●22日目 03 昼『反旗』

 沙希は額に手を当ててやれやれと言いながら、


「ありがと。助かったわ」

「そうでもないかな。待ち時間は十五分しかないし、その内にやることを考えないと。でね、ちょっと私に良い案があるんだけど聞いてくれないかな?」


 笑顔を浮かべたまま、高阪の提案に沙希は耳を傾ける。


「何でも良いから言ってみて」

「それはね――」


 何かが光る。唐突すぎて何が起きたのか最初理解できなかったが、やがて目の数センチ先に何かがあることに気がついた。真正面からだったためそれが何なのか判別するまで時間がかかったが、気がついたとたんあわてて座っていた椅子を蹴飛ばして後ずさりする。


「何のつもりだてめぇ……」

「言ったでしょ、良い案があるって」


 高阪は持っていた大型のナイフでを沙希に突きつけようとし、それをすんでの所で梶原が腕をつかんで止めたのだ。

 沙希はさらに後ずさりして窓に背中を預ける。まさかいきなりナイフが飛び出てくるとは思ってもなかったので、自然と苦笑いが浮かび、


「良い案ってあたしをナイフを使って脅すことなわけ?」

「そう。もう生徒会長さんじゃこの先は無理だから。私がその役割を引き継ぐの」


 物騒な行動とは反対に高阪はにっこりと微笑んだ。梶原は睨み付けたまま高阪の腕を押さえていたが、次第に梶原の腕の方がピクピクと震えて始めていた。直感で悟る。力負けしているのだ。あのケンカなら負け知らずの梶原が。


 沙希は少しでも時間を稼ごうと強引に不敵な笑みを浮かべつつ、


「あんた一人の独断じゃないわね。あれだけ興奮していた杉内があっさりあんたの話に乗っかった。事前にこうすることは決めていたってことか」

「鋭いね。その通り、あの場で生徒会長さんが反撃をしないという選択をした場合は力づくで生徒会を乗っ取るって杉内くんに言われていたの。でもその前に私がなんとかしてみるってね」

「話し合いもへったくれもないじゃない。お互い理解が足りないみたいだから、何があたしとの対立点なのか教えてほしいんだけど。それがわかれば歩み寄りもできるはずよ」

「三日間戦略」


 高阪の返しに、やっぱりそこかと沙希。続けて、


「生徒会長さんの戦略は本当に素晴らしかったよ。ただの中学生の集まりでしかない生徒たちをここまで維持し続けられたのはあなたのおかげ。常に危機意識を植え付ける三日間戦略の効果はとても大きかった。でも、もうそれじゃダメになったの。あなたの考え方は凄く刹那的。故に今までうまくいったけど、当分の間救助が来ないことがはっきりした以上はもっと長期的な戦略をとらなければならない。この状況を招いたのも結局短期的なやり方がが原因だから」


 いつもの笑みのまま淡々と語る高阪だったが、沙希は彼女の口癖である「なんて」がつかないことから妙な違和感があった。


 沙希は矛盾が突けないかと尋ねてみることにする。


「長期的戦略って何よ? どのみち助けが来ないならそうしたところで破綻するのは目に見えているじゃない」

「生徒会長さんは学校にこだわりすぎかな。私はこの町全体に秩序をもたらせると考えているの。永住したいって訳じゃないけど自給自足体制をとれて数年は維持できる、そんな秩序。もっと力を強化して、別の避難者さんたちも集めれば、町全体の変質者さんたちを排除することも夢じゃない」


 突然とんでもないことを言い出した。沙希は苦笑して、


「とんだ誇大妄想ね……! 大体何で助けが来ないってわかるのよ」

「ニュースは私も聞いていたよ。今の流れだと、もうすぐ県内上空の飛行禁止措置は解除されると思う。そして、救援物資が届くなるようになる――でもそこまで。凶暴化する原因が解明される目処すら立ってないし、例え立ったとしても変質者さんたちに対する武力行使が認められなければ救出も難しい。当然ね、襲ってくるのに反撃して自分の身を守ることが許されないなんて理不尽なところに来たがる人はいないから」


