街を作り生活する場所を手に入れなければならない! もはや周りを当てにするのはやめだ! 動く時が来たんだ!」
気がつけば尾崎の熱弁で先導された生徒たちは歓声を上げ始める。沙希はこれは完全に主導権を取ったなと思ったほどの勢いだった。
「こんな学校なんて狭いところに閉じ込められ続けて満足ですか!? あと何日何ヶ月何年こんなところに引きこもりますか!? 外を見てください! 僕たちはこの街を自由にできるんです! まさかにここは開拓前線――フロンティアなんです! それをこんなところでただ黙ってみているのはおかしい! 今こそ行動すべきときです!」
熱弁を振るい続ける尾崎に対し、生徒たちも感化されたのか大きな拍手が沸き起こり始める。
「約束します! この学校をもっと住みやすくみんなが生き生きと生活できる場所にすると! そして、辛いことや悲しいこともみんなで分かち合いましょう! 楽しいことも嬉しいことも情報も義務も責任も! みんなで!」
――こう叫んだ瞬間だった。本人的には最後の締めのつもりだったのだろうが、突然拍手が止まり、体育館が静寂に満たされる。
「…………?」
さっきまで拍手喝采だった生徒たちは無言のまま黙ってしまっていた。この状況を尾崎は理解できないように口を止めてしまったが、すぐに気を取り直し、
「以上です。終わります」
そう述べると壇上から下がって椅子に座る。しかし、やはりなぜ突然静まったのかわからないのか首を傾げ気味だった。
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