●22日目 05 昼『ずっと』
薄暗く上に籠もった空気で充満した部室で沙希と梶原は黙ったまま座り込んでいた。閉じこめられてからかれこれ一時間。少し前に部室の天井近くにある小さな窓から自動車の走り去る音が聞こえてきたので、すでに奪還作戦は開始されているはずだ。
「これからどうするつもりなんだ?」
おもむろに梶原が口を開く。沙希はしばらく天井を眺めて考えてから、
「すぐに生徒会長の椅子に戻ることになるでしょうね」
「……どういうことだ。あいつはどんな犠牲を払ってでも突き進みそうだったが」
沙希は立ち上がり、訛った身体をほぐすべく手を挙げて身体を伸ばすと、
「それはないわね。ありゃただのお人好しだ」
「……俺にはそうは見えなかったが」
梶原の反論に、沙希は視線を落とし、
「高阪はいろんな悪い噂があったけど全部デマだったんだなって、さっき生徒会室でやり合ったときに気付いたのよ。本当に全く悪いところがない究極的な善人。人が困っていると見捨てられなくて何とかしちゃうタイプ。立てこもりが始まって以来もずっとただひたすら他人のためにできることをしていこうと思っていただけ
沙希は肩をすくめて、
「だから今回の件や今後の問題を考えて、きっと周りから生徒会長になってほしいって言われたんでしょうね。あたしのやり方じゃもうダメだって。多分本人もそういう思いがあったから引き受けることにした」
「杉内のヤツの話が最後のきっかけってことか」
「そ。で、生徒会室で私たちを襲ったのはその最後の仕上げ。きっと八幡の真似事をしようとしたんだと思う。一番自分の中でやってはいけないことをやって覚悟を決める。そして、自らがみんなを導くっていう――まあ意思表示みたいなもの?」
「だが、あいつは俺たちを……」
「そう、失敗した。高阪は自分で自分の中にある善人を殺すことが出来なかった。ペラペラおしゃべりを続けてどこか時間が立つのを待っていたように思えるし、杉内たちがやっていたとき心底ほっとしたように見えたのよ。殺さずに済んだって。同時にそれは決意を固めるのに失敗したって事でもあるんだけど」
ここで一旦溜息をつき、
「だから……きっとこれから起きる惨事には耐えられない。空っぽで性格最悪のあたしですら、最初の犠牲者が出たときにもうだめだって苦しんだのに、そんな善人が『自分のせいで誰かを死なせてしまった』というショックには恐らく精神的にもたない」
「最初からこの作戦は失敗するって踏んでいるのか」
梶原は疑問を投げかけるが、
「作戦の成否は関係ない。例え成功しても犠牲者が出れば感じることは同じだから。あたしみたいなダメで良心のかけらもない人間に責任を押しつけておけばいいのにさ」
そうつぶやく。と、ここで梶原が、
「……俺は昔のお前が戻ってきてくれて嬉しい」
「は?」
明後日の方向に話が飛んだため、沙希は少し茫然とする、梶原はお構いなしに続けて、
「昔のお前は自信に満ちあふれていた。どんなときでも自分が正しい、絶対だって振る舞っていた。でも俺たちの家庭の問題が出て以降、お前はどんどん自虐的で打算的になっていった。そんなお前に俺はどう接して良いのかわからなくなって……何とかしたいと思ったが、俺自身のことだけで手一杯で……」
「……結果としてあたしたちは疎遠になったわね」
沙希はしみじみとつぶやく。梶原は少しだけ沙希に顔を近づけ、なぜだ?と問いかけるような目で見てくる。彼女はやれやれと嘆息しつつ、
「いろいろ見て、無意味な抵抗に価値がないと判断しただけよ。面倒な家庭環境で、私はこうやって生き延びる術を学んだ。悪いとは思っていないわよ。お金をあったし、食い物も困らなかった。制限はあるとはいえほしいものも大抵は手に入った。無益な抵抗よりも有益な服従を選んだ方が楽だったってだけ」
「俺の親は徹底的な服従を迫ってきた。だが俺は絶対に受け入れずずっと抵抗し続けたんだ。親だけじゃなく教師にもだ。てっきりお前もそうすると思っていた」
「何の意味がある? 抵抗して、自分の評価を傷つけて、そんな行動に価値はないわ」
「……そうやって、お前が壊れていくことが一番つらかった」
勝手に壊れたことにするなと心中で愚痴る沙希。
梶原は少しだけ視線を外して、
「だから戻ってきて嬉しいし、ずっとそのままでいてほしい。変に妥協したり自虐に走ったりせず、昔みたいに傲慢で偉そうなお前でいてくれ」
「…………」
沙希はすっと梶原の正面にしゃがみ、ジト目で彼をしばらく見上げてから、一発デコピンをかましてやる。不意打ちだったためいてっと彼は声を上げるが、お構いなしに、
「言っておくけど、あんたの扱いは昔と変える気はないわよ。余計なことなんて考えずに黙ってあたしの後ろについてくりゃいいのよ」
そこでもう一発今度は少し弱めのデコピンを放ってから、
「言っていくけどここだけの話じゃないわよ。脱出できた後もやろうと思っていることは腐るほどあるからね。せいぜいがんばんなさい」
それを聞いて、梶原は少しだけふっと笑みを浮かべた。一度離ればなれになり、再会後に始めて見た彼の笑顔だった。
その時だった。突然、何かの破裂音が窓から聞こえてきた。どうやら状況に変化があったらしい。
沙希はすぐには部室の中にあったビール瓶のケースを積み上げて、小さな窓のそばで音を頼りに状況をつかもうと耳を傾ける。
「どうした?」
「何も聞こえなくなった――いや、車のエンジン音が近づいてくる」
次第にそれは大きくなり、ほどなくして学校の門が開く音がした。その後、騒ぎ声などかなり焦った雰囲気が伝わってくる。
ここで梶原が部室の扉の方を睨んだ。ドアノブが動いている。誰かが鍵を外そうとしているのだろう。
やがて昼間の明るい光とともに、
「やあ生徒会長。短かったですが休憩時間は終わりです」
そうにこやかで胡散臭い笑みを浮かべた光沢と数人の治安担当メンバーが現れた。
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