 テレビやラジオから情報を得られるのは沙希・梶原・光沢の三人だったが、最近は高阪も居合わせた時は聞いてもいいことになっていた。生徒たちにペラペラお喋りをするようなタイプではないという判断でだ。そのため昨日避難所で起きている問題の話も一緒に聞いている。でも、毎日の情報収集に立ち会っていたわけではないし、抜け落ちている情報も多いはずだ。それにしては察しの良い判断を続けていたのである程度予想していたが、やはり独自で情報を入手し続けていたようだ。


 ここでふと違和感に気がつく。治安担当チームが戻ってくるまであと十分を切っているが、高阪はなぜこんなことを話し続けているのか。梶原がいるのにそれでもあっという間に二人を叩きのめせると自信があるのか。


「それで生徒会長立候補者さんはこの状況をどう打開する気?」

「食料はもう諦めたの。今必要なのは略奪しに来た人たちに私たちの力を見せることにある。下に見られては意味がないから、ここで一矢だけは報いておいて彼らの記憶に刻む」

「さっきも言ったけど略奪している連中が他の生存者じゃなくて、頭のいい変質者の可能性もあるわよ」

「それなら余計にやる必要があるかな。武装して自動車を運転できるほどの知能があるのなら、私たちが手強い存在だと認識させられることも可能なはずだから」

「こっちの損害も覚悟ってこと? どれだけの犠牲者が出るかわからないわよ」

「仕方ないよ。あなたも最初の食糧確保で六人の犠牲者を出したじゃない。それほどの血が流れてもあれにはやる価値があった。今回も同じかな」


 価値のある犠牲。あの時も沙希は同じ事を考えて作戦に望んだ。でも結果は……


「あの時あたしがどんなことになったのか、あんただって見ていたはずでしょ? 人死の責任を背負うのは重いわよ。耐えられないぐらいにね」

「でもやるしかない。もうそうするしか方法がないの」


 沙希はますます違和感を強めた。いつもはきちんと理屈で語りかけるのに、今は有無をいわさずという感じだ。無理しているような感じだ。


「それでどうしてあたしを――明らかに殺すつもりよね。そういう判断になったのか教えてけど」

「指導者が二人いるとみんなが混乱しちゃうから。気付いていないかも知れないけど、あなたの影響力ってすごいのね。だから存在そのものを消してしまうしかないの。私があなたになるために」


 次の瞬間、高阪は手にしていた大型のナイフを手放した。床に落下するそれに梶原の一瞬視線がそちらに向かうと、高阪は目にとまらぬ早さで彼の手をふりほどいたかと思えば、次の瞬間身体を大きく回転させ、長い髪を振り乱し、梶原の脇腹に強烈な回し蹴りを喰らわせていた。


 とんでもない力がかかったのか梶原はその勢いで生徒会室の机を飛ばしながら床に転がる。


 一瞬の出来事に沙希は呆然とするしかない。ケンカじゃ負け知らずの梶原を一撃で潰してしまう。こいつ本当に何者だと沙希は恐怖よりも疑問の方が頭に浮かんでくる。


 だが、梶原もまだだと言わんばかりに激高した顔で立ち上がると、


「おい……俺は女だからって容赦しねぇぞ」

「うん、それはわかってるよ。一つ聞きたいんだけど、さっきの私の話を聞いても、そして私の力をその身で感じても、それでも生徒会長さんについていく?」


 高阪の問いに、梶原は転んだショックで口の中が切れたのか、唇から流れ出てくる血を拭いながら、


「そうだな。何が正しいとか間違っているとか俺はバカだからどうでもいい。こいつのケツについていく。他に何も考えねぇよ」


 そう叫び高阪に殴りかかる。が、彼女はすっと身をねじらせ紙一重で拳をかわし、さらに足を絡めてバランスを崩させる。さらに彼の脇腹に思いっきり膝を入れて悶絶させると、とどめと言わんばかりに背中に回し蹴りをお見舞いした。さっき以上の強い衝撃に沙希の前に倒れ込む。


 沙希には動きを目で追うだけで精一杯だった。全く無駄がない流れ作業のような戦い方は完璧すぎて見とれてしまいそうなほどだ。


 だが、それでも梶原は立ち上がる。痛みをこらえるように肩で息をしているためダメージは相当のものだとすぐにわかった。


「ねえ諦めてよ。どのみちあなたたちじゃもうどうにもならないの。食糧が尽きて餓死したり校内で奪い合いが起きて滅ぶぐらいなら、私に今後を任せてくれないかな?」

「だからって死んでくださいという要望なんて受け取る気はないわよ」


 沙希の拒絶の言葉と同時に梶原は、今度は身を小さくしながら高阪に走る。蹴りを受けても耐えられるようにしていたようだが、彼女の真下から振り上げられた長い足が顎に直撃し、頭が上がってしまう。すかさず高阪は彼の胸板に前蹴りをお見舞いした。だが力が入り損なったのか威力が弱く少し後ずさりしただけで、また飛びかかる……が、


「無理に前に出るから痛くなるの」


 再度飛びかかってくるのを待っていたようだ。踏ん張ったときの態勢のまま突っ込んだため態勢が高くなっている。それを狙い済ましてさっきより強烈な前蹴りが梶原の胸板に打ち込まれた。またもや吹っ飛ばされ今度は背後にいた沙希ごと窓にぶつかる。


「すまねぇ……くっ」


 巻き込んでしまったことの謝罪をしようとするも、向かう力同士が衝突したためダメージが増幅し悶えてしまってうまく話せない。


「ったく、何手こずってんのよ。こういうのは女の拳じゃ重みが足りねえとか吐くところでしょうが」

「今まで食らったどんな拳や蹴りよりも痛え」

「マジかよ」


 沙希は唇をかむ。とてもじゃないが太刀打ちできる相手じゃないのはもうわかった。しかしどうすればいい? このままむざむざ殺されるしかないのか? そもそも高阪が本気を出せば――


 ――また彼女の脳裏に違和感が湧く。考えをまとめたいところだが状況がそれを許さない。


 沙希は梶原の身体を支えて、


「もうダメよ。あんたこれ以上は――」

「……なあ」


 ここで梶原が苦痛に悶えながらつぶやく。そして、


「前みたいに言ってくれよ。何やっているんだ、さっさとあいつをぶっ倒せって。なあ命令してくれよ――昔みたいに」


 沙希ははっとする。


 昔みたいに……か。狂犬コンビとして暴れまわり、沙希の命令に何でも従っていた梶原。なんでもできると信じていた時代。


 そして、しばらく目を閉じて俯いていたが、やがて梶原から手を離すと、


「そんなことを言っている余裕があるなら、さっさと高阪を片付けてこい!」


 そう言って突き飛ばすように梶原を立ち上がらせた。彼も待ってましたと言わんばかりにその勢いで高阪に殴りかかる。


 だが、気合いを入れただけでは実力の違いは埋められるわけもない。つきだした拳を華麗にジャンプしてかわし――いやそれは回避行動だけではなかった。そのまま跳び蹴りを繰り出す。梶原は頭めがけて飛んできた蹴りを、少しだけ身をよじらせて肩にぶつけてダメージを減らした。


 着地後のタイミングを狙って小さく拳を左右上下とばらばらに拳をぶつけようとするが、高阪の華麗な手さばきで全て受け流されてしまう。そうしている間に一気に踏み込まれて、手の甲で思いっきり叩かれて首がよじれ視線をずらす。同時に足を無防備になった腹部の上・中・下部に見舞った。しかし、相当な痛みのはずなのにそれでも梶原は一歩も引かない。高阪は一旦引き離そうと思ったのか、身体をひねらせて大きな回し蹴りを繰り出した。


「梶原っ!」


 とどめの一撃になると察し、沙希が叫ぶ。


 だが、その一撃を梶原は全体重を使って受け止めていた。高阪の表情が少しだけ驚きに変わる。彼はニヤリと笑みを浮かべると即座にその足を取って振り回すように、廊下側の壁に投げつけた。その勢いは置いてあった机を押しのけて壁に背中が激突するのに十分なものだった。


 大きなダメージを受けたためか、さすがの高阪でもそのまま床に伏せて動かなくなる。


 一方の梶原も限界というように床に膝をついた。


「ちょっと大丈夫なの!?」


 すぐさまかけよってその肩を支えてやると、梶原はやってやったぞと笑みを浮かべて親指を上げた。圧倒的な力の差を覆したのだから喜びたくなる気持ちもわかる。


 と思ったのだが。


「ちょっと痛かったかな」


 生徒会室内に響く声。そして、倒れていた高阪がさっと長い髪の毛を振り裁きながら勢いよく立ち上がった。あれだけの衝撃を受けたにもかかわらず全くダメージを受けた様子が感じられず、表情もいつもの優しい笑みのままだった。力にスピードに反射神経に技に、さらに耐久力まで備えている。


 こいつはサイボーグか何かなんじゃないか、実はこの事件を起こしたのは高阪で未来とか異世界から送り込まれてきた兵器というオチだったりはしないのかと、どうでも良いことを沙希は考えてしまう。


 ふと、無数の足音が廊下から聞こえ始めた。時計を見ればいつの間にか約束の十五分が経過していたので、恐らく杉内たちが戻ってきたのだろう。高阪も時計を見て、


「あーあ、残念。あなたたちを片付けておいた方がうまくいくと思ったんだけどな。失敗しちゃったんだから仕方ないか」


 その誰に対して言っているのかわからない言い訳じみた言葉を聞いて、沙希はようやく気がついた。高阪の本質に。


「おい、時間だぞ、ってなんだよこれ。ケンカするなんて聞いてねーぞ!」


 戻ってきた杉内は荒れ果てた生徒会室を見て憤慨する。話し合うと言っておきながらやっていたのが乱闘じゃ怒るのも無理もない。


 ここで高阪が彼の前に立ち、


「生徒会長さんと梶原くんを拘束して。そうね、部室辺りに閉じこめておいてほしいな」

「……そうなのか?」


 杉内が念を押すと高阪は珍しく力強くうなずき、


「これからは私が指揮を執ることになったから」


 治安担当チームは高阪のその宣言に一瞬静まりかえったが、やがてざわめき始める。彼女は沙希たちの方にも振り返り、


「それでいいわよね? それとも――まだ続きする?」


 ニッコリを微笑む。


 続き。梶原VS高阪の殴り合いを続ける。だが、ボロボロの梶原に、傷ひとつない、息ひとつ切らせていない高阪。継続した所で勝敗結果は見えている。


 沙希はしばらく黙っていたが、支えていた梶原の手を強く握ってから頷く。その意味を悟ったのか梶原は何も反応を示さなかった。


 どのみち治安担当の生徒が高阪についているのなら、これ以上生徒会長としての地位に留まるのは不可能だった。無理に地位に固執すれば独断で杉内たちが行動を起こし収拾が付かなくなってしまう。そんなことになるぐらいなら、いっそのことここは高阪に地位を譲った方が良い。


「……それが生徒会長の判断で良いの?」


 生徒会室に八幡が入ってきた。その顔は無表情ながらどこか迫力を感じる。

 沙希は梶原の肩を支えて立ち上がり、


「いいわよ。あたしの仕事は中断。後は高阪の指示に従って」

「……そう」


 確認を終えた八幡はそのまま生徒会室から出て行ってしまった。


 ふと沙希は治安担当チームの群れの後ろに光沢がいることに気がつき、視線だけ送った。要領の良い光沢はこれだけで意志が伝わり、いつも以上の胡散臭いスマイルを浮かべた。


「じゃあ治安の人たちはすぐに作戦会議に入るから。時間がないからちゃっちゃとやらないとね」

「作戦?」

「もちろんあの略奪者たちを追い払うこと」


 それを聞いて杉内は待ってましたと拳を振り上げ、治安担当チーム全員も一斉に気合いの入った叫びを上げる。


 そんな中、沙希は数人の治安担当に連れられて生徒会室を出ようとして、ちょうど高阪の前を通った時に、


「気をつけて」


 そう言い残し立ち去った。

 それを聞いた高阪がどんな顔をしていたのか沙希は見ていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る